ベルリンのピアニスト、
ヘニング・シュミート来日に寄せて。

(2012.01.25)

いくつもの壁をこえて

旧東ドイツ出身のピアニスト、ヘニング・シュミート。日本ではポスト・クラシカルというタームで紹介されることの多い彼は、ヨーロッパやアメリカなど様々な国で作曲家、編曲家そして音楽監督として活躍しているアーティストです。

もう4年の付き合いとなる彼との出会いは、レーベルの流通先をヨーロッパで探していた頃、ドイツのあるディストリビューターでたまたま試聴したことがきっかけでした。当時はちょうどシルヴァン・ショヴォやハウシュカが人気となり、マックス・リヒターがピアノ・サーカスからソロとして転身を果たした時でしたが、ヘニングの音楽の高い表現力と技術力、独特の音響空間は、そのいずれとも異なる並々ならぬ個性を放ち、すぐにその魅力に心酔してしまいました。

ヘニング・シュミートは旧東ドイツのエルツ山脈にある小さな町シュレーマで生まれ、バルト海の街ロストックで育ちました。音楽家としての経歴は非常に長く、今では当たり前となっているジャンルを超えた活動や音楽を、すでに80年代にベルリンで実際に体現していた数少ないアーティストです。彼が先駆的にそうしたオルタナティブなキャリアを歩むことになったのは、当時の政治的な状況がありました。ヘニングは東側、つまり旧共産圏出身でしたが、その時代に絶対的に課せられていた兵役を拒否したために、音楽大学の入学試験に受かっていたにもかかわらず、入学許可を破棄されたのでした(しかし東独時代からプロの音楽家として稼いでいくにはディプロマ(学位)が必要だったため、独学でそれを取得しています)。

他の音楽家の卵達が4年間を大学で学んでいる間、ヘニングはいち早く音楽家としてのキャリアをスタートさせます。80年代にはいくつかのジャズ・アンサンブルで活動。私たち日本人の記憶にも深く刻まれている東西の「壁」の時代に、共産国以外の国には国民が余程の許可を何年もかけて申請しなければならなかった環境で、国の芸術家派遣のアンサンブルの一人として西側諸国でもコンサートを成功させます。この時代のことをヘニングに聞くと、盗聴器や秘密警察など、映画の中で出て来るような言葉が次から次へと出てくるのですが、それはそれは大変な時代であったようです。しかしこの時代の体験が、今の彼の血となり肉となって、他のアーティストには出せない彼の音色となっているのかもしれません。

90年代に入ってからは、『その男ゾルバ』などで知られるギリシャの20世紀最大の作曲家ミキス・テオドラキスの右腕として、長年音楽監督・編曲家として活躍。ジャズ・シンガーのジョセリン・スミス、ギリシャの国民的歌手マリア・ファランドゥーリのプロデューサー・アレンジャーとして、ドイツジャズ賞、ドイツ・ジャズ批評家賞を受賞するなど素晴らしいキャリアを歩み、あの名指揮者クルト・マズアーも一目置くという個性的なアレンジメントやピアノ・スタイルは各方面から高い評価を受けています。

また日本では紹介されていない彼の経歴として、トルコの伝承歌曲、スーフィー音楽と西洋音楽をつなぎ合わせるという面白い活動もズルフ・リバネリやセマとのプロジェクトで長年行っています。西洋音楽、クラシック至上主義が見直されている今、市場的にも大きなアジア・アラブ圏での共同作業も徐々に注目を集めています。

ピアノの部屋から

これまでいわば裏方として活躍していた彼が、初めて純粋なソロ作としてリリースした作品が『Klavierraum(=Piano Room)』です。当時妊娠中だったヘニングの奥さんが心地よく暑い夏を過ごせるように、と製作されたこの作品は、ピアノの音を加工・編集して作られた涼しげなアンビエント・ドローンの中を、きれいなピアノの音の粒が、まるで水の中を緩やかに流れるように聴こえてくる全編即興による作品で、現在もロングセラーを続ける人気作です。叙情豊かでありながら、押し付けがましさがなく、すっとその空間の中に溶けていくように感じられる彼の音楽の魅力は、作品のタイトルやアートワークでも表現されています。CDの盤面はある料理の写真、曲名はそのレシピになっていて(よく聞かれる最後の曲名の意味は、バルコニーでお茶をしていたら下に仲のいい友人が通って、halloo!!なんだそうですよ!)、一見アルバムとは無関係に思えるこのタイトルも、朝日だったり夕暮れだったり、ある種の郷愁や固定観念を作ってしまうようなタイトルで聞き手の耳をしばりつけたくなかったために生まれたアイデアだったそうです。

