種田陽平美術監督インタビュー@東京都現代美術館。

(2010.09.16)

『借りぐらしのアリエッティ』
達人たちからのメッセージ その2
種田陽平美術監督インタビュー@東京都現代美術館

『借りぐらしのアリエッティ』の米林宏昌監督インタビューに引き続き、今回は、同作品にコラボレーションし、その世界観をセット化した映画美術監督である種田陽平さんのインタビューをお届けします。

 

さて、映画が大好きだと言うあなたは、映画作品の良し悪しを決める重要な要素の一つが、映画の美術であるということを知っていましたか?
主演の俳優、女優を際立てるのも、映画の印象を高めるのも、映像の美術効果や背景となる舞台、「セット」が圧倒的な力を発揮しているのです。
さらに言うなら、その作品の品格をも左右するといってもいい。

フランスなどでは美術監督は高い位置にいます。そして、日本でも高い評価を持つ監督がいます。その人が種田陽平監督です。
岩井俊二監督作品『スワロウテイル』や、三谷幸喜監督作品『ザ・マジックアワー』、クエンテイン・タランティーノ監督作品『キル・ビルVol. 1 』などを代表作として知られ、『ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜』では第33回日本アカデミー賞最優秀美術賞を、また『空気人形』とともに平成21年度芸術選奨文部科学大臣賞を獲得し、今や世界的にも活躍する、その世界での第一人者です。

東京都現代美術館で、『悪人』の美術監督の仕事を終えたばかりの種田さん。
photo / Reiko Suzuki

現在大ヒット上映中の、スタジオジブリ最新作『借りぐらしのアリエッティ』の世界観を3次元に構築し、訪れる私たち大人たちを、全員“床下に生きる小人”に変身させてしまう空間を、完成させてくれました。

それが、東京都現代美術館で開催中の展示、「借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展」です。この非日常世界は遠くから眺めるものではなく、私たちに体験させてくれる作品であり、そこが斬新なのです。

「本来はお子様向けではないんです。大人の琴線にも触れるものだと信じて作りました。若い女性にも体験してみて欲しいですね」
と、種田さんが言うのも当然なのです。
大人が一歩踏み込めば、たちまち小人になってしまう面白さが味わえるよう、細かな尺度で設計されているのですから。

アリエッティの住む館の広大な庭の再現や、そこに生息する植物、その植物から零れる水滴などもリアルに作られている。普段は私たちが、いつも追いかけまわしているゴキブリが私と同じくらい大きくて、襲われたらひとたまりもないくらいに蠢いている様も「コワ面白い」世界で、最近こんなにワクワクしたのも久しぶりです。

ゴキブリを発見。ものすごいリアリズムに、怖いより、筆者は、まず感動。
ジブリが描く草花のシズル感を、みごと立体化に成功している種田世界に浸れます。

「アリエッティの部屋の絵コンテ一枚からスタートし、映画制作と同時進行で進んで、映画が完成と同時に出来あがったという感じです。映画そのものが最終的にどのように出来上がったかを知らないまま、完成させた世界なんです」
と、種田さん。

ジブリの映画の背景画。アリエッティの部屋。
アニメのシーンを再現、種田さんによって、立体化されたアリエッティの部屋

しかし、そんな過程を感じさせもせず、出来あがったアリエッティの部屋や、お父さんの作業場や、廊下や、浴室などなど、アニメ作品に登場するアリエッティたち小人の暮らしが、本当に手にとるように生き生きと形づくられていて、体験者を感激させてくれるのです。私は、これを体験してから映画を観たせいか、実にアニメ作品が、リアルに体に入ってくるのでした。

 「映画にはないシーンも作っています。よく見れば、映画とは違う空間もありますよ」
とのことなので、そうか、もう一度や、二度はアニメのほうも観て、見比べてみたいものだ。と、思わせられるから、また楽しい。

同じく床下の廊下。

種田さん曰く、テーマパークとは全く違って、この構築物は柔らかい素材で作られていて、そのことは長時間保存したり、使われたるするものでないことの意味を孕んでいるのだとか。なるほど納得です。ひとつの映画のためだけに作られる「セット」という構築物。それは映画の完成と共に消滅するべき宿命にあり、だからと言って手抜きでは出来ない、本物以上に本物らしく作られなくてはならないもの。だから建築物のような機能性を重視するより、映画に賭ける想いの様なものが主軸になって作りあげられるもの。そのへんが、今回のアリエッティ世界にも特別な存在感となって、表現されているのでした。

