人も動物も歌って奏でるオムニバス。イオセリアーニ監督『皆さま、ごきげんよう』
(2016.12.30)原題はChant d’Hiver、冬の歌
人・動物が歌って奏でるオムニバス。
ごきげんようという挨拶は便利なもので出逢いにもお別れにも使える。言い様によっては限りなくエレガントなお別れにもなる美しさを孕んだ言葉ですが、『皆さま、ごきげんよう』という本作の原題はChant d’Hiver、冬の歌。オタール・イオセリアーニ監督の最新作です。
オタール・イオセリアーニ監督は旧ソ連グルジア 現ジョージア出身の1934年生まれ。ソビエト国立映画学校で映画を学び62年中編『4月』を製作するも体制にそぐわないとして上映禁止。66年の『落葉』のカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞、ジョルジュ・サドゥール賞受賞を筆頭に、以降発表する作品は国内上映禁止されるも国際映画祭で連続受賞。92年フランスに活動の場を移してからも国際映画祭で受賞を続け99年『素敵な歌と舟はゆく』はカンヌ国際映画祭特別招待、ルイ・デリュック賞、ヨーロッパ映画アカデミー 最優秀批評家連盟賞受賞、2002年『月曜日に乾杯!』はベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)、国際批評家連盟賞を受賞しています。
モスクワで映画監督の勉強をする以前は、トビリシで音楽家を目指していたというイオセリアーニ監督の作品は劇中の音楽のあり方が独特です。登場人物の心情を代弁するメロディがBGM的に流れてきて盛り上げるというよりも、登場人物その人が歌い、演奏する。あるいはレコードをかける、ラジカセを回す。音楽は人によって歌われる、鳥がさえずることによって生まれる。
本作は、フランス革命以前ギロチン刑のあった時分、現代的な兵器で闘う戦場、現代のパリと3つのシーケンスのエピソードが「あーらー、そんなことしちゃっていいの?」という笑いのさざ波をたてながら横へ横へと広がっていくのですが、オープニングから調子はずれのピアノ、戦場の兵士が奏でる切ないピアノ、パリの管理人と人類学者が護送車の中で歌う唄。警察署長の娘が奏でるヴァイオリン。登場人物が歌って踊るというよりも歌って奏でる音楽がオムニバス『冬の歌』として響き合っているのです。
死んだはずが生きている!?
悪夢的な展開が頻発。
イオセリアーニ作品でおなじみのアミラン・アミラナシュヴィリ、マチアス・ユング、それからジャン=ピエール・ジュネ作品で知られるリュファスの3人の俳優が、3つのシーケンスで物語をリードする人物を演じ分けていて「あーらー、さっきギロチンで首切られた人が戦場神父になってるの?」というような、死んだはずが生きている悪夢的な展開が頻発。
特にパリのシーケンスが豪華で「あーらー、これが現実だったらすごい!」という嬉しい夢のような配役が見られます。夢には起きてみる夢と、寝て観る夢と2種類ありますが後者には時々思いもよらない有名人が予告なしに出演してくることがある……あの感じです。
街の喧騒などどこ吹く風でDIYなのか自力で家らしきものを作る男役にマチュー・アマルリック。街を仕切るごろつき役の不敵な面構えな男は、映画監督のトニー・ガトリフ。街角の物売るホームレスはピエール・エテックス。ホームレス役でプロデューサーのマルティヌ・マリニャック……
マチュー・アマルリックは若かりし頃、イオセリアーニ監督の元で映画修行した経験を持っています。ガトリフ監督はイオセリアーニ監督とお互いリスペクトし合う友人関係。ピエール・エテックスは先日逝去したピエロでイラストレーターで映画監督という才人。近年のイオセリアーニ3作品に連続出演するほどイオセリアーニ監督に心酔していたといいます。マルティヌ・マリニャックはイオセリアーニ監督とはフランスに拠点を移して以来の付き合いでジャック・リヴェット、レオス・カラックスなども手がける敏腕プロデューサー……彼らとイオセリアーニ監督とのサイドストーリーを重ね合わせて観ると楽しみは倍増します。
さらにアヒルや犬といった動物たちが彼らに負けない存在感で登場。路傍にいて人が喋るように鳴いたり、人が働くように散歩しているが、そのことが物語に影響を与えているのかいないのか?
***
コップを持った人がコケる。車に轢かれた人が紙のようにペラペラになってしまう。箒で掃除することレレレのおじさんのごとし。帽子を風に飛ばされる。穴に落ちる。
……というようなスラップスティック・コメディと
ひねった笑いが
並列しながら横へ横へとつながっていく。
そして人々は歌い奏でるのが
イオセリアーニ流である、
と、観察しました。
もちろんラストは
ごきげんよう……。
『皆さま、ごきげんよう』
岩波ホールで公開中。全国順次ロードショー!
出演:リュファス、アミラン・アミラナシュヴィリ、マチアス・ユング、エンリコ・ゲッジ、ピエール・エテックス、トニー・ガトリフ、ミレ・ステヴィク、マチュー・アマルリック
監督・脚本 :オタール・イオセリアーニ
撮影:ジュリー・グリュヌボーム
編集:オタール・イオセリアーニ
美術:ドゥニ・シャンプノワ
衣装:マイラ・ラメダン゠レヴ
音楽:ニコラ・ズラビシュヴィリ
音響、ミキシング: アンヌ・ル・カンピオン
特殊効果: クラオ
ストーリーボード: ナナ・イオセリアーニ
製作管理: クリスチアン・ランベール
製作:マルティーヌ・マリニャック
共同製作 :ジャナ・カリーヌ・サルドリシュヴィリ
2015 / フランス゠ジョージ / カラ / 121 /1.66
日本語字幕:寺尾次郎
原題:CHANT D’HIVER
配給 :ビターズ・エンド