『やさしい人』ギョーム・ブラック監督 全ての人に許しを与え、全ての人が許される「やさしい」結末。

(2014.11.11)

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ずんぐりむっくりで薄毛、ひと目見たら忘れられないルックスと存在感で「21世紀のジェラール・ドパルデュー」とも評される新感覚俳優 ヴァンサン・マケーニュ。その最新作が公開中の映画『やさしい人』です。同じくヴァンサン主演、昨年公開され静かな話題を呼んだ『女っ気なし』ともどもギヨーム・ブラック監督によるものです。新世代の台頭目覚ましいフランス映画の中でも要注目の監督にお話をうかがいました。
トネール”TONNERRE”という響きの持つ暴力性、
ヴァンサン・マケーニュの名演技。

-作品の日本語のイトルは『やさしい人』ですが、原題はトネール “TONNERRE”、物語の舞台でヴァンサン・マケーニュ演じる主人公マクシムが暮らす街の名前です。

ギヨーム・ブラック監督:日本語タイトル『やさしい人』は軽い皮肉のような意味合いもあると思います、このタイトルから映画を見に行くと予期していなかったような物語が始まる。(笑)フランス語ではこの言葉には「雷鳴」という意味もあって、暴力性とか唐突性といったことも換気する言葉です。日本語のタイトルの様にこの映画の登場人物たちはそれぞれ基本的に善良でとてもやさしい人たちです。ところが何か事件が起こり情熱に駆られて怒りが爆発したり、暴力的になったりします。しかし結末は全ての人に許しを与え、全ての人が許されるというやさしさを感じさせるようなものなっています。

パリでそれなりに活躍したミュージシャン マクシム(ヴァンサン・マケーニュ)は父の住むブルゴーニュの町トネールに戻っている。取材に訪れた若い女性記者 メロディ(ソレーヌ・リゴ)に惹かれる。
パリでそれなりに活躍したミュージシャン マクシム(ヴァンサン・マケーニュ)は父の住むブルゴーニュの町トネールに戻っている。取材に訪れた若い女性記者 メロディ(ソレーヌ・リゴ)に惹かれる。
ワイナリーを訪れたり、スキーに出かけたり……デートを重ねるふたり。メロディはマクシムが失いかけている若さに満ちあふれているのだ。幸福に真っ只中にもかかわらずメロディは別れの不安を口にする。
ワイナリーを訪れたり、スキーに出かけたり……デートを重ねるふたり。メロディはマクシムが失いかけている若さに満ちあふれているのだ。幸福に真っ只中にもかかわらずメロディは別れの不安を口にする。

ー暴力性、唐突性というとあるシーンを思い出します、まるで「雷鳴」のような音が響き渡るシーン。それはベッドの上のマクシムがとった行動によるものですが。

ギョーム・ブラック監督:あのヴァンサンの演技には私も感動しました。あの嘆きはただ単に恋愛に関するものではなく、もう何年も何年も積み重なったもの、彼の中で大きくなっていった悲しみ、仕事やこれまでうまく行かなかったこと、母親の死……そういったことすべてが含まれているんだと思います。若い女の子 メロディとの出会いが彼が持っていた傷に蓋をするガーゼのような役割をしていた。ところがそれが引きちぎられるような。

 

作品のトーンを作り出す
ふたつの詩。

ー静けさの中の激しさ、のようなとても印象的なシーンでした。印象的といえば、文学作品の暗唱のふたつのシーンです。ひとつはマクシムがディナーに呼ばれた先で、子供がヴェルレーヌの詩『都に雨の降るごとく Il pleure dans mon coeur』を暗唱します。マクシムの心情だけでなく、映画のトーン全体を表しているような詩ではないでしょうか。