原作『床下の小人たち』を読んで、物語の中を歩き、絵コンテを見て、アリエッティたちが生きる世界を想像し、普段の撮影所とは違う美術館という空間に、床下の世界のセットを再現したという種田さんです。

そもそも、今回の取り組みも、『アバター』に代表される、セットとなるべきシーンごとの背景などを、すべてデジタルで作る時代になり、アナログそのものの映画のセット作りとは、本来どんなものなのかを、多くの人々に知ってもらいたいという思いもあって、アリエッティのアニメ作品とのコラボレーションにチャレンジしたのだそうです。

展覧会場には、アリエッティの世界だけでなく、今まで種田さんが手がけた映画作品の展示も同時に行われています。

そんな種田さんは武蔵野美術大学在学中に、すでに映画美術を手がけ、その独特の面白さにとりつかれて、この道のプロフェッショナルをめざしたといいます。

「実写映画では、観客にはセットの一部を映像の背景として観てもらうことになります。それでも、美術監督の仕事は映画の世界観をつくることです。つまり、主人公たちの舞台を作り、そこで人々が生かされていくわけです」
 つまりは、舞台なくしては映画にはならないのです。そして、その舞台は壊され、跡形もなくなる運命。そんなぜいたくとも言えそうな創造性に魅力を感じ、今まで才能ある監督とタッグを組んできたのです。

あくまでチームワークのこの仕事、セット作りにだけ気を遣っていればいいというものでもないそうで、出演者の気心を知るための時間も大切にしているという。どんな仕事にもいえることでしょうが、単に自分の好きなものを作って、ハイ、どうぞというわけにはいかない役回りです。

監督との息の合わせ方も重要でしょう。彼の才能を世界的なものとしたのが、あのタランティーノ監督の『キル・ビル』の話は、想像以上に興味深いものでした。

タランティーノ監督は何事も、人任せにはしない、綿密な仕事をする人だとか。
人の使い方も実に上手なのだといいます。褒めて、とことんやる気を起こさせ、“知らない間に目いっぱい働かせてしまう”天才なのだそうです。

思い出してください。あの「青葉屋」のシーン。主人公が復讐を遂げるための殺戮の大立ち回りが展開する舞台。あのセットづくりが高く評価され、米国美術監督協会・最優秀美術賞にノミネートとなった種田さんです。

タランティーの監督から日本パートのプロダクション・デザインを指名された種田監督は、この作品に限りませんが、まずは、緻密な図面を作ります。今回の展覧会にも展示されていますが、そこにも、彼の“本物”の仕事ぶりが感じられます。

「セットづくりの楽しさは、設計の図面を見ながら、だんだんと3次元に出来あがっていく時が一番だし、やりがいを感じます」
という種田さんですが、この作品については、今だから笑ってお話していただける、大変な苦労があった様子です。

セットの制作スタッフは中国人だったそうで、まず予定どおりに人は集まらないのだとか。数人しか来ないので文句を言うと、翌日は必要ないのに何十人もが来てしまう(笑)。一番困ったのは、彼らは襖(ふすま)というものを知らないから、わざわざ日本から、見本を持って行ったにもかかわらず、出来上がったものはものすごく重い、似て非なるものだった(笑)。だから、撮影のたびにスタッフ何人かが襖の後ろに隠れ、手を貸して開け閉めしなくてはならなかったのだそうです(笑)。

「作るものは、常に本物以上に本物に見えるよう仕上げるんですが、絶対に本物ではないところがセットづくりの面白いところ」
種田さん、その危うさに魅了されている様です。

そして、いくたびも、精魂込めたセットは消えていきます。しかし、その存在は、最初に書いたように、その映画の印象、魅力、ひいては品格となって、我々観る者の脳裏に刻み込まれていくのです。これこそが、映画の「財産」、遺産」であり、映画の強さ。
だからデジタル時代にこそ、映画に愛を込めて作られるセットの価値は、ますます高く評価されていきます。

