1本のシネマでも幸せになれるために – 6 - 映画『サガン -悲しみよこんにちは- 』を観たら、チャレンジングに原作を読むべし。サガンの真髄、アンニュイ精神に触れることが出来ます。

(2009.06.08)

フランソワーズ・サガンという当時18歳の作家の存在を知り、『悲しみよこんにちは』という心惹かれるタイトルの、その著作を読んだ、書き手と同い年くらいの女子は誰もが、その後の生き方を決定づけられてしまった。

そう、サガンの登場そのものが、大事件でした。

頬づえをついているこれが、アンニュイポーズ。鬱なのではありません。

それまで知らなかったという「アンニュイ」という言葉が日本の女子に輸入され、サガンを知った女子の間に蔓延。感染しなかった子はいなかったはず。そんな風に生きられたら、カッコイイと本気で思いました。単なる不良することじゃない。そこにはブルジョワな香りがあった。

その退廃性とは、ちょっと不健康を気取り、ちょっとぜいたくで、ブルジョワ風。もちろんタバコは最大のアクセサリー。誰かとお話する時は、タバコなしでは始まらない。ちょっと吸うだけ、フーッと深―く吐き出す。そう、青春のやるせなさに、ためいきを吐くように。髪の毛もハラリと顔にかぶさる感じが、イイ。アンニュイ最高。車をぶっ飛ばし、ボーイフレンドと夜中まで遊びまくるの。そこにはヘルシーなんて言葉も、志向も皆無だったのです。

サガンの描く世界は私たちのそれまでとはまったくの別世界、とてもオシャレでした、いつも。で、サガンの翻訳者である朝吹登美子さんという方もクローズアップされて、すべては彼女の翻訳のタイトルで次々と出版され、タイトルから始まって、言葉の一つひとつが、「女子の青春」杭打ちされて行く。『ブラームスはお好き』なんて、このタイトル一つが、ガーンと心を支配する。

ほとんどの作品が映画化され、極めつけの『悲しみよこんにちは』は、配給会社の宣伝マンが流行らそうとしなくても自然発生的に、主演のジーン・セバーグのヘア・スタイルが大流行しまして。セシールカット(確かにセシールって伸ばして命名されてましたよ当時は)、言うならばボブなんですね。ベリー・ショートともチョイ違って、微妙です。所詮は日本人の髪質や色の具合では、そのニュアンスは出せないのでした。トホホでしたが、みんなやってみた。セバーグ真似て。

『プリティー・ウーマン』のジュリア・ロバーツの時のカーリー・ワカメ・ヘアと同じくらい流行ったんですが、成功例が少ないこともあり、ますますあこがれは募り、サガン、そして、フランスを崇拝するようになって行きますね、私も。

ですからサガンは、ステイタスであり、「サガン読んでるの」なんて言うとイイ男が寄って来るということもアリだった。「へー、じゃあ僕にその話聞かせてくれる?」なんて寄って来てね、慶応ボーイあたりをゲットしてお茶することもありましたから。そんな行動もサガン的と言えて。サガン成り切りのチャレンジングは、今の私に大きく影響してますよ。

その精神だけでなく、スタイルも真似たいことのひとつ。なにしろサブリナ・パンツやエスパドリィーユなんかをごく普通に生活の中で、さりげなく着こなしていたサガンたちのライフスタイル。こ、これをめざしたいーってなものです。サントロぺ何かの高級リゾート地を徘徊するブルジョワのフランスの女子はスゴイとあこがれたものです。(こちらはというと、湘南の葉山マリーナが遊び場!)アンニュイが様になる人といったら、日本では作詞家の故・安井かずみさんかしら。スパイダースのリーダーで現在は、田辺エージェンシー社長の、田辺昭知氏と結婚して、芸能界引退した小林麻美さんも。『anan』だって、かなりの間アンニュイ路線は貫いていらしたと思うし。


そんな風に、アンニュイをもたらしたサガンも、時代が変わり、世界的に、特に先進国が爛熟して不健康からヘルシー志向に移行する頃から、存在が薄れていったことをこの映画は教えてくれます。確かに自分も、大人になるにつれ、アンニュイしていられなくなってきて、責任とか効率とか、協調性とか、つまり社会性なんかを自覚して後進の女子たちに説教する年頃になって行くと、サガンの本、読まなくなったんです。80年代後半あたりから、サガンは映画に描かれているようにどんどん孤独になっていたんですね。

ごくごく当たり前のフランスのマドモアゼルが、一冊の作品で世界的に知られ、本の印税だけで億万長者にもなり、奔放に生きることを手にし、世界中のセレブが皆、彼女に恋して、つまり世界は彼女のものだったというのに……。

ですので、この映画『サガン』を観て、私のような、元祖“サガ二スト”からすると、最初は、ものすごくショッキングでした。悲しかったし、酷いじゃないか、こんなところまで剥き出しにして、と。華やかで、奔放に生きること、アナーキーで自由に生きよ!と教えてくれた“サガン先生”の晩年は、破産し、お金目当ての友人は去っていき、残る人も少なくなって。本当に孤独であったことを赤裸々に描いているのですから。 
 
しかし、落ち着いてよーく考えてみると、彼女はいつも孤高の人であり、著作にも、孤高の彼女自身の生き方そのものが描かれていたし、アンニュイで自由に、最後まで自分の好きなように生きる。いい意味でも芸術家として、エゴイストとして生き抜いた彼女が、孤高であろうが、私たちが同情し、憐れむことなど許されないのです。

自分の墓碑銘も自分で書いたサガン!

