エロチックな笑いが官能を刺激する『ボヴァリー夫人とパン屋』アンヌ・フォンテーヌ監督インタビュー。

(2015.07.03)
魅力的な人妻ジェマ・ボヴァリーに魅せられ、彼女と美青年エルヴェの禁断の恋を覗いては妄想を膨らませるパン屋のマルタン。はまり役のファブリス・ルキーニの演技が冴える。『ボヴァリー夫人とパン屋』© 2014 – Albertine Productions – Ciné-@ - Gaumont – Cinéfrance 1888 – France 2 Cinéma – British Film Institute
魅力的な人妻ジェマ・ボヴァリーに魅せられ、彼女と美青年エルヴェの禁断の恋を覗いては妄想を膨らませるパン屋のマルタン。はまり役のファブリス・ルキーニの演技が冴える。『ボヴァリー夫人とパン屋』© 2014 – Albertine Productions – Ciné-@ – Gaumont – Cinéfrance 1888 – France 2 Cinéma – British Film Institute
艶っぽいお話しの中に
笑いをこらえ切れない粋な仕掛け。

久々に、大人のためのラグジュアリーなフレンチ・コメディの誕生です。

前作『ココ・アヴァン・シャネル』(09)をシャネル社からの協力を得て完成させる実力もさながら、アンヌ・フォンテーヌ監督の新作、『ボヴァリー夫人とパン屋』は観ごたえ充分の一級品。全編艶っぽいお話しの中に、笑いをこらえ切れない粋な仕掛けが待ちうけているのです。

フランスの艶笑小話や日本の落語や狂言にも通じるユーモアを一手に引き受けるのは、パン屋役のファブリス・ルキーニ。『屋根裏部屋のマリア』(12 )あたりから円熟を極める演技で高感度がアップ。歳とってからやたら、いい顔になってくる男優の殿堂入りしたと思っているところに、この作品。彼を観ているだけでも退屈しない。役どころは、なんと“覗き魔”! 男の誰にも潜んでいるはずのDNAの片鱗をみごと開花させ、初老の男の官能の蠢きを細かに演じます。

パリで編集者として活躍して、引退して生まれ故郷のノルマンディーにある実家で田舎暮らしを始めたルキーニ演じるマルタンは、家業を継ぎパン屋に。隣に越してきたイギリス人夫婦ボヴァリーの若い魅力的なマダム、ジェマ(ジェマ・アータートン)の虜になり、忘れていた官能の火を再びたぎらせます。

マルタンの忘れかけていた官能を目覚めさせたジェマ役のジェマ・アータートンは、監督も一目惚れしたというグラマラスなオーラがいっぱい。
マルタンの忘れかけていた官能を目覚めさせたジェマ役のジェマ・アータートンは、監督も一目惚れしたというグラマラスなオーラがいっぱい。
フランスの名優
ファブリス・ルキーニが“妄想パン屋”役。

彼女の行動をストーカーさながら覗き見する悦楽に浸るうち、ギリシャ神話の太陽神アポロンのような年下の富豪の子息エルヴェと恋に落ちていることを知るや、愛読書であるフローベルの小説『ボヴァリー夫人』と重ね合わせ、彼女の情事や恋の行方を妄想。小説のように不倫の果てに命を断つのではとの懸念もして、妄想は広がるばかり。そして物語は、思わぬ展開へと進みます。

「最後のシーンのネタバレは絶対にしないで」と、今年のフランス映画祭に来日、本作の上映後のトークで厳しく強調したアンヌ・フォンテーヌ監督。

「今回の原作コミックのボヴァリー夫人は、フロベールの小説のような終わり方をしません。樹の下で梨をかじる様な野生的なエロチシズムの持ち主ですから。だから、そこをバラしてもらっては困るんです」と、こだわりを語ります。

「(ファブリス)ルキーニとは、私が女優時代に共演したことがあり、彼にディナーに誘われた時にボヴァリー夫人の話で盛り上がっちゃって。今回の役は彼のためにあるようなもの。彼はふたつ返事で引き受け、自らパン作りも習ったりしてくれました。私が一目惚れして起用したジェマ・ボヴァリー役のアータートンも、3ヶ月でフランス語をマスターしてくれて、二人の熱心さが良い作品を生み出したんです」

富豪の子息であるエルヴェと出会い、互いに一目で惹かれあう。エルヴェ役のニールス・シュナイダーは超美形。
富豪の子息であるエルヴェと出会い、互いに一目で惹かれあう。エルヴェ役のニールス・シュナイダーは超美形。
 
