『イヴ・サンローラン』J・レスペール監督 イヴは、創造し続ければならない運命の中で生きたヒロイックな存在。

(2014.10.01)

大ヒット中の映画『イヴ・サンローラン』ジャリル・レスペール監督。

公開されるやいなや、フランスのみならず、日本でも連日満席続出と話題になっている映画『イヴ・サンローラン』。大ヒットを記念して、今年6月に開催された『フランス映画祭2014』に合わせて来日したジャリル・レスペール監督のインタビューをお届けします。映画製作の裏側から、監督が大好きな音楽について、さらにはご自身のキャリアまで、たっぷりとお話をうかがいました。

ー最初に、主演のピエール・ニネさんとの出会いについて教えていただけますか?

ジャリル・レスペール監督:まず、彼の噂を聞いたんだ。すごく才能のある若い役者がコメディ・フランセーズにいるってね。雑誌の写真を見たんだけど、ニネの姿勢や天性のエレガンスが、イヴ・サンローランに似ていると直感した。それで、キャスティング・ディレクターに頼んで、他の作品のテストフッテージを取り寄せたんだ。すごくインテリジェントな役者だと感じたよ。才能があって、洗練されていて、ユーモアがある役者だと思った。聞くところによると、生前のイヴ・サンローランはとてもシャイな人だったようだけど、親しい友人の前ではユーモアがあって、すごく生き生きしていたそうなんだ。それで彼にぴったりだと思った。すぐにカメラテストをしたよ。

 
コメディ・フランセーズでイヴ・サンローラン役、ピエール・ニネを発見。「ニネの姿勢や天性のエレガンスが、イヴ・サンローランに似ていると直感した。」
コメディ・フランセーズでイヴ・サンローラン役、ピエール・ニネを発見。「ニネの姿勢や天性のエレガンスが、イヴ・サンローランに似ていると直感した。」
「ボー・ギャルソン(beau garçon)」として全世界から注目されるピエール・ニネ。
「ボー・ギャルソン(beau garçon)」として全世界から注目されるピエール・ニネ。ピエール・ニネインタビューはこちら。© 2014 by Peter Brune
『マーティン・イーデン』で
ピエール・ベルジェ氏と意気投合。

 

ーイヴ・サンローラン財団の協力を得られた経緯についてお聞かせください。

ジャリル・レスペール監督:最初にピエール・ベルジェとランチの約束を取り付けてプレゼンしたんだ。そのときもっぱら話題になっていたのが、僕が若い頃にとても影響を受けたジャック・ロンドンという作家の『マーティン・イーデン』という小説の話なんだ。貧しい船乗りがお金持ちの女性に恋をして、愛を勝ち取るために作家になるというアメリカの小説で、当時の社会階級を才能によって上昇して成功を収めるという内容なんだけど、20分くらいその小説の話をしているうちに、「君はイヴ・サンローランをよく理解しているね」とピエール・ベルジェが言ってくれたんた。

―この映画は『イヴ・サンローラン』というタイトルではあるけれども、公私共にイヴに人生を捧げたピエール・ベルジェ氏の物語であると感じました。

ジャリル・レスペール監督:実は、もともとこの映画のタイトルとして考えていたのは『LOVE Y.S』だった。生前イヴ・サンローランはよくメッセージに「LOVE×××」と書き添えていたらしいんだけど、イヴのまわりの人たちは、ベルジェとの恋愛関係がいかに重要だったかをみんな知っているし、二人の関係性を描くことが、あらゆる人に共通するラブストーリーを具現化するひとつの技法になりうるんじゃないかと思ったんだ。この作品は僕の3作品目にあたるんだけど、これまでの映画もすべて「ほかの人と一緒にいて、何かを成し遂げる」というラブストーリーをテーマにしているんだ。

 
イヴ・サンローラン(ピエール・ニネ)のドラマチックな人生、そして公私共にイヴに人生を捧げたピエール・ベルジェ(ギヨーム・ガリエンヌ)の物語でもある。「二人の関係性を描くことが、あらゆる人に共通するラブストーリーを具現化するひとつの技法になりうるんじゃないかと思ったんだ。」と監督。
イヴ・サンローラン(ピエール・ニネ)のドラマチックな人生、そして公私共にイヴに人生を捧げたピエール・ベルジェ(ギヨーム・ガリエンヌ)の物語でもある。「二人の関係性を描くことが、あらゆる人に共通するラブストーリーを具現化するひとつの技法になりうるんじゃないかと思ったんだ。」と監督。
 

