『間を奏でる』『El retratador』リリース。「間を奏でる」 。林正樹から
“音”に対する思いが届いた。

(2014.06.05)
「間を奏でる」旧グッゲンハイム邸でのライブ
「間を奏でる」旧グッゲンハイム邸でのライブ
ファーストアルバム doux リリースツアー

去る2014年4月、林正樹が率いるライブユニット「間を奏でる」のファーストアルバム・リリース前ツアー、神戸・旧グッゲンハイム邸でのライブを主催させていただきました。

「間を奏でる」はマイクやスピーカーを一切使わないノンPA、生音だけで聞かせるライブユニットの名前。メンバーは、林正樹 (piano) 、堀米綾 (irish harp) 、磯部舞子 (violin) 、織原良次 (fretless bass) 小林武文 (percussion)。活動を初めて約3年、このユニット名義によるアルバムをつくることになりました。

マイクやスピーカーを使わないということは、ライブ会場ごとにまったく違う音が奏でられるということ。神戸のリハーサルでは、メンバーとスタッフが創り上げていく一体感、奏でられる音が旧グッゲンハイム邸の建物や周りの自然が醸し出す雰囲気と同化していき、現場に今日の音に対する確信と期待感が高まっていきます。「きっといいライブになる」、リハーサルが終わった瞬間、そう確信することができました。

本番では、ミュージシャンをすぐ近くから半円で取り囲むように配置した客席で体感する生音。幸せな感覚に包まれました。

楽器編成をはじめ、これまでにない取り組みがされていますが、実験的な難しいことを目指しているようには感じられません。静かで繊細な音楽ですが、それだけではなく、メンバーの資質、人柄によるものなのか、ウィットに富んだ面が随所にあり、私には、生命あるいは宇宙といった何か大きなものに対する賛歌が奏でられているように感じました。

近くを走る電車の音までが、演奏に合わせるかのようにいいタイミングで彩りを添えてくれました。

  • 「間を奏でる」豊橋でのライブ
    「間を奏でる」豊橋でのライブ
TEAL から El retratador 、doux へ
林正樹の音楽キャリアでは、セカンド ソロアルバム『TEAL(ティール)』が転機となったように見えます。それまで多種多様なユニットで経験を積み、幅を広げてきましたが、ここでひとつのテーマ、自分の芯となる活動にも取り組むことができたと言えるのではないでしょうか。

『TEAL』では、ひとつの色のイメージを切り口にして、生音、空間を意識した、響きを重視したじっくりと聴かせるアルバム作りとなっています。そこへ舵を取ることができた背景としては、ECMや洗練されたアルゼンチン・フォルクローレをはじめとする静謐な音楽への共感、支持が着実に高まってきたということがあると思われます。

『TEAL』の方向性と関連があると思われるのが、アルバム『El retratador(エル・レトラタドール)』。スペイン語で肖像画を描く人というような意味だそうです。十数年にわたる共演でお互いに深い信頼関係にあるベーシスト西嶋徹とのデュオで制作されました。

西嶋氏とお話する機会がありましたが、「南米音楽から感じられる、人生における悲喜こもごもへの共感をこのアルバムでも感じてもらえたら」とおっしゃっていました。聴き込むほどに愛着が湧いてくるアルバムで、「Alfonsina y el mar(アルフォンシーナと海)」1曲を除き、二人のオリジナル曲で構成されています。

  • ピアノ林正樹さんとベース西嶋徹さん
    ピアノ林正樹さんとベース西嶋徹さん
  • 林正樹さん
    林正樹さん
そして、「間を奏でる」のファーストアルバム『doux(ドゥ)』が6月4日に正式発売されました。『TEAL』で取り組んだ生の音色と響きを大切にするということが、ソロアルバムだけにとどまるのではなく、この編成でも継承、発展されているように感じられます。『TEAL』と『doux』の両方に収録されている「梅が香に」を聴き比べてみるのも面白そうです。
このアルバムでは、ほかの各メンバーが書き下ろしの曲を1曲ずつ持ち寄っています。磯部舞子の「水たまりの憧れ」はどこか懐かしい感覚に溢れていて、初めての作曲だったという堀米綾の「薄れゆく雲」はケルティックな曲想が印象的。発想の面白さが音の楽しさにつながっている織原良次の「電脳少女2」。そして小林武文の「tortoise」は、カメのイメージが独特の感覚で表現されているようです。
  • 「間を奏でる」。左から、小林武文 (percussion)、磯部舞子 (violin,viola)、林正樹 (piano)、堀米綾 (irish harp)、織原良次 (fretless bass)、
    「間を奏でる」。左から、小林武文 (percussion)、磯部舞子 (violin,viola)、林正樹 (piano)、堀米綾 (irish harp)、織原良次 (fretless bass)、
『doux』の録音

