挫けそうな時こそパワーをくれる
『さすらいの女神たち』

(2011.09.22)

キッチュで際どくてちょっとおバカ。
クールなエンターテインメント「ニュー・バーレスク」

アルノー・デプレシャン監督作品『そして僕は恋をする』を始めとし、ジュリアン・シュナーベル監督作品『潜水服は蝶の夢を見る』などで主演を務め、俳優としてこれまでに3度のセザール賞にも輝いたマチュー・アマルリック。そんな彼が、出演はもとより監督・脚本を手掛け、2010年の第63回カンヌ国際映画祭において最優秀監督賞の栄光を手にしたのが、この『さすらいの女神たち』。

『青い麦』や『シェリ』で知られる小説家のコレットが、30代に踊り子をしていた頃の思い出を手記に描いた作品『ミュージック・ホールの内幕』に着想を得て制作された本作『さすらいの女神たち』 。唯一無二のエンターテイナーとして重要な役どころを果たすのは、アメリカを本拠地とし、実際にヨーロッパ各地でも公演を成功させてきた「ニュー・バーレスク」の女優だ。

「ニュー・バーレスク」とはヌードまでには至らないが、お色気たっぷりのダンスにユーモアや皮肉をきかせたメッセージを盛りこんだ、大人のためのエンターテインメント・ショー。
煌びやかな舞台の上で、ゴージャスなランジェリーと装飾品を身に纏い、歌って踊る刺激的で独創的なショーを行う彼女たちは、決してスタイル抜群なわけでも若いわけでもないが、スクリーンから溢れんばかりの魅力を放っている。

ダイナマイトなバスト&ヒップ、ちょっともてあまし気味な下腹部を大きな羽根扇子で見せ隠し。コケティッシュなダンスを魅せるミミ・ル・ムー。
一世を風靡した元TVプロデューサーと
「女神たち」の旅。奇跡のカムバックなるか?

マチューが演じるのは、かつては業界にその名をとどろかせ、一世を風靡した元TVプロデューサーのジョアキム・ザンド。敏腕だが周囲を省みない性格が災いして仕事仲間とトラブルを起こし、現場から追放されたジョアキムが、地位や名声ばかりか家族の絆さえ捨ててアメリカへと渡り、発掘したのがミミ・ル・ムーほか6名から成るニュー・バーレスクの一座「キャバレー・ニュー・バーレスク」だった。

ジョアキムは自らの再起を賭けて、一座を引き連れ奇跡のカムバックを果たす算段の様子だが、どうやら雲行きが怪しい。意気揚々とパリに凱旋帰国をするつもりだったジョアキムの思惑をよそに、行く手を阻むのは、かつての関係者たち。どんなに時間が経過していても、すべてを水に流してくれるほど、ショービジネスの世界は甘くはない。そんなうさんくさい髭面のプロデューサーが置かれた状況を訝りつつも、長年の勘で察するバーレスクのメンバーたちは、淡々と自分たちのショーを続ける。決して深入りすることなく成り行きを見守りながら。しかし、なにかと彼に突っかかる、ミミ・ル・ムー。彼女だけは、苛立ちと不安を隠せず、売り言葉に買い言葉で、ジョアキムと口論になり、思わず彼の頬をひっぱたき、こう吐き捨てる。
「これはあなたのショーじゃない。私は私の仕事をする。私たちのショーだから。あなたは飛行機代を払うだけ。」

悪くない男っ振り、敏腕、エスプリも持ち合わせているのになぜかうまくいかない男ジョアキム。演じるのは監督でもあるマチュー・アマルリック。
「どこへ行くの?」
「ちょっと人を殺しに。」
「楽しそうね、爪ヤスリなら貸すわ。」

ドサ回りの旅ガラス生活。根無し草であることを自らの職業の宿命であると受け入れ、観客を沸かせながら、ルアーヴル、ナント、サン=ナゼール、ラ・ロシェルと、フランス各地を転々とするメンバーたち。身体が資本の彼女たちにとって、大きな荷物を抱えながら列車で長距離を移動する状況は、決して恵まれているとは言えない。空き時間にガイドブックを片手に観光ポイントをおさらいしたり、宿泊先のホテルのバーでの出会いに身を任せてみても、どこか空虚な思いが拭い去れないでいる彼女たちが、宅配のピッツァの到着に狂喜乱舞すら姿を遠くから捉えたシーンがみずみずしく印象に残る。やっぱりアメリカ女はパンとチーズではなく、ピザが好きなのである。いや、陽気でやさしいのだ。

一方、ジョアキムはひとりパリに向かう道中で立ち寄ったガソリンスタンドで、「ラジオを小さく。」という彼お決まりの要求を、初めて素直に聞き入れてくれた女性に対し、これから「人を殺しに行く。」とうそぶく。「うらやましいわ、楽しそうね。武器はある? 爪ヤスリなら貸すわ。」と笑顔で返すスタンドの女性。お互いに惹かれあいながらユーモアとウィットに富んだ会話を交わす。目の前に立ちはだかるガラス一枚によってかろうじて理性を保ちつつ、ネクタイを緩める動作と無造作に束ねた髪を解くしぐさ、そして、互いのまなざしだけで、図らずも大人の恋愛の醍醐味を垣間見せてくれる。随所にちりばめられた色気と遊びのある会話もこの作品の大きな魅力のひとつである。

     
 
 
 

挫けそうでも孤独でも。
Keep on! move! Show must go on.

取り繕ったり見栄を張ったりするのに必死で、周りがまったく見えていなかったジョアキム。失敗や挫折を簡単に受け入れることができない中年のめんどくささの塊のような男。最終目的地の目処が立たないツアーの途中で、自暴自棄になりながらも、二人の息子を一時的に預かり、情けない父親像を晒けだして奔走する姿は、いつしか「女神たち」の心を捉え始める。ジョアキムもまた「女神たち」に向かって語りかける、
「ツアーを続けよう、明日もそのあともずっとできる限り。最後になにも残らなくてもいい。確かなものは肉体とスタイルと卓越したユーモアと生命力, I LOVE YOU」
人生の賭けに負けてしまったり、どうしようもない孤独を感じてしまっても、信じるものがあれば大丈夫。希望に満ちあふれた若々しい青年ではなく、ヨレヨレのおじさんが言ってこそ響く言葉だ。

スクリーミン・ジェイ・ホーキンスの音楽に乗せて、「さすらいの女神たち」が繰り広げるキッチュで際どい、最高にクールなエンターテインメントショーを、舞台袖や背後や二階席、さらには正面のかぶりつきで堪能しながら、束の間の人生の機微を味わう。そんな贅沢にしばらく浸っていたいと思うのは、きっと私だけではないだろう。

 

『さすらいの女神たち』 

2011年9月24日(土)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー

監督・主演:マチュー・アマルリック
出演:〈ニュー・バーレスク〉のダンサーたち
ミミ・ル・ムー、キトゥン・オン・ザ・キーズ、ダーティ・マティーニ、ジュリー・アトラス・ミュズ、イーヴィ・ラヴェル、ロッキー・ルーレット)

原題:Tournee / 2010 / フランス映画(フランス語・英語) / 111分 / ヴィスタサイズ / ドルビーSRD
提供:C&Iエンタテインメント / 配給:マジックアワー+C&Iエンタテインメント

www.ontour.jp