『淵に立つ』深田晃司監督インタビュー日本発、ビターな家族映画にカンヌ喝采! 映画愛好家から綺羅めく星 誕生。

(2016.10.06)
ピクニックに出かけ仲良く記念撮影。左から章江、蛍、利雄、男。8年後この並びが再現されることに。
ピクニックに出かけ仲良く記念撮影。左から章江、蛍、利雄、八坂。8年後この並びが再現されることに。
 
ロメール流、現代的な人間観。

なんとあの、ハリウッド映画の興業動向に大きな影響を持つ『ヴァラエティ』誌に「静かに燃え上がる罪と罰の物語。ロベール・ブレッソンや大島渚を彷彿とさせる!」と評された『淵に立つ』。今年度カンヌ国際映画祭ある視点部門審査員賞受賞を果たした深田晃司監督の最新作です。

前作『ほとりの朔子』でも『ナント三大陸映画祭』で2冠受賞に輝き、次回作には期待が高まっていた深田監督、家族の映画でありながら、罪と罰もの! とは、これはセンセーションに他ならない。前作に込められたエリック・ロメール監督への多大なるリスペクトは今回作品にはどう描かれているのでしょう?

国内外で招聘が相次ぐ中、イスタンブールの『罪と罰映画祭』という場でも上映が決まったそうです。

「……この作品が罪であり、罰は作った監督に与えられる映画祭なのではないかと恐れ多いです」
と、愉快そうに冗談を放つ監督ではありますが……。

とある地方都市。金属加工業を営む鈴岡家に男(浅野忠信)が訪ねて来る。利雄(古舘寛治)にとっては旧知だったその男 八坂。住み込みで雇い入れるが妻 章江(筒井真理子)には事後報告。
とある地方都市。金属加工業を営む鈴岡家に男(浅野忠信)が訪ねて来る。利雄(古舘寛治)にとっては旧知だったその男 八坂。住み込みで雇い入れるが妻 章江(筒井真理子)には事後報告。
 

「いつも意識しているんです、ロメール。今回もロメールの好きな部分を反映させているつもりではあります。彼の作品の面白さは、構成のうまさ、それから演出。(映像の)絵ひとつで物語が立ち上がるショットが撮れるところです。それから男女が延々とお喋りしているのですが、実はちっとも本音で話していないようなところがあって、人間の本質的な裏と表を醸し出す。ああいった人間の描き方には、本音は誰にもわからない、喋っている本人さえわかってないかもしれない、という現代的な人間観が現れているしリアルに感じられます。20世紀の最大の発見は無意識という概念の発見といわれていますが、人間は自分のことは自分が一番よくわかるというのは嘘で、自分で喋っていてもそれが本当かどうかは誰にもわからない。無意識に左右されているかもしれない。そこまで辿りつけていると思うのです。」

確かに今回『淵に立つ』で描かれる家族の風景は、団欒の食卓だったり、ピクニックだったりいかにも家族映画風なシーンが多いのですが観ているうちに、じわじわと恐くなっていくのです。

章江は八坂を訝るのだが、至って真面目な仕事振り、生活態度。章江のキリスト教信仰にも理解を示し、自分の過去を明かす。
章江は八坂を訝るのだが、至って真面目な仕事振り、生活態度。章江のキリスト教信仰にも理解を示し、自分の過去を明かす。
 
 
日本のビターな家族映画に、世界が驚いた。

とある地方都市の金属加工業を営む一家の元にひとりの男(浅野忠信)が訪ねて来ることから物語は始まります。工場主の利雄(古舘寛治)は旧知のその男を住み込みで雇い入れます。妻 章江(筒井真理子)は男を訝るのでしたが、一人娘 蛍(篠川桃音)も男になじみ、新しい家族の関係が生まれかかりますが、思わぬ悲劇に見舞われます。男は姿を消し8年が経過、その傷跡が剥き出しにされることに……。

この作品がカンヌでの受賞となったことをどのように捉えているのかご自身にうかがってみると、
「カンヌで多くの国の映画記者や評論家たちとの会見を持った時、皆さん同じように感じたようでしたが、日本映画の描く家族像で、これほどビターなものは久しぶりだと。だから、ものすごく新しく感じられたと言われたんです。ヨーロッパでは家族映画はいわば日本のお家芸と見られているところがあります。しかし家族と言えば絆でハッピーエンドでスイートなもの、といった印象が近年の日本映画には多かったようで、中にはそれにうんざりしているような批評家もいて、インタビューを受けながら、日本の伝統的な家族観をどう思っているのか問われているところがあると思いました。」と明晰な答えをくれた監督。

一人娘 蛍(篠川桃音)はオルガンの稽古をさぼりがちであったが、八坂がオルガンで弾いてみせた曲を自分も、と練習するように。
一人娘 蛍(篠川桃音)はオルガンの稽古をさぼりがちであったが、八坂がオルガンで弾いてみせた曲を自分も、と進んで練習するように。