ギヨーム・ブラック監督:あのヴェルレーヌの詩は確かに、マクシムの悲しみや、彼自身の心配事を代弁するような意味合いもあると思います。同時にその後に起こることを予期するような内容でもある。朗読のあとに、子供たちの父であるエルベ、彼は素人の俳優さんなのですが、彼が自分の生活の中で生きづらさを感じている、自殺を考えたこともある、そうせずにおれたのは二人の娘がいたから、という話をします。エルベが話している内容は、それまでの調子とはちがって暗く、陰湿な感じを持っていますよね。これが映画全体に感染していって映画のトーンがここでガラリと変わってしまいます。元々マクシムはやさしい男なのに、ここをきっかけにどんどん変わっていきます。

トネールでは、父クロード(ベルナール・メネズ)の家にやっかいになっているマクシム。ギターの弾き語りのメランコリックな曲を録音したりしている。クロードはメロディとトイレで鉢合わせする。
トネールでは、父クロード(ベルナール・メネズ)の家にやっかいになっているマクシム。ギターの弾き語りのメランコリックな曲を録音したりしている。クロードはメロディとトイレで鉢合わせする。
 
ーミュッセの詩の暗唱シーンもあります。マクシムの父、クロードが食事中に「恥を知れ! ふしだらな女よ!」と演劇調のセリフを披露します、唐突にです。(笑)これはクロードを演じたベルナール・メネズの経歴に関係がありますか。

ギヨーム・ブラック監督:あのミュッセの詩『10月の夜 La nuit d’octobre』というのは本当は長い詩です。脚本を書きはじめた時に共同脚本家であるエレーヌ・リュオがこの詩の存在を教えてくれました。内容を見ると裏切られた愛情についてでこの映画とリンクするところがあった。この詩は最終的にはその人のことも許してあげなければいけない、という内容。それでこの映画の中で使いました。

ベルナールの朗唱のスタイルはちょっと昔風。彼自身は舞台俳優でありますが、ふたつのタイプの映画に出ています。ジャック・ロジェのような、どちらかというと自然主義的な映画。一方で大衆的なエンターテイメント作品にコミカルな役どころで出ています。あのシーンは遊び心があってちょっと子供ぽいが詩の内容は真面目、というコントラストを持たせてちょっとコミカルに描きたかったのです。実は私の祖父はトネールの出身でラテン語教育をしっかり受けた人。ラテン語や古典の詩はすべて暗唱できて、その祖父がよく私たちを笑わせるためにフランスの古典文学を昔風に、まるでコメディ・フランセーズの役者のような節まわしで暗唱してくれたんですね。

忘れてはいけないのは、あのセリフは犬に向かって言っているということです。(笑)犬にわかるように、若干大袈裟なのですね。(笑)

tonnerre-Guillaume Brac-10 ギヨーム・ブラック監督プロフィール Guillaume Brac経営を学んだ後FEMIS(フランス国立映画学校)で映画製作を学び、在学中に短篇を監督。2008年友人と製作会社『アネ・ゼロ(Année Zéro)』を設立、短編『遭難者 Le naufragé』、『女っ気なし Un monde sans femm』を製作。2013年、長篇第1作である『やさしい人 TONNERRE』を第66回ロカルノ国際映画祭コンペティション部門に出品。2014年1月にフランスで劇場公開された。© 2014 by Peter Brune

■ギヨーム・ブラック監督プロフィール Guillaume Brac経営を学んだ後FEMIS(フランス国立映画学校)で映画製作を学び、在学中に短篇を監督。2008年友人と製作会社『アネ・ゼロ Année Zéro』を設立、短編『遭難者 Le naufragé』、『女っ気なし Un monde sans femm』を製作。2013年、長篇第1作である『やさしい人 TONNERRE』を第66回ロカルノ国際映画祭コンペティション部門に出品。2014年1月にフランスで劇場公開された。© 2014 by Peter Brune
 
『女っ気なし』『やさしい人』
脚本の作り方。

ー共同脚本家のエレーヌ・リュオさんは、前作『女っ気なし』でもごいっしょされてます。おふたりの仕事の分担や進行はどのように?

