『大統領の料理人』主人公オルタンスのモデルD・デルプシュ インタビュー。美味しいは夢見ることから始まる。
(2013.09.09)1988年から2年の間、フランスのミッテラン大統領のプライベート・シェフとして腕を振るった女性の半生を描いた映画『大統領の料理人』。劇中に登場する大統領の食卓に供される料理のおいしそうなこと! でもなにより魅力的なのは逆境にあってもその信念、ユーモアを忘れない主人公のオルタンス。そのモデルとなった女性シェフ、ダニエル・デルプシュさんにインタビュー。
■ダニエル・デルプシュ プロフィール
Daniele Delpeuche
1942年パリ生まれ。フランス南西部、フォアグラやトリュフといった美食食材の名産地として知られるペリゴール地方で育つ。1970年、衰退しつつあったペリゴールのフォアグラを復活させることを決意、フォアグラ料理を自宅農園で供するイベント「フォアグラ・ウィークエンド」を開催し大ヒット、「フォアグラの女王」と呼ばれるまでに。また郷土料理を教える料理学校 ” École d’Art et Tradition Culinaire du Périgord “を設立。その後1988年から2年間、大統領官邸料理人を務める。2000年、新たなる挑戦として南極フランス基地の料理人に。『大統領の料理人』は自身による自伝 ”Carnets de cuisine du Périgord à l’Elysee” と、その後の彼女の活躍をもとにクリスチャン・ヴァンサン監督とエチエンヌ・コマールが脚本化した。
●『大統領の料理人』ストーリー
南極フランス領の科学基地。取材に訪れたオーストラリアのTVクルーは男だけの南極基地に女性がいるという事実に興味を持つ。その女性は基地の専属シェフ、オルタンス・ラボリ(カトリーヌ・フロ)。そして少しずつオルタンスの人生が明かされて行く。……フランスの片田舎で小さなレストランを営んでいたオルタンスの元にスカウトマンがやって来て、なんと大統領官邸のプライベート・シェフにならないかとの誘い。新しい勤務先 エリゼ宮厨房の官邸料理人たちの嫉妬や思惑が渦巻く中で本当に「美味しい」料理の数々を披露するオルタンス。最初は遠くから眺めていた同僚たちも彼女の料理の腕と情熱、人柄に刺激され協力するように。そしてミッテラン大統領(ジャン・ドルメッソン)の心をも捕らえていく……。
各国の厨房で生まれる
独特のメロディ、リズム。
ーこの日本滞在中は築地の市場に行くことを楽しみにされていたそうですが、実際に行かれていかがでしたか?
ダニエル・デルプシュさん:今朝はまぐろの競りを観ましたが競り人が、競り合いの値段を口にする時はまるで歌うようで面白かった。私が住んでいるところの近くには七面鳥を飼育している女性がいるのですが、放し飼いにしている七面鳥を呼ぶ時の声はまるで歌のようで、それを思い出しました。彼女の七面鳥たちは、遠く離れたところにいてもその声を聞き分けて「クックル、クックル(七面鳥の声の真似)」と答えるのです。
私はこれまでいろいろな文化、手仕事を見てきましたが、どの国にもそれぞれ独特のメロディ、音がありますね。たとえば調理台のまわりには、食材を切る音やまぜる音、炒める音などいろいろな音がありますが、国によって音色やリズムが異なる。その国独自の音楽が厨房にはあるように感じます。ピアノのような音だったり、マンドリンの音だったり……。
ー『大統領の料理人』の中の料理のシーンは、料理が完成して盛り付けされているところの映像だけでなく、調理しているところの音もおいしそうでした。オルタンス役のカトリーヌ・フロさんの手さばきも見事でした。
ダニエル・デルプシュさん:カトリーヌには、料理の動きの特徴などを指導しましたが、飲み込みが早かった。そういえば彼女はピアノが上手。絵もうまいんですよ。
料理人がレシピにまつわる話、人生をも語る
料理文学がインスピレーションの源。
ーミッテラン大統領を演じたジャン・ドルメッソンさんはフランスの高名な哲学者とのことですが、実際の大統領の感じは出ていましたか?
