衝撃の結末『愛、アムール』
愛する人と年を重ねるとは?

(2013.03.12)

愛するとはどういうことか?
愛する人と年齢を重ねるとは?

パリのアパルトマンで老後を悠々自適に暮す元音楽家のおじいさんとおばあさん。おじいさんはジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)、おばあさんはアンヌ(エマニュエル・リヴァ)、元ピアノ教師です。『愛、アムール』はこのふたりが失い続ける物語。

アンヌは手術に失敗したことから半身の自由を失いますが、ジョルジュは献身的にアンヌの世話をします。しかし半身不随に加えて認知症が起こりはじめたアンヌ。言葉を失い、会話を失い、正気を失っていきます。老いがじわじわと進行していく様は、病草子ならぬ老いばみ草子さながら。年はとりたくないものだ、と言いたくなりますが、そのアンヌの一挙一動、ひと呼吸ひと呼吸には、それまでのアンヌの人生の道のりの長さ、深さを感じさせあまりに壮絶。

介護するジョルジュはやさしく、寛容にアンヌと向き合います。お風呂に入れて、食事を与え、痛みに苦しむアンヌに昔話の数々を披露して気を紛らわせ、会話もままならないアンヌと一緒に歌を歌い……。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える……新約聖書「コリント人への第一の手紙」愛の賛歌さながらです。


左・元ピアノ教師のアンヌ(エマニュエル・リヴァ)はある朝、食事の途中に発作を起こし、意識が飛んでしまう。
右・アンヌの手術は失敗。夫のジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)は半身不随となったアンヌを献身的に看護する。

左・別人のようになってしまったアンヌ。なぜ入院させないのかと娘のエヴァ(イザベル・ユペール)はジョルジュを咎める。
右・ついには寝たきりになってしまうアンヌ。弟子が奏でるシューベルトの即興曲がかつてのアンヌの姿を思い出させる。

アンヌを演じるエマニュエル・リヴァは’58年の『二十四時間の情事』で知性と気品のある美貌で話題を呼び、ジョルジュ演じるジャン=ルイ・トランティニャンは’66年『男と女』の洒脱でクールな美丈夫として一世を風靡しました。その美しさ、格好良さで知られた両人が、おばあさん、おじいさんになり、おじいさんがおばあさんを介護する老境を臆することなく演じています。特殊メイクやCGではなく、50年の時を経た現実の老人の姿を見せるドキュメンタリーのようでもあります。

しかし、思うように動けない、話せない、食べられないという惨めな老醜に終わってはいないところは、このふたりの魅力によるものでしょう。おぼつかない足元はふたりが重ねてきた年月を想像させ、その時間は古いヨーロッパの教会建築が過ごしたきた時の長さのように荘厳。アンヌの歩行を助けるために身体を密着させてふたりでやっとのことで移動する場面には、苛立ちよりもいたわりが。

老い衰える相手を思いやり、なおも変わらず寄り添い、ともにいることが幸せであり、ふたりにとっての愛。衰弱の激しいアンヌを心配する周囲からのコンタクトを遮断し迎える衝撃の結末は、ふたりにとっては幸せだったのではないか、と考えさせられてしまいます。

愛するとはどういうことか、どのように年をとったらよいのか、愛する人と年齢を重ねるとはどういうことか?
おじいさん、おばあさんになる前に、なってからでもよいですが、見るべき映画である、
と、観察しました。

●エマニュエル・リヴァ プロフィール

Emmanuel Riva 1927年生まれ。’58年映画デビュー。マルグリット・デュラス原作、アラン・レネ監督、一日の情事を通じて戦争、広島への原爆投下の意味を問うた衝撃作『二十四時間の情事』(’58)で世界的に知られるように。『テレーズ・デスケウル』(’62)でヴェネチア映画祭主演女優賞受賞。『トリコロール / 青の愛』(’93)『華麗なるアリバイ』(’07)などの出演作がある。『二十四時間の情事』撮影時にリヴァが撮影した広島の日常風景の写真を元にした写真集『HIROSHIMA 1958』が08年に出版された。『愛、アムール』の演技でセザール賞、英国アカデミー賞、ヨーロッパ映画賞、ボストン映画批評家協会賞など多くの映画賞の主演女優賞を獲得した。

●ジャン=ルイ・トランティニャン プロフィール

Jean Louis Trintignant 1930年生まれ。法律を学んでいたが20歳で演技の道へ進み’55年映画デビュー。’66年クロード・ルルーシュ監督『男と女』でフランシス・レイのテーマ曲とともに世界中に知れるように。『男と女』ではレーサーを演じたが自身もレーサーとして活躍した。’69年『Z』ではプロデューサーも務めカンヌ映画祭主演男優賞受賞。『暗殺の森』(’70)、『日曜日が待ち遠しい』(’83)、『バンカー・パレス・ホテル』(’89)、『トリコロール / 赤の愛』(’94)などこれまでに100本以上の映画に出演している。ハネケ監督による『愛、アムール』の脚本は当初からジョルジュ役にジャン=ルイを想定して書かれたものである。セザール賞、ヨーロッパ映画賞の主演男優賞を受賞。

『愛、アムール』

出演:ジャン=ルイ・トランティニャン、エマニュエル・リヴァ、イザベル・ユペール、アレクサンドル・タロー、ウィリアム・シメル
監督・脚本:ミヒャエル・ハネケ
製作:マルガレート・メネゴス、シュテファン・アルント、ファイト・ハイドゥシュカ、ミヒャエル・カッツ
撮影:ダリウス・コンジ
録音:ギョーム:シャマ、ジャン=ピエール・ラフォルス
編集:モニカ・ウィリ、ナディーヌ・ミューズ
配給:ロングライト
提供:角川書店、ロングライト、カウンターポイント
字幕:丸山垂穂
2012年 / フランス、ドイツ、オーストリア / 127分 
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