梵(ぼん)な道具を聴いてみる。 第八回 立冬:灰色の街にも山茶始開の候。
生地見本で味わう、織り手の体温。

(2012.11.03)

「梵(ぼん)な道具を聴いてみる」第八回は、織物生地の見本帳=縞帳をご紹介。自ら織り上げたもの、時に交換で落手した生地の端切を貼った帳面は織仕事の洗練のため親から子へと伝えられた。小さな帳面から作る喜びがこぼれ落ちる、それは愛慕のフォークロア。

縞帳とは。

明治中頃まで、服が「買える」のは士族や地主などの上層階級、あるいは商人の家庭に限られていた。つまり身入りの少ない農家ではそんな経済的余裕などあるはずがなく、家族のための衣服は糸から織るのが一般的だった。機織りの主役は妻。養蚕農家から生糸を購い、自ら草木で染めて(藍染めは専門業者に依頼したらしい)から農作業の合間、あるいは農閑期にひたすら織り続ける。かなり根気の要る作業であったのは想像に難くないが、子供にはこんな模様を、夫には…と考える時間は与える側としての密かな楽しみであったに違いない。

機織りの技術は代々親から子へと受け継がれたが、技術を「応用」してこそ「着る楽しみ」が約束される。つまり、どれだけ頭に描いた文様を狙い通りに作れるかが肝要で、全く新しいパターンを作り上げるのは個人的努力だけでは限界がある。そこで、自ら織った生地は勿論、他家から譲り受けたものや朝市で交換した小さな端切を反古の紙に貼り、「文様サンプル」として一冊にまとめていったのだ。これこそが縞帳(しまちょう)である。

縞帳は大抵の家庭で編まれ、そして家宝のごとく親から子へまたは親族へと受け継がれていった。縞帳があることにより、親が織った文様を再現することができ、新しい文様へと発展させる時も縞帳が良き友となるのである。

縞帳は全国各地、特に養蚕や織物業が盛んな地域で多くみられるが、特に著名なのは丹波国佐治村で織られていた佐治木綿、通称「丹波布」(丹波布という名称は柳宗悦が著書で使用し一般化していった)である。緯糸に屑繭の糸を織り込むことで現れる独特なテクスチャー、あらゆる自然素材から採取する複雑な色合いの染めは見本帳を残すことで再現され、また深化されたのであろう。

明治の中頃より各地に紡績工場が立ち、安価に衣服が入手できるようになると農家は生地を織らなくても良くなった。それでも情報伝達の遅い山間の村々などでは昭和初期までは手織りを続けていたが、戦後には機織りの音は途絶えてしまった。

縞帳の魅力。

縞帳の魅力は汲めども尽きない泉のようだ。和紙に貼られた生地のパターンはもちろん、生地の貼り方にも個性があり、時折ページの片隅には軽妙なイラストが顔を覗かせたりもする。しかし縞帳の最大の魅力は、その「素人性」にある。元来他者に見せるものではないため余白にはメモが書き込まれ、端切の入手により次々と「無構築のパッチワーク」が展開される。それは、まるでライブ・ペインティングのような感覚で、しかも身体性を伴わない形で平面化されていく。つまり、縞帳の体裁は無意識下のアートであり、三次元である着物を二次元へと押し込めた「織り手のミニアチュール」でもある。

信州地方の縞帳。

写真は長野県で入手した信州地方の縞帳である。信州は古来より養蚕業が盛んな地域であり、絣を始め様々な生地が織られていた。縞や格子、絹を織り込んだものなど25ページに渡って端切の見本が反古に貼られており、見応えがある。表紙には長野県の蚕種製造人のスタンプが捺されているが、表紙より中の紙の方が古いため後年に表紙のみ刷新された可能性が高い。

何事も相伝の必要性が希薄な現在、縞帳は古布のアーカイヴとしての役割を残したまま、匿名性の高いアートという別の物体へと変貌したようだ。しかし縞帳からは織り手の体温、つまり仏性のようなものを感じずにはおれない。それは優れたアートの持つ必須条件であり、そのアウラを次の世代へとバトンタッチしていくことが我々古物商の役割ではないかと考えている。

立冬に聴きたい音楽

The Celtic Viol II / Jordi Savall/Andrew Lawrence-King/Frank McGuire

「テクスチャー」とは見た目の質感や手触りなどの表現として用いられる事が多いが、本来は布の持つ質感の事を表す言葉であるらしい。テクスチャーのある音楽、という表現方法が許されるのであれば、本作はまさにその真骨頂といえるだろう。

ヴィオラ・ダ・ガンバを主の表現としながらもガンバ属のあらゆる器楽を操る古楽器のベテラン奏者、サヴァールがケルト伝統音楽に取り組んだ録音の第二集。まろやかなアイリッシュ・ハープの音色、羽ばたく鳥のようなパーカッションとの合奏は、いつものサヴァールよりもリラックスしているように感じる。この音楽から聴こえてくるのは薪ストーブで暖められた部屋の、裸電球ほどの心地よさであり、昨日から煮込み続けている料理を傍目に思惑する幸福感である。

自身が経営するレーベル、アリアヴォックスからのリリース。いつも通り自然な録音が素晴らしく、よく温まった真空管のアンプと実直なイギリス製のスピーカーの組み合わせで聴いてみたい。

Bon Antiques展示会情報

11月18日(日)大江戸骨董市
場所:東京国際フォーラム前広場(JR/地下鉄有楽町駅から徒歩すぐ)
時間:9:00〜16:00まで(雨天は中止)

12月7日(金)~9日(日)「Jikonka + Bon Antiques 展」
而今禾の西川さんとの古物展を東京で開催。花器を多めにセレクトする内容になると思います。
場所: Jikonka Tokyo(東京都世田谷区深沢 7-15-6)
時間:11:00〜18:00まで
店主が全日在廊してお迎えします。