ギヨーム・ブラック監督:基本的にストーリー、セリフなど書くのは私です。描き上げる上でいくつかの段階があります。まず私が彼女に、どういう映画を作りたいのか話します。とても漠然としているのですが。このようなテーブルを囲んでふたりで何時間か話す。それを週に3回くらい。それが数ヶ月続きます。その中で具体的なアイディアが出てきたり、具体的なシチュエーションが決まっていったり、具体的なギャグが生まれていったり。最終的には私が脚本をし上げてそれを彼女に見せます、そして彼女がコメントをしてくれて、それをまた脚本にフィードバック。エレーヌは私の古い友達で彼女自身もFEMISで勉強しています。

私の映画の製作チームは技術、編集、撮影監督、そしてヴァンサンもみんな古い友人です。自分が信頼を置いている人と仕事をすることは私にとってとても重要。彼らは映画に多くをもたらしてくれました。

 
周囲の人に起ったことによって
映画の世界へ。

ー経歴を拝見したところ、映画の前に経済を勉強されていますね。映画への方向転換はどのようなことがきっかけだったのでしょうか?

ギヨーム・ブラック監督:経済の勉強をしたのは両親や家族の薦めがあったからです。映画の方向に反れて行ったのは、自分自身でも具体的に何があったのかわかりません。まあ、自分の中ではある程度の想像はついているのですが……。おそらく自分の周囲にいる人に起ったことによって人生とははかないということがわかったことです。人生は短い。この中で何かしら自分にとって意味のあること、自分に歓びを与えてくれるようなことをしないといけないのではないかと気づいた。決して経済の勉強をすることが意味がないと入っているわけではありませんよ……。(笑)確かに私は映画を作りたいと思い始めてから実際に製作するまで私は時間をかけました。映画監督になってからも自分に疑いがあったり迷いがあったり決して自身があるとは言えません。今後も本当に映画を撮っていけるのかと不安になることもあります。

ー子供の時から映画監督への夢は持たれていたのですか?

ギヨーム・ブラック監督:子供のころは夢さえ持たない子供でした。ただ書くことがすごく好きでしたので小説家を夢見たこともないではないが、これもとても漠然としたもの。映画監督と同じように、なんとなくこれは実現できない夢だと考えていました。

心配性で、子供らしくない子、子供が持っているような天真爛漫なところが全くない……。そんな時代がとても長く続いたのですが、成長する中でいろんな人と出会って、もちろん恋愛もあると思うのですが、徐々に軽さ、楽しさ、大胆さを覚えました。

ー俳優になろうと考えたことは?

ギヨーム・ブラック監督:恥ずかしがり屋だったのでカメラの前に立つことは考えられませんでした、むしろカメラの向こうにいるのが自分に合っている、と思えました。映画作りでは自分の分身を使って……もちろんその分身は自分よりずっとよくて、カメラの前で居心地よく演技をしてくれるような人を使います……私の感情を表現したかった。それはとても強い願いでした。自分のことをこのように映画で語るということはある意味、ナルシストであるように感じますがそれだけではないと思います。

『やさしい人』
ユーロスペースほかにて全国順次ロードショー公開中

出演:ヴァンサン・マケーニュ、ソレーヌ・リゴ、ベルナール・メネズ、ジョナ・ブロケ、エルヴェ・ダンプ、マリ=アンヌ・ゲラン
監督:ギヨーム・ブラック
脚本:ギヨーム・ブラック、エレーヌ・リュオ/協力 カトリーヌ・パイエ
撮影:トム・アラリ
音楽:ロヴール
配給:エタンチェ
製作:2013年/フランス/フランス語/ 100分/DCP/カラー/1 :1.85/5.1ch/
原題:TONNERRE
字幕:高部義之
© 2013 RECTANGLE PRODUCTIONS – WILD BUNCH – FRANCE 3 CINEMA