『エヴォリューション』L・アザリロヴィック監督インタビューイメージは気づかぬうちに無意識に、夢の中からやって来る。

(2016.11.26)

『エヴォリューション』© LES FILMS DU WORSO • NOODLES PRODUCTION • VOLCANO FILMS • EVO FILMSA.I.E. • SCOPE PICTURES • LEFT FIELD VENTURES / DEPOT LEGAL 2015[/caption]
『エヴォリューション』© LES FILMS DU WORSO • NOODLES PRODUCTION • VOLCANO FILMS • EVO FILMS
A.I.E. • SCOPE PICTURES • LEFT FIELD VENTURES / DEPOT LEGAL 2015

2004年発表の『エコール』から十余年、新作への期待が高まっていたルシール・アザリロヴィック監督。『エコール』では緑の森の奥深く、規律正しい寄宿生活を送る少女たちを恐ろしさとスイートネスが共存する映像美で描き、熱狂的なファンを生み出しました。新作『エヴォリューション』では舞台は緑の森から海へ、主人公は少女から少年へ。少年ニコラの目を通して不可解な島の営みを捉えています。女性監督の活躍目覚ましかった『フランス映画祭 2016』の中でもオリジナリティが際立っていました。上映のため来日した監督にお話をうかがいました。
荒々しく、静寂
圧倒的に美しい海に浮かぶ孤島の奇譚。

ー海中シーンの美しさに冒頭から圧倒されました。海中の静けさと対照的に水面から出たとたん激しい波の音が轟き渡る。この海に隔絶された島に、主人公の少年ニコラは住んでいます。ある日、海中でニコラが発見するものを端緒に不可解な島の暮らしが描かれていきます。舞台となった島は美しさと恐ろしさが共存するディストピアのようなところです。撮影は簡単ではなかったのでは?

ルシール・アザリロヴィック監督:撮影はスペインのカナリア諸島で行いました。撮影監督のマニュエル・ダコッセとは有機的な画面を撮りたいと考えていました。水中シーンはやはり特別に水中撮影の専門家、普段はドキュメンタリーなどを撮っているカメラマンに依頼しました。くっきりした鮮明な映像を撮る人だったのですが、今回は逆をお願いしたのです。水底の砂を巻き上げ粒子がふわっと飛ぶようにして、ちょっと水が濁ってたり、曇ってたりする汚れた質感を出したりしてもらいました。

ー以前の作品『エコール』では緑の森の奥深い寄宿学校が、本作では緑の海に取り囲まれた島とそこにある施設が舞台です。子供たちは、大人に暮らしを制約されていて、ある時期が来ると通過儀礼的に決まりごとを受け入れなければいけない状況に置かれる……両作の共通項であると思うのですが、そのほかにも水や星の形のイメージが受け継がれているようです。水や星には特別な意味があるのでしょうか? 

ルシール・アザリロヴィック監督:水はとても映画的な素材ということができると思います。水は形がありませんが雨にもなるし、泉、川、海と様々な形になります。抽象的であると同時に具体的なエレメントでもあります。水を撮影することで、自然そのものを捉えることができます。だからでしょうか、なぜかいつも水を撮りたくなるのです。

荒々しい海流に隔絶されたとある島。
海に隔絶されたとある島。
美しい海の中を泳ぎ回っている少年ニコラ。
美しい海の中を泳ぎ回っている少年ニコラ。
海中にあるものを見つけてびっくり。
海中にあるものを見つけてびっくり。
家では母が待っていて食事をするように、そして薬を飲むように促す。
家では母が待っていて食事をするように、そして薬を飲むように促す。

ー水のイメージは、監督ご自身が幼少時代をモロッコ カサブランカで過ごしたということと関係がありますか?