今までの日本の家族映画に大きな風穴を開けたことで、世界のカンヌを大いに喜ばせたと言う快挙。しかし最初からカンヌで賞狙いという目論見は全くなかったと言います。

「カンヌにノミネートされてうれしい反面、まず最初に頭をよぎったのは、”お金もかかるぞ!” でした(笑)。渡航費から諸々全部こちら持ちですから。」

しかも、カンヌでは賞をとっても賞金は出ない!(笑)。

 
シネフィル(映画愛好家)の才能が生み出す世界観が新しい。

「ただ、そうは言ってもカンヌ映画祭っていうのは、作家性を高く評価してくれ、守ってもくれる場です。そこでの受賞は、これからの私の作る作品の作家性に保証をくれたようなものです。受け狙いをしなくてはいけなかったりとか気にしないで、妥協なしでますます好きな、やりたいことが出来る扉を開いてくれたと言えます。それはとてもうれしいです。」

すでに本作と平行して取り掛かっていた次作もあるそうで、好きな作品を作っていくことに迷いはなさそうです。

 
食卓をともにし、ひとつ屋根の下に暮しているうちに、新しい家族の関係が生まれかかるが……。
食卓をともにし、ひとつ屋根の下に暮しているうちに、新しい家族の関係が生まれかかるが……。

自宅に1000本の映画ビデオを秘蔵する映画愛好家だったという父の影響もあり、たくさんの映画作品を見て育った深田監督。しかし、子供の頃は映画監督になるつもりはなかったとも。

「子供の頃は小説家、漫画家、作曲家、ゲーム作家、全部になりたかった。それぞれ全部異なるペンネームで作品を発表し第一人者になって、数年後に”小説家の○○、漫画家の△△、ゲーム作家の□□……それらはぜんぶ私なのです”と告白して世間をアッと言わせる。そんなことを夢見ていました。(笑)」

映画監督っていうのも興味あるけど、どうしたらなれるの? と思っていたところ、ふと映画学校の案内を目にしたことがきっかけで映画を勉強することになったそう。

「そこでそれまで観てきた映画の知識が役に立ったという感じで監督をしているというのが、今の自分なんです。」

なるほど、言われてみると深田監督の容貌は、心優しきピュアな映画青年そのものにも見えます。しかしその作品はもの静かだけれども残酷で、理不尽、奇想天外。今までにないような新しい日本の家族映画が完成したというわけです。カンヌ殿堂入り、うなずけます。映画愛好家から綺羅めく星の誕生です!シネフィル・パワーもさることながら繊細な観察眼とロメールゆずりのユーモア。思わずその行く末を見極めたくさせる、それが深田監督なのです。

参考:
イスタンブール国際罪と罰映画祭 Istanbul International Crime and Punishment Film Festival

 
■深田晃司監督プロフィール

ふかだ・こうじ。映画監督。1980年生まれ。幼い頃から多くの名作映画に親しむ。ビクトル・エリセ『みつばちのささやき』、マルセル・カルネ『天井桟敷の人々』を見たことから映画に没頭。『映画千夜一夜』(淀川長治、蓮實重彦、山田宏一著)がバイブルだった。大学在学中より映画美学校で映画を学び映画製作。初の長編は2002年の『椅子』。05年、平田オリザ主宰の劇団青年団に演出部として入団。08年『ざくろ屋敷』がフランスの日本映画祭KINOTAYO映画祭 – ソレイユ・ドール新人賞受賞。10年の『歓待』は東京国際映画祭 日本映画「ある視点」部門作品賞、プチョン国際ファンタスティック映画祭 – 最優秀アジア映画賞、TAMA映画賞 – 最優秀新進監督賞を受賞。13年『ほとりの朔子』はナント三大陸映画祭 でグランプリ金の気球賞 & 若い審査員賞受賞。続く『さようなら』はマドリッド国際映画祭 – ディアス・デ・シネ最優秀作品賞受賞。『淵に立つ』でカンヌ国際映画祭 – 「ある視点」部門 審査員賞という華々しい経歴を持つ国際派。2016年東京国際映画祭では日本映画スプラッシュ部門で審査委員を務める。
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『淵に立つ』
2016年10月8日(土)有楽町スバル座ほか全国ロードショー

出演:浅野忠信、筒井真理子、太賀、三浦貴大、篠川桃音、真広佳菜、古舘寛治
監督・脚本・編集:深田晃司
撮影:根岸憲一(J.S.C)
録音・効果:吉方淳二
美術:鈴木謙介
音楽:小野川浩幸
サウンド・デザイナー:オリヴィエ・ゴナワール
スタイリスト:村島恵子
©「淵に立つ」製作委員会 / COMME DES CINEMAS