今回の映画では、男性同士の愛を正面から描いていますね。

ジャリル・レスペール監督:この映画では、同性愛をメインテーマにするつもりはなかったんだ。もちろんシナリオにおけるオリジナリティのひとつではあるし、近年映画界では同性愛を描くことがタブーではなくなってきていて、それはとても喜ばしいことではあるよね。でも、僕が見るに、男性同士の恋愛を描いた作品はどれも、ホモセクシャリティをテーマそのものにしたものがほとんどだった。『ブロークバック・マウンテン』もそうだよね。僕の場合は、人生における目標の成就だったり、クリエーションだったり、あるいはふたりの人間が一緒にやっていくことの難しさだったりとか、そういったことを描きたかったわけで、セクシャリティそのものをテーマにするつもりはなかった。唯一参考にしたのは、ウォン・カーウァイ監督の『ブエノスアイレス』だね。一人がもう一人より苦しんでいる。美しいラブストーリーだよね。

―映画の中では、ドラッグ中毒や略奪愛など、セレブリティにとってはタブーと思われるようなシーンも見受けられますが、ピエール・ベルジェ氏サイドからNGが出ることはなかったのでしょうか。

ジャリル・レスペール監督:いや、むしろベルジェさんの方から話してくれたんだ。彼はイヴ・サンローランという人物の複雑性を理解するためには、イヴの「アディクティヴ」な部分や、影の要素が不可欠だということがわかっていた。仕事に対してはもちろん、セックスやアルコールやドラッグに対しても中毒であったことが、彼の生き方の難しさの要因だったというのをよく理解していた人だったんだ。

ピエール・ベルジュ氏が全面協力、イヴ・サンローラン財団のアーカイヴ衣装を貸し出しの上で撮影は行われました。時代を作って来た華麗なファッションの世界とイヴの人生が対比されます。
ピエール・ベルジュ氏が全面協力、イヴ・サンローラン財団のアーカイヴ衣装を貸し出しの上で撮影は行われました。時代を作って来た華麗なファッションの世界とイヴの人生が対比されます。

―冒頭とエンディングのイヴのバックショットのシーンが、見事に呼応している構成が胸に迫りました。イヴの不在が、より一層際立ちます。

ジャリル・レスペール監督:イヴ・サンローランという人は、人生において絶えずクリエーションをしていた人。あのショットによって「ものを作り出している彼」というのを見せたかったんだ。デッサンをする行為というのは、まさに子どもの頃からずっとやっていたことで、それを具現化して映像として見せたかった。彼にとってクリエーションというのは、生存証明ともいうべきエッセンシャルなもので、クリエイトすることの必然性の中で生きていた人なんだ。彼は自身の弱さや哀しみと戦うために、絶対にクリエーションをし続けなければならないと考えて生きていた。だからこそ彼はヒロイックな存在なんだ。

 
Yves Saint-Laurent  Jalil Lespert-14
■ジャリル・レスペール監督プロフィール 
Jalil Lespert 1976年パリ生まれ。父に同行したオーディションでローラン・カンテ監督に見出され19歳で短編デビュー。同監督の『ヒューマン・リソース』(’99)でセザール賞 有望新人賞受賞。ブノワ・ジャコ『Sade』(’00)、アラン・レネ『巴里の恋愛協奏曲』(’03)、ロウ・イエ監督『パリ、ただよう花』(’11)などに出演。監督としてはブノワ・マジメル主演『24Mesures』(’04)で長編デビュー。
 

映画における音楽は、
美術や照明と同じくらい「物語を包むもの」

―この作品では音楽の要素もとても重要だと感じました。ジャズやオペラとロックが見事に融合していましたね。特にマラケシュに向かうバイクのシーンでかかっていた音楽が印象的でした。