自由を求めることは、孤独をも愛さねばならないことを自らの生き方で示したサガン。カッコよ過ぎますねー。
と、「気づき」の境地に入ったところで、この映画は、むしろ華やかな頃のことは皆が知っている、その後の彼女の人生をこそ描きたかった映画であることがわかるのです。そして、それが出来たのも、この作品の監督が女性監督であったからではと思います。


『女ともだち』でアカデミー賞の外国映画部門にノミネートされ、ジョルジュ・サンドを描いて主演のジュリエット・ビノシュと、後に彼女との結婚で、逆玉の輿となり一挙にセレブの仲間入りを果たしたブノワ・マジメルの縁結びのきっかけとなった『年下のひと』でも知られる、デュアーヌ・キュリス監督に直接インタビューして、そのへんもうかがってみました。


「確かに、フランスの男性は、この映画のサガンの描き方にはビビり気味かもね(笑)。ピカピカしていた女の滅びる様子なんて男性は見たくないでしょう。サガンの人生を撮ろうと思ったのは、サガンが亡くなった時。国賓クラスの報じられ方で、ああ、生きている時に会っておけばよかったと後悔しつつ、だからこそ、今からでも撮らねばと強く思ったわけ。ジョルジュ・サンドもサガン同様、自由奔放に生きた女性で、強い意思を持った芸術家の女性の生き方であることは共通してますが、サガンのように赤裸々に描けない。私の母親の時代のことは伝説化され美化されてしまう。が、サガンは良くも悪くも多くの資料や映像があり、息子さんからの取材協力も得て、結果的には晩年の様子などきれいごとでは済まない部分を赤裸々にすることこそ、誰よりも自由に生きた、ひとりの女性としてのサガンを描けるのだと考えたのです」と、キュリス監督。

そう、自由に生きるということはそう簡単ではないということを、思い知らされる映画でした、本当に。

そういう意味でカブルのが、同じく作家の、今年が生誕100年で注目される太宰治。共通したところがありますね。なぜかお二人とも、頬づえをついている写真で知られているところも、よく似ているではないですか?

さらに、ちょっと蛇足ではありますが、ジョルジュ・サンドの映画の中でブノワ・マジメルが事実上の主演男優デビューをし、ビノシュに比べまだ新人だった彼に、彼女が惚れてドンドンお熱になって行く様を、キュリス監督はカメラのレンズを通して見守り続けていたとインタビューで告白。

そうかー、そうだったのかー。と、いまさらながら感激したワタクシ。彼がまだ子役だった頃のデビュー作『人生は長く静かな河』を配給したのが、我が巴里映画ということもあり、私が目に入れても痛くないほど大好きなマジメルのそんな秘話も教えてくださった監督は、ご自身も女優でもあり、いつも自由でありたいという生き方の女性です。

とまれ、この映画のおかげで、『悲しみよこんにちは』の文庫本が、若い女子の間でグーンと読まれるようになったと聞くと、時を超え、この時代にもアンニュイのカッコよさがまた浸透していくであろう予感がして、妙に楽しくなってくる私。しかし、自由と孤独はセットになっているから、気をつけないとね。

久々にまた、1本で幸せな気持ちになれそうな映画との出会いでした。

今年のフランス映画祭でのディアーヌ・キュリス監督。写真/鈴木禮子
Bunkamuraル・シネマでは、公開記念特別上映として『悲しみよこんにちは 』を6月13日(土)~6月26日(金)まで上映中。『サガン ―悲しみよ こんにちは―』のチケット及び半券で優待料金もあり。DVDはソニー・ピクチャーズエンタテインメントより販売。
『年下のひと』のDVDも一見の価値ありです。
『年下のひと』DVD特別版 は、パイオニアLDCから販売。

 

『サガンー悲しみよこんにちはー』
6月6日より、Bunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座ほか全国公開中。
出演:シルヴィー・テステュー『エディット・ピアフ~愛の賛歌~』、ピエール・パルマード、ジャンヌ・バリバール『ランジェ公爵夫人』
監督:ディアーヌ・キュリス『年下のひと』
配給:ショウゲート 
原題:SAGAN/2008年/フランス映画/122分/カラー/アメリカンビスタ/ドルビーデジタル
字幕翻訳:古田由紀子/字幕協力:河野万里子
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