ルシール・アザリロヴィック監督:そうかもしれないです。両親の仕事の都合でモロッコに住んでいたのですがカサブランカ、その前にエッサウィラというところにも住んでいました。カサブランカに比べるとずっと小さい港町で、さらに人里離れた淋しい感じのするところに住んでいました。海はいつもそばにあって、そのイメージは常につきまとっている感じはします。隔絶した場所に住む『エヴォリューション』の少年たちとその母とは、孤立性というところで繋がっていると思います。

ー『エヴォリューション』で色鮮やかなヒトデを捕まえるシーンがあります。それは赤い星型です。ちなみにモロッコの国旗にも星印があります。赤地に緑の星。

ルシール・アザリロヴィック監督:言われてみればそうですね(笑)、赤と緑、それは『エヴォリューション』のテーマカラーでもあります……子供の時、海辺で潮干狩りをしたりしましたがヒトデを捕まえたことはあったのか……思い出せません。でもヒトデのイメージは私たち、海辺に住む者にとってはとても親しみ深いものでした。子供が読む絵本などにもよく出て来ますし楽しい夏の思い出というイメージとリンクする生き物です。さらには星型というのは太古の昔からあるイメージです、私は無意識の中で好きなのかも、意識しているのかもしれません。

漁村らしき集落にはニコラと同い年くらいの少年たちも住んでいてみな、その母と暮らしている、父はいないらしい。
漁村らしき集落にはニコラと同い年くらいの少年たちも住んでいてみな、その母と暮らしている、父はいないらしい。
海の緑と対照的な真っ赤なヒトデ。ニコラは夜になると母が海に向かうことを不思議に思い、その後をつける。そこで行われていたことは……。
海の緑と対照的な真っ赤なヒトデ。ニコラは夜になると母が海に向かうことを不思議に思い、その後をつける。そこで行われていたことは……。
 
夢の中で知り尽くしている
海の風景。

ーエッサウィラでは、監督もニコラのように海を泳ぎ回って過ごされていたのでしょうか? 

ルシール・アザリロヴィック監督:私は泳げますがモロッコの海は大西洋なので波が荒い。危険だ、泳いではダメと両親に禁止されていて小さい時はもっぱらプールで泳いでいました。10代になってからは海に行ってただ波を見ていたり。泳ぎが得意というわけではありません。

ー泳ぐことやダイビングが得意で海の美しさを知り尽くしている、というタイプではなかった?

ルシール・アザリロヴィック監督:きっと夢の中で美しい海を見て、知り尽くしているのだと思います(笑)。

ーどのような少女時代でしたか?

ルシール・アザリロヴィック監督:妹がひとりいるのですが、年が離れていたので彼女が誕生する7歳になるまではほとんどひとりっ子のような感じ、まわりに遊べるような子供もいなかったので孤独。本を読むのが大好き、とにかくたくさんの本が読みたいと思っていて、人形で遊びながらお話をふくらませて夢想しているような子でした。それが後の映画作りに繋がって言ったとも言えます。小さい頃はたくさんのことを考えていたので大きくなったら、何になりたいかと思ってたかよく覚えてませんが、世界を旅して巡れたらいいなあ、とぼんやりと考えていました。

10代になってからはミステリー、SFをよく読みました。レイ・ブラッドベリやシオドア・スタージョンといった詩的SF。その後ラヴクラフト。今思い返してみると自然と密接な関係を持つ話を好むことが多かった。もうひとり名前を挙げるならフレデリック・ブラウン。宇宙人なんかが出てきたりするのですが幻想的でした。

ニコラは母に連れられ古びた病院のようなところに行き検査を受ける。そしてそこに収監されてしまう。ニコラはベッドの上で絵を描いて過ごす。
ニコラは母に連れられ古びた病院のようなところに行き検査を受ける。そしてそこに収監されてしまう。ニコラはベッドの上で絵を描いて過ごす。
ニコラと同じように収監されている少年たちは、次々とある処置を施されていく……。
ニコラと同じように収監されている少年たちは、次々とある処置を施されていく……。
 
美しく、怖しい
本から美術、映画の世界へ。

ルシール・アザリロヴィック監督:同じ頃、映画館通いを始めていました。必ずしも自分の年齢に合うような作品を見ていたわけではなく、ちょっと背伸びし、大人のような顔をして、大人の映画を見て、大人と一緒に夢を見ていた。特に好きだったのはダリオ・アルジェント監督の初期の作品『歓びの毒牙』(70)、『サスペリア』(77)などでした。視覚的にショッキングなシーンが多いことで知られていますが、音楽もとても印象的。美しく、怖しい。

ーそこで映画監督を志すわけでしょうか?

