『オーケストラ!』 ラデュ・ミヘイレアニュ監督にインタビュー 悲劇を笑いで描く。「C’est la Vie?(人生ってそういうものでしょ?)」。

(2010.04.02)

先日開催されたフランス映画祭で観客賞を受賞するなど、今注目を集める映画『オーケストラ!』のラデュ・ミヘイレアニュ監督に、この映画に込めた熱い思いを伺いました。

まずはストーリーから。
1980年に、旧ソ連政府のユダヤ人排斥運動に反対し、ボリショイ交響楽団を解雇されて以来、現在は劇場清掃員として働く天才指揮者のアンドレイ・フィリポフ。ある1枚のファックスをきっかけに、現在は運転手や蚤の市の業者、ポルノ映画のアフレコなど、様々な仕事に就く昔の仲間を探しだし、30年分ぶりにオーケストラを再結成。ロシアのボリショイ交響楽団の代表と偽って、パリの一流劇場に乗り込み、人気ソリストをブッキングすることに成功するが、果たしてコンサートの行方とアンドレイの本当の目的とは——。

 

質問にひとつずつ簡潔に答えてくれるミヘイレアニュ監督は、背が高くすらりとしたイケメン。
なかなか許可が取れないモスクワで許されたロケによる貴重なシーン。
『PARIS』『イングロリアス・バスターズ』で注目されたメラニー・ロランがヴァイオリン・ソリストを演じる。
かつて権威を振りかざしていた共産党の哀愁がおもしろおかしく描かれている。

今回の『オーケストラ!』は、監督の前作である『約束の旅路』と、人々の共感を集め、感動へと誘うという点では共通しているものの、ずいぶんとアプローチの方法が異なります。日本でもクラシックをテーマにしたコミック原作のコメディ映画『のだめカンタービレ』のヒットが記憶に新しいですが、今回、監督がチャイコフスキーやモーツァルト、パガニーニ、シューベルト、シューマンなどの名曲音楽をモチーフに、ユーモアの要素を多く取り入れたスタイルにした理由が気になるところ。さっそく本作の制作の経緯について伺ってみると、思いがけない答えがかえってきました。

「映画『オーケストラ!』は、二つの事実に着想を得て制作されました。まず1つ目は2001年に、偽のボリショイ交響楽団が香港でコンサートツアーを行ったという事実。そして2つ目は、1980年代の旧ソ連がブレジネフ政権時にユダヤ人の排斥運動を行い、ボリショイ交響楽団でユダヤ人でない指揮者がユダヤ人のメンバーをかばったために解雇された、という事実です」。

奇想天外とも思える偽のボリショイ交響楽団のなりすまし事件が、実話に基づいていたとは驚きですが、ユダヤ人排斥の悲しい史実を、ユーモアにくるんで、多くの人に伝えたい、という強い思いもあったようです。

監督は、小さいころからクラシックはもとより、様々な音楽に慣れ親しみ、ご両親の持っていた33回転のLPをいまだに聴いているというほどの音楽通。「クラシック以外にもジャズやR&B、テクノ、ワールドミュージックなど、ありとあらゆる音楽が好き」というだけあって、劇中、オーケストラの一員であるヴァイオリニストが、ジプシー音楽の流れで即興的にパガニーニのカプリースの一節を見事な腕前で弾いてみせるシーンからも、その奥行きの深さを伺い知ることができます。また「個人として存在しているソリストと、個人個人の人生が背景にありながらも一つの楽団として存在しているオーケストラとの対比を際立たせたかった」と監督が話す通り、演奏シーンまでもがそれぞれの歴史を饒舌に語っています。

一旦は再結成に賛同した楽団メンバーも、実際は30年の間に築き上げた自身の生活が中心となり、ツアー先のパリですら、商売のチャンスとみれば、なりふり構わず行動に出る始末。そんな彼らの行動は、一見すると滑稽に写りますが、実は必死で生きている人たちの姿を描いているともいえます。さて、監督がこの楽団メンバーに込めた思いや意図とは―。

「この映画を通して描きたかったのは、まさに人生そのもの。ブレジネフ政権下で抑圧された音楽家たちが、どのようにして夢を叶えていくかといった工程を、ユーモアを交えながら、軽さをもって描いています。最大のポイントは、いかにして悲劇をより軽く見せるかということ。コメディの要素を入れたのも、ユーモアからしか乗り越えられないものがある、と考えたから。死と隣り合わせの、はかなく短い時間の中に、可能なかぎりエネルギーとユーモアを注ぎ込み、意味のあるものにしたい、という私なりの人生讃歌ともいえます。私たち人間はまるで迷子になった蟻のように毎日何かを模索し、もがき苦しみながら生きていますが、いつか人生の高みにたどりつき、夢を手に入れるためには、エネルギーとユーモアが必要なのです」。

ロシアなまりのフランス語が印象的ですが、これは監督がルーマニアから30年前にフランスに移住したころ、知らずに使った19世紀のフランス語が、現代では失礼にあたる言葉だった、という実体験が元になっているそう。また、言葉遣いだけではなく、ロシアとフランスの国民性の違いを衣装の色や美術セットで対比させたことにより、喜劇的な要素を強調したともいいます。

ミヘイレアニュ監督の制作の原点は、民族的に迫害を受けてトラウマを抱えた人々を励ましたい、という思いに端を発しているとのことですが、映画という手法を用いることにより、世界中の人々の目に触れ、共感を得ることに成功しています。

「現在、世界中の人間の置かれている状態というのは、経済危機ではなく自信喪失の危機だと私は捉えています。この映画を観た少しでも多くの人が、自己愛や人間愛を再認識し、もう一度手に入れ、失った人間の尊厳を再び見出し、夢と希望を持って生きてほしい。それこそが私の願いです」。

映画『オーケストラ!』には、国や政治の歴史的背景だけではなく、個人の人生の歴史も重要な要素の一つとして描かれています。言葉や習慣が異なっても、どう生きていくかという問題は、すべての人間に共通していて、音楽では言葉の壁を越えて通じ合える。たとえ現在どんな状況に身を置いていても、その人の中に根付いた「プライド」は絶対に消えない、たくましく生きていかないといけない、という力強いメッセージを受け取りました。ぜひ劇場で、その迫力と感動を体験してみてください。

『オーケストラ!』

監督・脚本/ラデュ・ミヘイレアニュ
音楽/アルマン・アマール
出演/アレクセイ・グシュコブ、メラニー・ロラン、フランソワ・ベルレアン、ドミトリー・ナザロフ、ミュウ=ミュウ
2009年/フランス/124分
4月17日(土)、Bunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー

*劇場招待券プレゼント(4/13締め切り)はこちら
 

 

渡邊玲子の取材プチメモ

以前来日した際に「是非京都に行ってみたい」と答えていたミヘイレアニュ監督。
「WEBダカーポ読者のみなさんでバスをチャーターして京都観光に連れて行って。
春は愛の季節だしね!」と話す、お茶目な一面も。