ジャリル・レスペール監督:ありがとう。僕は音楽が大好きなんだよ。もちろんマリア・カラスを始めとするオペラは、イヴ・サンローランが愛していたこともあり、絶対にはずすことができなかった。ジャズをメインにした理由は、1950年代末~60年代、70年代のパリを描く上で共通する音楽的な分母を考えたときに、アメリカの黒人ミュージシャンたちのジャズが浮かび上がってきたことにあるんだ。マッカーシズムを逃れて、アメリカからジャズメンがフランス・パリに亡命していた時代だからね。今回のオリジナルスコアにイブラヒム・マルーフを起用したのは、彼がレバノン出身だったこともある。イヴはアルジェリア生まれで、オリエンタリズムの影響を受けているからね。バイクのシーンでかかっているのは、パトリック・ワトソンの「Lighthouse」という曲。僕は日ごろからiPodでずっと音楽を聴いているんだけど、あのときはちょっとヒッピーっぽくて、かつ今風な音が欲しくて探していたんだ。

―監督にとってはキャスティングはもちろん、音楽のセレクションもかなり重要な位置を占めていらっしゃるんですね。

ジャリル・レスペール監督:そうだね。映画における音楽っていうのは、美術や照明と同じくらい「物語を包むもの」として重要な役割を果たしているんだ。だから僕はスコアが美しい映画が好きなんだよ。

音楽についての質問になるとニコニコ顔。
音楽についての質問になるとニコニコ顔。

iPodの中のお気に入りの曲を検索して教えてくれました。
iPodの中のお気に入りの曲を検索して教えてくれました。
 
 
何かを創りたいとの思いから
俳優から監督へ。

―ところで、監督はもともと俳優としても活躍されていますよね。移動 お父様も俳優をされているそうですが、役者として影響を受けた部分はありますか?

ジャリル・レスペール監督:1995年に短編で俳優デビューをしたんだけど、2000年にはもう自分で監督もしていたよ。ローラン・カンテ監督のオーディションに父親と一緒に参加したのがきっかけだね。ちょうど去年ある映画祭でその作品を見る機会があったんだけど、すごく感動的だったよ。

父は舞台俳優だったから、映画については直接的な影響というのはないんだけど、大変な仕事だとはずっと感じていた。でも、実際に父と共演してみて、すごく面白かったから続けることになったんだ。

―俳優から監督を目指された理由は?

ジャリル・レスペール監督:昔から大の映画ファンでとにかく沢山観ていたからね。さっきイヴ・サンローランにとっての「クリエーションの必然性」について話したけど、僕も何かを創りたいとの思いが強くて、監督業にも進出したんだ。ラース・フォントリアー監督の標榜する「ドグマ」にも影響を受けたんだけど、撮影からファイナルカットまですべて自分で出来るという、デジタル機材に恵まれていた世代だったことも大いに関係しているだろうね。

***

舞台役者を父に持ち、幼いころからさまざまな文化に触れながら育ったという背景を知らずとも、その佇まいだけで周囲を圧倒することができる、「確固たる自信」という鎧を身に纏うかのような雰囲気を醸し出していたジャリル・レスペール監督。音楽について尋ねた途端、表情を崩し、インタビュー中もずっと手元に置いていたiPodの中のお気に入りの曲を検索して教えてくれるという、無邪気な一面も垣間見ることができました。次はどんな愛のかたちを描いて見せてくれるのか、音楽のセレクションにも期待しながら、新作を楽しみに待ちたいです。

 
『イヴ・サンローラン』

角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネマライズ他全国ロードショー公開中

出演:ピエール・ニネ、ギョーム・ガリエンヌ 、シャルロット・ルボン、ローラ・スメット、ニコライ・キンスキー 
監督:ジャリル・レスペール
脚本・脚色:マリー=ピエール・ユステ、ジャリル・レスペール、ジャック・フィエスキ
製作・ワシム:ベジ
撮影・トマス:ハードマイアー
オリジナル・スコア:イブラヒム・マルーフ
プロダクション・デザイナー:アリーヌ・ボネット
衣装デザイナー:マデリーン・フォンテーヌ
原題:YVES SANTLAURENT
字幕:松浦美奈
配給:KADOKAWA
© WY productions – SND – Cinefrance 1888 – Herodiade – Umedia
2014 / フランス / カラー / シネマスコープ / 5.1ch / 106分