ルシール・アザリロヴィック監督:ただ映画が好きなだけで、映画監督になりたいとまでは考えていませんでした。リセの卒業試験のために訪れたパリで、映画学校というものがあることを知り入学を決意しました。医師であった両親は私にも医師になってほしかったようですが。

ーその後大学で美術、そして映画を勉強、アート系の作品はじめ研究を深めていったわけですね。最後になりますが、今回のフランス映画祭では12作上映のうち半数が女性の監督によるもので女性の時代の到来を感じました。教育、シングルマザー、結婚、終活などの問題を強く意識させる社会的な作品が目立つ中でアザリロヴィック監督の作品は異彩を放っていました。ひとまとめに女性監督としてはいけないようです。監督はどのように感じられますか?

ルシール・アザリロヴィック監督:確かに私の作品はそういった作品とは異なるでしょう。女性ということで注目されることは正直言って居心地のよいことではありません。しかし世界には女性が映画を撮影することが難しい国は多いでしょうし、フランスでもそうかもしれません。社会が男女平等だとは全然思っていませんし、当然その思いをこの作品にも込めています。私は女性だからと、映画を作っているわけではありません、ひとりの人間として、私自身として映画を作っています。

■ルシール・アザリロヴィック監督 プロフィール

Lecile Hadzihalilovic 映画監督。フランスのリヨン生まれ。幼少時代をモロッコで過ごす。美術史を修めた後、IDHC(高等映画学院・FEMISの前身)で映画を学ぶ。87年、短編『La Première Mort de Nono』を発表。90年代初頭、映画監督でパートナーでもあるギャスパー・ノエと映画製作会社『Les Cinémas de la zone』設立。94年ノエ監督の『カルネ』で製作・編集にかかわる。96年、自身の監督・脚本・編集作品『ミミ』を発表。カンヌ映画祭ある視点部門で上映されたほかアヴィニヨン映画祭とアンジェ・ヨーロッパ映画祭で脚本賞、クレルモンフェラン国際短編映画祭で特別審査賞受賞。04年、異界の寄宿学校で暮す少女たちを圧倒的な映像美で描いた『エコール』でサンセバスチャン映画祭最優秀新人賞、ストックホルム映画祭最優秀作品賞ブロンズホース賞と最優秀撮影賞、ヌーシャテル国際ファンタジー映画祭最優秀作品賞などを受賞。

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「無意識のうちに水を撮りたくなってしまう」
「夢で見た海を知り尽くしている」
無意識、夢、という言葉を使う時に実に楽しそうな
いたずらっ子ぽい表情になるルシール・アザリロビック監督。
マックス・エルンストの妻で
自身もシュルレアリズムの画家であった
ドロテア・タニングを敬愛しているというアザリロビック監督は
21世紀のシュルレアリストである、
と、観察しました。

『エヴォリューション』
2016年11月26日(土)、渋谷アップリンク、新宿シネマカリテ(モーニング&レイト)ほか全国順次公開
*一部の劇場、上映回では18分の短編『ネクター』(14)の併映あり

出演:マックス・ブラバン、ロクサーヌ・デュラン、ジュリー=マリー・パルマンティエ ほか
脚本&監督:ルシール・アザリロヴィック(『エコール』(2004)『ミミ』(1996)
撮影監督:マニュエル・ダコッセ
美術監督:ライア・コレット
音響:ファビオラ・オルドジョ、マルク・オルツ
音楽:ザカリア・M・デラリヴァ、ヘスス・ディアス、ミシェル・ルドルフィ、マルセル・ランドスキ、サイクロブ
コスチューム:ジャッキー・フォコニエ
プロデューサー:シルヴィー・ピアラ、ブノア・カノン
原題:EVOLUTION
2015 年 / フランス / 81分 / フランス語 / カラー / スコープサイズ / DCP /
© LES FILMS DU WORSO • NOODLES PRODUCTION • VOLCANO FILMS • EVO FILMS
A.I.E. • SCOPE PICTURES • LEFT FIELD VENTURES / DEPOT LEGAL 2015

サン・セバスチャン国際映画祭 ダブル受賞(審査員特別賞・最優秀撮影賞)
ストックホルム国際映画祭 最優秀撮影賞
ナント・ユートピア・国際SF映画祭 最優秀撮影賞
ジェラルメール国際ファンタスティック映画祭 審査員賞
トロント国際映画祭正式出品

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