ジム・ジャームッシュ『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』日常会話は歴史の中のロマン。
ジャームッシュが描くヴァンパイア
(2013.12.20)
生と死の狭間で
黒い背景に静かに光る星の輝き。その一点を中心にカメラは緩やかな360度回転をはじめる。夜空に輝く星々のパノラマはいつしかターンテーブルの上をまわるシングルレコードの動きにシンクロし、そこにふたりの男女の目覚めの様子がオーヴァーラップされていく。ソファとベッドに横たわったふたりの身体はえも言われぬ倦怠をおび、あたかも彼らのうえにだけ特殊な重力がかかっているかのような印象を与える。実際、部屋の薄明かりに照らされたふたりの肌の白さには、人間のもつツヤやハリは感じられず、はたして彼らが本当に生きているのかどうか見ている者は確信を持つことができない。だがその時、ふたりがゆっくりと目をひらく。生と死の狭間にある不安定な身体がにわかに動くこの瞬間、戦慄にも似た感動が背筋を走る。
しかし、この幸福な時間も長くは続かない。イヴの破天荒な妹エヴァ(ミア・ワシコウスカ)の訪問によって、ふたりの平穏は徐々にかき乱されていく…
ジャームッシュが見出したヴァンパイアの魅力
ヴァンパイアを題材にした映画は数多く存在する。F.W.ムルナウの『吸血鬼ノスフェラトゥ』や、カール・Th・ドライヤーの『吸血鬼』、またその他にもロマン・ポランスキーやトニー・スコット、フランシス・F・コッポラなど数多くの名匠がこの題材で映画を撮っている。最近では、『アンダーワールド』や『トワイライト』シリーズが有名だし、岩井俊二も最近『ヴァンパイア』という名前の映画を撮っていた気がする。生死を超えた存在の神秘性や、人の血を吸って生き延びるという生存方法、そして、生気を失った肌の白さと血の真紅のコントラスト。ヴァンパイアの妖美(ようび)はいつの時代も人々を魅了してきた。ジム・ジャームッシュもそうしたヴァンパイアの魅力にとり憑かれた映画作家のひとりだ。
実際、今回の『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』(2013)にもそうしたヴァンパイアの魅力はふんだんに散りばめられている。たとえば、ティルダ・スウィントンの真っ白な口元で鈍く輝く血の色。黒にも近いこの赤は、今までのどのヴァンパイア映画のそれより美しいといっても過言ではないだろう。だが、ジャームッシュはこうした古典的なヴァンパイアの描写を作品の中心には据えていない。肌の白さも、血の色も、ヴァンパイアにまつわる諸々の伝説も、ひとつの背景として作品を支えてはいるものの、それが主要な題材として扱われることはない。
何年も前を生きた文豪や音楽家に私たちは直接会うことができない。私たちができることといえば、彼らが残した作品を手がかりに彼らとの果たせぬ出会いに思いを馳せることぐらいだ。だが、不死身のヴァンパイアたちは違う。ヴァンパイアたちの口から飛び出すビッグネームの数々。私たちが会いたくても会えない、知りたくても知れない人々の存在を、彼らは私的な記憶として語りだす。不死の存在である彼らだけに許された「歴史」のロマンとファンタジー、ジャームッシュがヴァンパイアに見出した本当の魅力はそこにある。
ヴァンパイアたちは、私たちが「歴史」と呼ぶものを実際に生き、今も間断なくそれを生きつづけている。きっと、100年後も200年後も彼らは同じように生き続け、今という時代はまたあらたなひとつの「歴史」として彼らの記憶の一部になっていく。そして、おそらく彼らは、今シェイクスピアやバッハを語るように、ジム・ジャームッシュについて語るだろう。「21世紀ヴァンパイアブームが起きて、自分たちを題材にした映画が数多く作られた。大半が駄作だったが、その中にひとつ上質な作品があった。それは『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』というタイトルで、撮ったのはジム・ジャームッシュという監督だった」、という具合に。
『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:トム・ヒドルストン、ティルダ・スウィントン、ミア・ワシコウスカ、ジョン・ハートほか
原題:ONLY LOVERS LEFT ALIVE/2013 年/米・英・独/123 分
提供:東宝、ロングライド 配給:ロングライド
12 月20日(金)より TOHO シネマズ シャンテ、新宿武蔵野館、大阪ステーションシティシネマ ほか 全国公開