この後『Wolken(=雲)』、昨年リリースした最新作『Spazieren(=散歩)』とコンセプトからプレースタイルまでをも柔軟に変えながら(本人にはそういう意識が全く無いのが面白いのですが)、空間を彩るヘニングのピアノはますますその輝きを増していき、現在に至ります。

「シンプルなものほど難しい」とヘニングはよく話します。そして、易しく聞こえるもの、ポジティブに聞こえるものを作ろうとする時に、キッチュにならずに芸術性が高く、尚かつ深みのあるものを作ることは、音楽に限らず、メランコリックなものを作るよりもはるかに難しいのだそうです。

聴く人をどこか遠くへ連れて行ってくれるような、包み込まれてしまうようなその優しさだけではなく、時にはドライに力強く、心を大きく揺さぶってくれる、そんな振り幅の大きさも魅力的なのが彼のコンサートです。たった一台のピアノから奏でられる、聴く人それぞれの心の情景。お近くの会場で是非ご自分の耳で確かめてみて下さい。

最後に、現在アメリカとカナダをツアー中のヘニング・シュミートから日本の皆さんへのメッセージを添えて締めさせていただきます。

「いつもたくさんの応援とメッセージをありがとうございます。日本の方々からはたくさんの驚きとインスピレーションをいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。ツアーで皆さんにお会いできるのを本当に楽しみにしています!」

【Henning Schmiedt(ヘニング・シュミート)biography】

1965年生まれ、旧東ドイツ出身のピアニスト、作曲家、編曲家。早くからジャズ、クラシック、ワールドミュージックなどジャンルの壁を超えた活動を先駆 的に展開。ギリシャの作曲家ミキス・テオドラキスから絶大な信頼を受け、長年にわたり音楽監督、編曲を務める。また、世界的歌手であるJocelyn B. SmithやMaria Farantouriらの編曲、ディレクターとしても数々のアルバムやコンサートを手がける他、女優Katrin Sass(『グッパイ・レーニン』他)やボイス・パフォーマーLauren Newtonと共演した古典音楽のアレンジなど、そのプロデュース活動は多岐に渡っている。ソロとしてもKurt Weilなど幾多の映画音楽やベルリン・シアターで上演されたカフカ『変身』の舞台音楽、2008年にはベルリン放送局でドイツ終戦60周年を記念して放送された現 代音楽『レクイエム』などを発表し、高い評価を得た。ソロ・ピアノ作品としてflauよりリリースされた『Klavierraum』、『Wolken』はいずれもロングセラーを記録中、今年11月に最新作となる『Spazieren』を発表、今回が2度目 の来日となる。主な共演者にミルバ、チャールズ・ロイド、アル・ディ・メオラ、ザキール・フセインなど。

Henning Schmiedt Japan Tour 2012

2011年10月に発表された新作アルバム『Spazieren』も好評のHenning Schmiedtが、2年ぶりとなるジャパン・ツアーを開催

2/2 (木) 京都 京都文化博物館 別館ホール
open/start 18:30/ 19:00 adv./door 3,000 / 3,500yen

2/4 (土) 奈良 ギャラリーカフェ タケノ
open/start 14:30 / 15:00 料金: 3,500yen
Sold Out

2/5 (日) 富山 nowhere
open/start 18:00 / 19:00 前売/当日: 3,000yen / 3,500yen

2/6 (月) 姫路 HUMMOCK Cafe
open/start 19:00/20:00 adv./door 3,000 / 3,500yen

2/7 (火) 岡山 城下公会堂
open/start 19:00/19:30 adv./door 3,000yen / 3,500yen

2/8 (水) 福岡 アクロス福岡円形ホール
open/start 19:00/19:30 ticket:3,000yen

2/11 (土) 東京 自由学園明日館 講堂
open: 16:30 / start 17:00 adv.3,500yen / door.4,000yen 
opening act: Radiosonde(ラジオゾンデ)
Sold Out

2/16 (木) 鎌倉 西御門サローネ
open/start 13:00/ 14:00 ticket 3,500yen (w.coffee)
Sold Out

2/17 (金) 仙台 Cafe Mozart Atelier
open/start 19:00 /19:30 チケット 3,000yen(1ドリンク別)

2/18 (土) 盛岡 岩手県公会堂21号室
open/start 19:00 /19:30チケット:3,000yen

2/19 (日) 弘前 space DENEGA Gallery
open/start 18:00 / 18:30 チケット:3,000yen

お問い合わせ・チケット予約flau event@flau.jp