「しかし、疲れますよ。この仕事はある意味では、蓄積がない。いつもゼロからのスタート。組む監督も俳優さんとも“お約束”なんかはないですから」
 とも種田さん。例えば、2作品組んで、自身の評価を得た作品の監督である、岩井俊二作品とまた組みたいと思っていても、美術監督はただ、必要とされる企画を監督が撮る時を待つ身の上なのだと語ります。

そんな種田さんの最新作は、芥川賞作家、吉田修一さんのベストセラー『悪人』。
ラストシーンで重要な舞台となる灯台をセット化したのです。実際の灯台を活かし、教会的存在部分を作り上げたといいます。運命的な場所として、実に印象的な舞台作りに成功しています。

「『冒険者』たちのラストシーンをイメージしたりもしましたね」

と、インタビュー中もいくつかの映画作品の名前が上がります。
お話をうかがっていると、種田さんが、誰よりも映画を愛しているのだということがヒシヒシと、伝わってきます。

印象的な灯台のシーン。教会のイメージで灯台の脇に小屋が作られた。

映画のセットづくりは、映画の持つ「夢」をつかさどるパーツであり得ると思います。だからこそ、映画美術が生み出すセットは、種田さんが言うところの、「イリュージョン」でなくてはならない。そうであって初めて面目躍如を遂げられる。
それらのシーン作りからは、常に「らしさ」を排除していくことが、種田さん必須のやり方なのです。

さらに飛躍する種田陽平さんだが、この展覧会の仕事を期に、アニメファンからの注目も多く集まっている。photo / Reiko Suzuki
『悪人』/監督 李 相日/脚本吉田修一、李 相日/出演 妻夫木 聡、深津絵里、岡田将生、満島ひかり、樹木希林、柄本 明ほか/2010年/139分/カラー/9月11日(土)より全国東宝系にて公開中

いかにもありそうなものを避け、現実的ではないものを作ることが許され、可能なのが映画のセットだということ。そこに映画美術の魅力があるのです。
それを作れることは、なんと素晴らしい仕事でしょうか。

 「そこには、今は失われてないもの、懐かしいものだったりするものが生まれたりもします」
と、種田さん。

 エキゾチックであったり、シュールであったりと、美術監督、種田陽平が作るシーンは、これからも、映画の世界を一層盛り上げ、我々を一瞬、一瞬の旅に誘ってくれることでしょう。 
 最新作は、あのチャン・イーモウ監督との仕事だそうで、“いつもゼロからの構築“を試みる男、種田さんの次なるチャレンジが楽しみです。

種田陽平プロフィール
武蔵野美術大学卒業。在学中より寺山修司監督作品などに参加。『スワロウテイル』(’96/岩井俊二監督)、『キル・ビル Vol. 1』(’03/クエンティン・タランティーノ監督)、『ザ・マジックアワー』(’08/三谷幸喜監督)など話題作の美術を多数手掛ける。『空気人形』(’09/是枝裕和監督)『ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜』(’09/根岸吉太郎監督)で芸術選奨文部科学大臣賞を、後者で毎日映画コンクール美術賞、日本アカデミー賞最優秀美術賞を受賞。最新作は『悪人』(李相日監督)、2’011年秋公開予定『ステキな金縛り』(三谷幸喜監督)。『借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展』のほか、『「小さなルーヴル美術館」展in軽井沢』(メルシャン軽井沢美術館にて開催中)など美術展示も。著書に『ホットセット』(メディアファクトリー)、『TRIP for the FILMS』(角川書店)、自伝的絵本『どこか遠くへ』(小学館)などがある。

 

『借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展』
開催中〜~2010年10月3日 (日)
東京都現代美術館 企画展示室(東京都江東区三好4-1-1)にて
展覧会詳細はこちら /cultures/29187/

 
 

筆者の髙野てるみさんの講演

「女を磨くココ・ シャネルの言葉と生き方」
2010年12月2日(木)19:00~20:30@朝日カルチャーセンター新宿
http://www.asahiculture-shinjuku.com/LES/detail.asp?CNO=87514&userflg=0