まっすぐな映画への愛から生まれた
過去と今を繋ぐ名作『アーティスト』

(2012.03.30)

The Artist

いよいよ4月7日から全国ロードショーとなるミシェル・アザナヴィシウス監督作品『アーティスト』。サイレントからトーキーへの転換期にある映画産業の移り変わりとともに描かれる、人気スター俳優ジョージ・ヴァレンタインの栄光と凋落、そして彼に見出された新人女優ぺピー・ミラーの快進撃とロマンティックで切ない恋の行方が描かれた本作は、昨年のカンヌ国際映画祭でプレミア上映されて以来、世界各国の映画祭で受賞し、先日発表されたアカデミー賞でもジャン・デュジャルダンの主演男優賞のほか、作品賞、監督賞、衣装デザイン賞、作曲賞の5部門を受賞し、フランス映画としては初の作品賞獲得という快挙を成し遂げ、大いに話題を集めました。

本作がアカデミー賞外国語映画部門の選出ではなかった理由は、1920年代のハリウッドを舞台にした、台詞のないサイレント映画であること。場面の展開に必要な最低限の中間字幕が出るのみで、クラシック音楽に彩られたモノクロの画面に写しだされる役者の表情や身振り手振りとカット割りだけで展開していく手法は、最近の情報量満載でスピーディな展開の映画を見慣れた観客にとって、かつてないほどの集中力が求められ、却って新鮮に映るかもしれません。

なにより素晴らしいのは、時代設定にまったく違和感を感じさせない、出演者たちのたたずまいです。

ジョージ役を演じたジャン・デュジャルダンの髭面の渋さと、クララ・ボウのような「フラッパー・ルック」と呼ばれた断髪に深紅のルージュ、袖のないクラシカルなドレス姿で女優ぺピーを演じるベレニス・ベジョの美しさは、まさに時代を越えた普遍的な輝きをスクリーン上で放っています。

もちろん、カンヌ国際映画祭での「パルム・ドッグ賞」をはじめ、今年創設された「ゴールデン・カラー(金の首輪)賞」に輝いた、ジャックラッセルテリアのアギーが魅せる、主役顔負けの堂々たる名演技の数々も見逃せません。

タップダンスのステップの練習中に運命の再会。
ステップで雄弁に会話する二人。

中でも印象に残っているのは、まだ売れないころのぺピーがジョージの楽屋に忍び込み、化粧道具で鏡にメッセージを書いたあと、ハンガーにかかっていた彼のタキシードに片腕を通し、抱きしめられているかのように自らの腰にその腕を回す、胸が詰まるほど甘酸っぱいシーン。その姿をこっそりと覗いていたジョージが、「女優を目指すなら目立つ特徴がないと」と、ぺティの唇の右上にほくろを書き込む仕草は、思わず犬のアギーも顔を隠してしまうほど官能的。そして、この「付けぼくろ」こそが彼女の運命を変えてゆくのです。

アザナヴィシウス監督は、自身が敬愛するフリッツ・ラングやジョン・フォード、エルンスト・ルビッチ、ビリー・ワイルダーといった歴代の巨匠たちへのオマージュをところどころにちりばめ、ヒッチコックやチャップリン、小津(!)の映画で使用された音楽を取り入れたりしているところからも、監督の映画に対する深い愛が伝わってきます。

さらに、ジョージが映画の冒頭、『メトロポリス』や『時計仕掛けのオレンジ』を彷彿とさせる、電気椅子にかけられるシーンを演じた際に挿入される中間字幕が「しゃべるものか!」であったり、夫婦仲がすっかり冷え切り、話し合いを拒否する夫ジョージに、「話すのがイヤ?」と妻が新聞を投げつけたり、劇場で駆け寄ってきたマダムの目的が、自分のサインではなく犬だとわかるやいなや、ジョージが「無口な奴でして」と犬を指す場面など、「サイレント」を逆手にとった、ウィットに富んだ心地よいエスプリが効いているのです。

3Dデジタル全盛ともいえる現代に、あえて進化の前段階ともいえるモノクロ・サイレントといった手法をよみがえらせ、しかもトーキーへの転換期に「芸術家」であることにこだわり続け没落していくサイレント映画のスターが主演という、アザナヴィシウス監督による、逆説的な「大いなる挑戦(賭け)」ともいえる映画『アーティスト』。本作が、フランスのセザール賞のみならず、米国のアカデミー賞を受賞したことに、過去の映画芸術の威光と、まだ見ぬこれからの映画への希望を感じずにはいられません。

ぜひ劇場で、聞こえない声に耳をすまし、見えない色に目をこらしながら、注ぎ込まれた映画への愛にどっぷり浸かってみてください。

『アーティスト』

監督・脚本:ミシェル・アザナヴィシウス
出演:ジャン・デュジャルダン、ベレニス・ベジョ    
2011/フランス映画/白黒/スタンダード/101分/配給:GAGA
4月7日(土)より、シネスイッチ銀座、新宿ピカデリーほか全国ロードショー