「歌の国ブラジル」のイメージ一新する前代未聞のインスト大全集。

(2014.08.29)
ピシンギーニャを擁したオス・オイト・バトゥータス。1922年ごろの写真
ピシンギーニャを擁したオス・オイト・バトゥータス。1922年ごろの写真
ブラジルなのにインストだけ? 世界初のガイドブック誕生。

ブラジルのインストルメンタル音楽(楽器だけ/歌なしの音楽)を紹介する世界初のガイドブック『ブラジル・インストルメンタル・ミュージック・ディスクガイド』が発売されました。古くはドリヴァル・カイミ、ホベルト・カルロス、エリス・レジーナ、シコ・ブアルキ、チン・マイア、現在ではマリーザ・モンチ、マリア・ヒタ、イヴェッチ・サンガロといった大歌手たちが高い地位を占めるブラジルは、世界有数の音楽大国であると同時に「歌の国ブラジル」と言われてきました。しかし一方で、ブラジル音楽を好んで聴いている方ならば、歌を支えつつ美しいハーモニーを奏でるギターや、思わず踊りだしてしまうような軽快なスイングを伴うピアノに耳を奪われた経験を幾度となくお持ちでしょう。その音の主の大半は、単なるスタジオ・ミュージシャンというわけではなく、ほとんどが自らも作編曲をこなし、数少ないながらも、自身名義の作品を発表しています。この本は、ブラジルでも一部の人間にしか知られていないような、しかし確実にブラジル音楽を支え、発展させた/させている才能溢れるミュージシャンたちの作品を年代順に紹介することで、多彩なブラジル音楽の魅力にスポットを当てていく内容になっています。

執筆は監修のWillie Whooperさんを筆頭に、実際にブラジル音楽を演奏するミュージシャンや、カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュのマスターでダニ・グルジェルほかブラジル人ミュージシャンとも親交の深い堀内隆志さんや、1950年代からブラジルに住みジョビンやルイス・エサといった伝説的な音楽家と親交の深かった坂尾英矩さんなど、各界で活躍する12名がそれぞれの得意分野を中心に担当。ブラジルやアルゼンチンのCD輸入販売を生業にしつつ、日々生まれる新しい音楽に魅了され続けてきた私は、2000年以降をメインに現在も活躍するアーティスト/作品について執筆させていただきました。今回はその中から、とりわけオススメの動画を少しだけ紹介します。個性溢れる演奏を実際に楽しんでみてください。

2010年結成。アフロ~カリビアンを取り入れたミクスチャー・バンド、ビシーガ70
2010年結成。アフロ~カリビアンを取り入れたミクスチャー・バンド、ビシーガ70
ブラジル音楽を支え発展させる楽器奏者たち

ボサノヴァの誕生にも大きな影響を与えたとされるブラジル・ギター史上の最重要ギタリスト、ガロートの貴重な本人録音。1950年のもの。ブラジル音楽には旧宗主国ポルトガルや移民してきたヨーロッパから持ち込まれた西洋古典音楽の伝統が、実はとても強く残っています。とはいえこの躍動感はクラシック・ギターでは味わえない、ブラジル的としか言いようのないものです。

日本ではジャズボッサやジャズサンバとも言われますが正しくは「サンバジャズ」だそうです。そのサンバジャズ・スタイルを代表する演奏を一曲。いまでも現役バリバリで活躍するピアニスト/作曲家=ジョアン・ドナートのピアノ・トリオによるエネルギー溢れる演奏。思わず口ずさんでしまうような可愛いメロディの楽曲を多数世に送り出したドナートですが、この曲もやはりキャッチーなメロディが印象的です。

ブラジル音楽最大の魅力、それは美しいメロディとハーモニーを伴った楽曲にあります。その象徴的存在といえるのがギタリスト/作曲家=ギンガです。これは彼のギターとスキャットのみで構成された新しいアルバムから。古きよきブラジルのロマンチシズムが横溢していて、難しさを感じさせません。近年ではエスペランサ・スポルディングと共演するなど、国内外で再びギンガへの評価が高まってきているように感じます。

数多くの作品にプロデューサー/ギタリストとして参加するブラジル音楽の屋台骨的存在、スヴァミ・ジュニオールも大好きなアーティストの一人。この映像はスヴァミの7弦ギター、クラリネット、パンデイロ(ブラジルの皮付きタンバリン)とのトリオによるショーロ・スタイルでの演奏ですが、普通のショーロとは一線を画す、独特の緊張感に溢れたモダンなアレンジ。いわばスヴァミ流ショーロとでも言えるでしょう。

ここ数年頻繁に来日しているピアニスト=アンドレ・メマーリがバンドリン(ブラジル風マンドリン)奏者のアミルトン・ヂ・オランダと録音したエルメート・パスコアール&エグベルト・ジスモンチ曲集からの一曲。枠に収まらずに疾走していく、アレグリア(喜び)に溢れたブラジルらしい演奏がなんとも痛快!是非、この二人で来日して欲しいものです。

いかがでしたか? 今回は僕の好きなアーティスト5組を紹介しました。どのアーティストも高い音楽的素養を持ちながらも、先達の残した伝統や各地方の民俗音楽に敬意を払いつつ、若者らしい現代的な感性で自由に音楽をクリエイトしています。とりわけ、ただ楽器が上手いだけでなく、作編曲家としても優れているのが近年のブラジル・インストルメンタル・ミュージック事情。また、以前こちらでも紹介したアントニオ・ロウレイロやアレシャンドリ・アンドレスといった複数の楽器をこなしつつ歌も歌う”万能型”も増え始めています。「新しい音楽が生まれなくなった」などとも囁かれる昨今ですが、彼らのような存在がいる限り、ブラジル音楽、いや未来の音楽から瑞々しい活力が失われることは決してないでしょう。これからもブラジルの今から目が離せません。

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『ブラジル・インストルメンタル・ミュージック・ディスクガイド』
ショーロ、ボサノヴァからサンバジャズ、コンテンポラリーまで
著者:ウィリー・ヲゥーパー 2,484円(税込)
出版元:DU BOOKS