女性の目線ならではの、
美意識高いエロティシズム。

彼が作るパンの数々にも目を惹かれるが、捏ねられ、醗酵し、焼きあがる様子が、これまた、なかなかにエロチック。官能の美意識を何気ない日常のひとコマで演出するところは女性監督ならでは。

マダム・ボヴァリーが、夫や、人目を偲んでアヴァンチュールに出かける描写も傑出のシーン。犬の散歩を装いゴム長靴にコート姿で。しかし、その下はブラとショーツだけの極めつけセクシーないでたち。彼の屋敷にたどり着くやいなや愛犬は裏木戸に繋ぎ、ゴム長ブーツをかなぐり捨てて、ピンヒールに履きかえる。女の真剣勝負、禁じられた恋モードへとスイッチする様が、その後の情事のシーンよりも、色っぽいくらい。

が仕掛ける究極のアバンチュール・スタイルが、これ!「女性の色気は裸そのものより身につけているもので演出出来る。下着やドレスの素材や動きも重要」と、監督。
女が仕掛ける究極のアバンチュール・スタイルが、これ!「女性の色気は裸そのものより身につけているもので演出出来る。下着やドレスの素材や動きも重要」と、監督。

人妻と美青年のいけない恋、それを覗き見する変態チックな片想いは、ノルマンディーの美しい田園風景とあいまって、妙にドキドキさせられます。
森という自然の持つ野生もエロチックさに通じるとは、目から鱗。フォンテーヌ監督が生み出す女性目線は美しくも妖しい。

そんな田園に映えるノルマンディーの家々も、監督自ら、こだわって捜し求めたもの。マルタンの自宅やパン屋、エルヴェの広大な屋敷など、登場する建物の数々は素晴らしく作品に華を添えています。そんなフランスの田舎暮らしには憧れてしまうばかり。

逢引きは大胆にもエルヴェの屋敷で。貴族の血を引く富裕層の住まいには誰もがうっとり。
逢引きは大胆にもエルヴェの屋敷で。貴族の血を引く富裕層の住まいには誰もがうっとり。
田舎暮らしと言っても、こんなにおしゃれな、マルタンの家。さすがは、フランスの田舎、素敵です。
田舎暮らしと言っても、こんなにおしゃれな、マルタンの家。さすがは、フランスの田舎、素敵です。
 
恋愛はテーマではなく、
映画にとっての不可欠な要素。

「今までも、これからも、恋愛の形をテーマにしようと思ったことはないのです。でも、大きなテーマを描くためには恋愛は必要不可欠なんですよ」と言う監督。で、今回のテーマは、結局のところ、エロチシズム! なんだとか。

ああ、それなら、この作品は監督の思うつぼ。エロチックなくせに、笑いがこみあげるという出来ばえこそ、やはり、フレンチ恋愛映画達人のなせるわざ。

ちなみに、次回作はすでに編集段階で、修道院での愛だそう。さらに準備が進んでいる作品があり、ゲイに目覚めた少年が作家になるというもの。

ますます進化を遂げる予感が一杯の、フォンテーヌ監督の世界観から目が離せません。

アンヌ・フォンテーヌ監督プロフィール Anne Fontaine 1959年ルクセンブルグ生まれ。女優を経て93年映画監督デビュー。『ドライ・クリーニング』(97)でヴェネチア映画祭最優秀脚本賞を獲得。『ココ・アヴァン・シャネル』(09)で国内外で多くの賞に輝く。
■アンヌ・フォンテーヌ監督プロフィール Anne Fontaine 1959年ルクセンブルグ生まれ。女優を経て93年映画監督デビュー。『ドライ・クリーニング』(97)でヴェネチア映画祭最優秀脚本賞を獲得。『ココ・アヴァン・シャネル』(09)で国内外で多くの賞に輝く。
 
『ボヴァリー夫人とパン屋』2015年7月11日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国ロードショー

出演:ファブリス・ルキーニ、ジェマ・アータートン、ジェイソン・フレミン
   グ、ニール・シュナイダーほか
監督:アンヌ・フォンティーヌ
脚本:パスカル・ボニゼール、アンヌ・フォンテーヌ
音楽:ブルーノ・クーレ
原作:ポージー・シモンズ『Gemma Bovery』
原題:『Gemma Bovery』

2011年/フランス/カラー/99分

配給:コムストック・グループ、
配給協力:クロックワークス
宣伝:ポイント・セット
© 2014 – Albertine Productions – Ciné-@ – Gaumont – Cinéfrance 1888 – France 2 Cinéma – British Film Institute