ダニエル・デルプシュさん:ジャンは今回がはじめての映画出演です、インテリで本当に魅力的な人、そして、ステキなブルーの瞳をしている(笑)。大統領から受けた印象と同じものを感じました。たとえば、彼らは人参の話をする時にその歴史や文化を語ります。ものごとの詩情溢れる部分を語るわけです。彼らとの出会いはたいへん特別なことだったと思っています。
ー映画の中でミッテラン大統領がエドワール・ニニョン(1865~1934 フランスの料理人)の料理本『フランス料理賛歌』の話で意気統合するところが印象的です。
ダニエル・デルプシュさん:(監督・脚本の)クリスチャンとエチエンヌに「料理のインスピレーションはどこから得ているの?」と聞かれたことがありました。私は「昔の料理の本を読んでいるんです。」と答えました。いわゆる料理のレシピ集ではなく、料理文学を読むんです。1830~50年代、料理人が書いた料理文学に面白いものが多いのです。レシピはもちろん、レシピにまつわる話、自分の人生をも語る。そういうジャンルの本です。
美味しい料理は
夢見ることから始まる。
ダニエル・デルプシュさん:映画の中で大統領はニニョンの本の一節「ルーアンの仔鴨のサプライズーコルネイユの故郷からよく太った仔鴨を取り寄せる」の一節を暗唱し「今の料理本なら、まずこんな書き方はしないだろう」というところがあります。
私の好きなアントナン・カレームの本だったら「◯◯王子のために料理を作らねばならない。市場に行ったら素晴らしい鴨があったのでこういう料理にしよう……」そんな感じです。これだとその夢のような料理の世界にすっと入っていけるのです。おいしい料理に到達することは、夢見ることから始まります。大統領だったら料理の夢ばかり見ているわけには行きませんけどね……(笑)。
ーそもそもダニエルさんが料理人を志すきっかけとなった「美味しい体験」はありますか。
ダニエル・デルプシュさん:私が育った家では木製の大きなテーブルが家族団欒の場所でした。宿題をするところでもあり、食事をとるところでもある場所。毎年カーニバルの季節になると祖母がメルベイユというフリッターを大量に作っていました。揚がるとテーブルの上敷いたにシーツの上に置いて、食べる時までそのシーツを畳んでしまっておいたものですが、小さかった私はそのシーツの中に手を入れてつまみ食いをしていました。その時の味といったら! とっても美味しいというワケではないのですが、なぜか美味しい……禁断の快楽、というものだと思うのですが。それでしょうね(笑)。
ーそれからお祖母様、お母様が作ってくれたシンプルで美味しい料理をダニエルさんも目指したのですね。大統領にプライベート・シェフにと乞われた時にも「素材を大切にしたシンプルな料理」をリクエストされたそうですが、それは実現するのは難しいことでしたか?
ダニエル・デルプシュさん:お話をいただいた時には本能的に「できる!」と思ってお受けしたのですが、そう言った後から悩むタイプ、でしたね(笑)。
★ダニエルさん『ル・コルドン・ブルー 代官山』でデモンストレーション&レクチャー
「料理はアドベンチャーへのパスポート。」
来日に合わせて『ル・コルドン・ブルー 代官山校』で料理を学ぶ学生を対象に行われたダニエルさんの料理デモンストレーション。映画の中に登場したお菓子「サントノレ おばあちゃんのクリーム」の作り方を披露しました。ダニエルさんは映画の中のオルタンスさながら、手を動かしながら始終楽しくおしゃべり。ダニエルさんの助手を勤めた『ル・コルドン・ブルー 代官山校』のエグゼクティブ・シェフ ベルナール・アンクティルさんとの掛け合いは映画の中のオルタンスとその右腕ニコラとのやりとりを彷彿させるものでした。
サントノレを作りながら「フランス料理は、特別な日に食べるものというイメージがあって緊張する。」という学生には「有名なシェフやいくつ星をとった料理人が作ったというのは関係ありません。フランス料理のベースにあるのは、旬のもの、優れた具材を使うことだけ。もっとリラックスして接して。」とアドバイス。
また「南極と大統領官邸、大きく条件の違うところで活躍されたが、料理に対する気持ちの違いはあったか?」という質問には「私はキャリアのために料理するわけではありません。私にとって料理は人生のアドベンチャーを体験するためのパスポート。料理ができることで世界へ出ていけるし、みんなに愛されます。」とのお答え。料理を愛し、最善の料理を供することで世界を知る楽しさを伝えるダニエルさんは実に生き生きとしていました。
『大統領の料理人』
シネスイッチ銀座、Bunkamuraル・シネマ他全国順次公開中!
監督:クリスチャン・ヴァンサン
脚本:エチエンヌ・コマール
出演:カトリーヌ・フロ / ジャン・ドルメッソン / イポリット・ジラルド
音楽:ガブリエル・ヤレド
原題:Les Saveurs du Palais
2012 年/ フランス / 95 分 / カラー / シネスコ/ 5.1ch デジタル
字幕翻訳:吉田由紀子
配給:ギャガ
©2012 -Armoda Films- Vendome Production – Wild Bunch – France 2 Cinema