今回の『doux』の録音には、ワンポイント録音(※)が採用されています。一般的にはマルチマイク録音が採用されているが多く、多数のマイクを使ってそれぞれ別のトラックに収録してCDの2トラックにトラックダウンします。その段階で、楽器の音量バランス、各楽器の定位、残響音等を調整します(=マスタリング)。ここで多くの作業が介在するため、サウンドのクオリティは製作者、録音者の技術に左右されやすく、音楽家以外の意図が反映されるという面もあります。

それに対して、ワンポイント録音とは、左右2本のマイクで録音すること。広義的に考えて、2つの方法があります。ひとつは左右のマイクが並んでついているマイクで収録するワンポイントマイク録音。左右のマイクをそれぞれ一本ずつ適当な間隔に設置して収録するのはステレオペアマイク録音。「間を奏でる」のCDの方式は、ステレオペアマイク録音が採用されています。

人間の耳は、音を立体視する能力が抜群で、左右の耳で音を立体的に感知していく能力が優れていると言われています。この能力を最大限に活かすには、左右2本のマイクのみ使用して左右の耳で聴いているように録音するワンポイント録音が適していると考えられます。

マスタリング技術が入る余地が少ないワンポイント録音は、音に空間的な歪みが無い心地よさがあります。それだけでなく、その場の空気と空間が丸ごと録音できるような感覚を得られ、演奏者の息遣いや感情がダイレクトに伝わってくる新鮮さが感じられます。またマスタリング技術が入る余地が少ないということは、演奏自体の質、音が良いものでなければならないのです。

空間表現、アンサンブル・バランスを重視した「間を奏でる」は、ワンポント録音が最適な音楽であると言えると思います。このような豊富で空間ごと演奏を切り取った『間を奏でる』、静かで繊細ではあるけれどCDから伝わるその場の空気を感じてください。

※ワンポイント録音の記述については、長年ワンポイント録音を手掛けておられる録音エンジニアの五島昭彦氏(タイムマシンレコード主宰)からご教示いただきました。

6月7日(土)間を奏でる『doux』リリースライブ開催!
場所:下北沢SEED SHIP

『doux』
間を奏でる

2014年6月4日(水)発売 2,500円(税別)
レーベル:APOLLO SOUNDS

【Track List】
1. うつろひ( music : 林 正樹)
2. 十六夜(music : 林 正樹)
3. 水たまりの憧れ(music : 磯部 舞子)
4. Through the blinking blue(music : 林 正樹)
5. 薄れゆく雲( music : 堀米 綾)
6. 電脳少女2(music : 織原 良次)
7. 間奏曲(music : 林 正樹)
8. 山眠る(music : 林 正樹)
9. tortoise(music : 小林 武文)
10. 梅が香に(music : 林 正樹)
《演奏》
林正樹 (piano)、堀米綾 (irish harp)、磯部舞子 (violin,viola)、織原良次 (fretless bass)、小林武文 (percussion)

『El retratador』
林 正樹 西嶋 徹
2014年3月12日(水)発売 2,500円(税別)
レーベル:APOLLO SOUNDS

【Track List】
1.耳雨 Jiu( music : 林 正樹)
2. 褻の笛 Que no fue(music : 西嶋 徹)
3. El retratador(music : 西嶋 徹)
4. Alfonsina y el mar ( music : Ariel Ramírez)
5. mの問いかけ Emu no toikake( music : 林 正樹)
6. Muro de stono(music : 西嶋 徹)
7. Orbit P(music : 林 正樹)
8. Folded wind(music : 西嶋 徹)
9. 残光 Zankoh(music : 林 正樹)
10. 西日 Nishibi(music : 西嶋 徹)