『レンタネコ』で、
ひとりでもだいじょうぶ。
(2012.05.12)
「寂しいヒトに、猫、貸します。」
どこの街にも、必ずひとりはいるネコおじさん、ネコおばさん。好きが高じておおぜいのネコを家に住まわせたり、ニボシを与えたり、あたかも人間と話すようにネコと会話したり……。主人公のサヨコの祖母もそんなネコおばさんだったらしく、その血を受け継いだサヨコは、縁側からの庭の眺めが素晴らしい日本家屋に猫たちとともに暮らしています。亡くなった祖母の仏壇のお手入れを怠らず、それだけでなく、寂しい人に猫を貸し出す「レンタネコ」を営みつつ。
ぼってりとしたたたずまいが味わい深い歌丸師匠、スマートな美茶トラ モモコ、子猫の愛らしさいっぱいのマミコ……猫の魅力にも色々あるのだなあ、とあたらめて考えさせられるキュートな猫たちをパラソルつきのリヤカーに乗せ営業して回るサヨコですが、拡声器で呼びかける「レンタ〜ネコ、ネコ、ネコ、寂しいヒトに、猫、貸します。」の節回しは「いしや〜きぃも〜」と同じ。一瞬、聞き間違えかと思います。石焼き芋屋さんのように皺がれたおじいさんでなく、女子にしては低い声。「やーい、ネコばばあ」と道行く小学生にからかわれてもめげる様子もなく、淡々と青いパラソル付きのリヤカーを引き、緑の茂る川べりを行くサヨコと猫たちは、よく考えるとシュールですが、なんとものんきで、和みな風景です。
呼びかけに反応して猫を借りにくる人もいれば、猫が必要そう、とサヨコが声をかける人……老婦人・吉岡さんは、天塩にかけて育てた息子には顧みられず、ひとり暮らしていました。ネコ好きを一発でサヨコに言い当てられた侘しげな吉田さんは単身赴任生活が長くてロンリーな上に、思春期の娘から「臭いオヤジ」扱いを受けて傷ついていました。レンタカー店で働く吉川さんは、毎日真面目に働いて家に帰っても、待っていてくれる人がいない。それぞれ寂しさを抱えています。
でも「レンタネコ」するには、厳しい審査を受けなければいけません。猫が住むのに適した環境のお家か、ちゃんとめんどうを見てくれそうな人か、サヨコがチェックするのです。キャット・フリーな精神でレンタネコしているサヨコに好感が持てます。こうしてサヨコの猫たちが、審査に合格した心に穴が空いた人々の穴を埋めて行きます……。
フェアリーテイルならぬ
珠玉のキャットテイル。
「あるところに◯◯さんがおりました。◯◯さんはひとり寂しくくらしておりました」「でも、かわいい猫と出会って」「……おしまい」のような昔話的展開を軸に、レンタネコする人物のエピソード、サヨコの日常ともうひとつの職業譚、謎の隣人とのやりとり3編が語られます。そのやりとりには、結婚、自分は何ランクか、人にとって大切なものとは何か、ひとりでいることなどについての考え方が散りばめられています。淡々としていますが実は、自分の存在とは? 他人とは? 心の穴とは? といった哲学的お題のオンパレードです。
監督は荻上直子。’06年の『かもめ食堂』ではフィンランドの食堂とそこに集まる女性たち、『めがね』(’07)では離島のゲストハウスにステイする人々、『トイレット』(’10)では家族を描きながら、いつも人との距離、自分は人にとってどのような存在であるか、を問うて来ました。『レンタネコ』も、人とのかかわり方という重くなりがちなテーマを、ユーモラスで可愛い、人に話したくなる「キャットテイル」に仕上げました。
「惨めさから抜け出す慰めは2つある。音楽とネコだ。」と言ったのはシュヴァイツァー博士です。『レンタネコ』は、心の穴を埋めるネコたちと、のんびりムード・ミュージックの『ネコのワルツ』で、博士の慰めの条件を満たしてしまいました。さらには、トム・ボーイさながら少年のような面影を宿す市川実和子演ずるサヨコのカッコイイかわいさで、甘すぎず、ゆる過ぎないキリッとした優しさが感じられるムービーになりました。
『レンタネコ』のサヨコは、
寂しい人の心の穴を埋めるお手伝いをする
颯爽とした、
「たまらん」ニュー・ヒロインである、
と、観察しました。
レンタネコ
2012年5月12日(土)銀座テアトルシネマ、テアトル新宿ほか全国ロードショー
出演:市川実日子、草村礼子、光石研、山田真歩、田中圭、小林克也ほか
脚本・監督:荻上直子
撮影: 阿部一孝
照明:松尾文章
録音:木野武
美術:富田麻友美
スタイリスト:藤五牧子、加藤和恵
音楽 :伊東光介
製作:VAP、 BS 日テレ、パラダイス・カフェ、スールキートス、Yahoo! JAPAN
制作プロダクション:パラダイス・カフェ
配給・宣伝:スールキートス
©2012 レンタネコ製作委員会
2011 年 / 日本 / カラー / 110 分 / ビスタサイズ / デジタル 5.1