高橋伴明(監督) × 奥田瑛二(主演)=「赤い玉、」老いた男の葛藤と執着と妄想と現実「性」と「生」が入り乱れる幻想的シネマ
(2015.09.15)高橋伴明監督の最新作、男たちのエロスが炸裂する!との前評判を聞いて、おそるおそる足を運んだマスコミ試写。「どうだ、これがオスのフェロモンだ!」的ドヤ顔な映画だったらどうしよう……。その不安はいい意味で裏切られた。自分たちの滑稽を冷静に見つめている大人の映画が完成していた。
高橋伴明監督の最新作『赤い玉、』である。『愛の新世界』から20年ぶりに挑んだエロスの世界。主演の奥田は、映画監督としてはパッとせず、大学で学生たちを相手に映画の作り方を教えている中年男の時田修次を演じている。中年というよりも熟年、老年に近い感覚だろうか。人生最後の射精の時間、打ち止めのサイン〝赤い玉〟の飛び出す瞬間がひたひたと近づいてくるような悲哀をまとわせた男である。
彼には愛人がいる。彼が教鞭をとる大学の職員である。若さは少しずつ失われつつあるが、人生の甘みだけでなく酸味も苦みも知った大人の女である。しかし彼は、街中で出会った一人の女子高生によって、現実と虚構が混濁するほどに心をかき乱されていく……という物語である。
奥田演じる時田は、映画を学ぶ学生たちにハッパをかける。「オスになれよ!」と。
小料理屋で盃を傾けながら、愛人のマンションで彼女に酒を注がれながら、風呂場で彼女に身体を洗われながら、ベッドの上で肌を重ねながら、時田はいつも乾いている。永遠に満たされない。満たされないどころか渇きが激しくなっていく。これがオスなのか。
奥田が演じるオスは、生々しく、時に痛々しく滑稽で、しかしチャーミングですらある。
人生は無常である。虚構の裂け目にでも飛び込まなければ、時計の針は止められない。達観や諦観からはほど遠い「老い」を生きる人間が描きだす「生」と「性」の色彩は、幾多の人生の彩を描き出してきた監督・高橋伴明の一つの終着点ともいえるだろう。
そしてそれは、終着点などどこにもない、という永遠の渇きの感覚を私たちの細胞の中に呼び覚ましてくる。映画というのは、なんと贅沢な娯楽だろうか、と思う瞬間である。
秋の夜長に、極上の大人の映画をどうだろうか。ただし、ラストシーンの衝撃は若松孝二の人生へのオマージュなのかもしれないが、咀嚼しきれないままエンドロールを呆然と見つめることになる人は少なくないかもしれない。
「赤い玉、」
監督・脚本:高橋伴明
出演:奥田瑛二、不二子、村上由規乃、花岡翔太、土居志央梨、柄本佑、高橋惠子ほか
テアトル新宿ほか全国公開中
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