無国籍感に磨きがかかった
伊藤ゴロー『POSTLUDIUM』

(2013.12.16)

感じるものは自由な創造と、希望の光。それは音楽という名の“島”から風の便りのように届いた僕たちへのメッセージ。音楽家、ギタリスト伊藤ゴローの新作『POSTLUDIUM』は作曲家として深化し、新たな世界へと旅をしているようだ。ソロ名義の前作『GLASHAUS』からの流れを感じながらも、美しい描写力を持つ広角レンズのようにパノラミックな情景も映し出している。これまでの様々な音楽家との交流がマチュアされたものなのだろうか、目を閉じて聴くと「これはどこの国の音楽なんだろう」と錯覚するほど、無国籍感に磨きがかかっている。そして、インストゥルメンタル作だからこそ聴き手の想像の幅が広がり、美しい音楽に垣根はなく自由なんだ、ということもそっとささやかれているようだ。

撮影/雨宮透貴
撮影/雨宮透貴
撮影/雨宮透貴
撮影/雨宮透貴

このアルバムを象徴している「The Isle」は雲間を縫う、まばゆい閃光のように躍動感に溢れ、澤渡英一のピュアな音色のピアノとのコントラストが美しい。この曲を聴くと往年の作曲家の名前が浮かんできたが、いまここであえて触れる必要はないと思う。そんな新しくも懐かしい感覚が交錯するこの曲は、時代は変わっても普遍的に語り継がれる傑作と確信を持てる。ギターとピアノの最小アンサンブルで紡がれる「Plate XIX」の転調や旋律に、シンプルな編成ほど愛おしさは増すものだと心を掴まれた。

そして、曲が進むにつれて気になったタイトルにある「Luminescence – Dedicated to H.H.」の文字。伊藤ゴローが敬愛する現代音楽家、原博に捧げられ、抒情的小品集を残したとされる彼のコード進行をモチーフに作曲されたそうだ。それぞれの楽器が個性を主張しすぎずハーモニーを大切にしている様は、つつましやかな日本人の豊かな感情とも結びつき、平和への祈りのようにも感じた。また、ジャケットデザインや写真は『GLASHAUS』に続き、平出隆によるアートワークになり、1988年に撮影されたイングランド南西部の自然地域ランディ島の写真がアルバム内側に起用されている。外側スリーヴと帯には手で触れたくなるような特殊紙を使用し、「生活とアートの融合」を提案するリリース元SPIRAL RECORDSらしい装丁だ。

POSTLUDIUM/Goro Ito
12.04.2013発売 3,000円(税込)/SPIRAL RECORDS

【Track List】
1. Opuscule Ⅰ
2. The Isle
3. Luminescence ―― dedicated to H.H.
4. Opuscule Ⅲ
5. Plate ⅩⅨ
6. Postludium
7. Opuscule Ⅴ
8. Blau Chian
9. Daisy Chain 
10. Opuscule Ⅶ
11. Thyra
ハンモックカフェと『GLASHAUS』と『POSTLUDIUM』

僕は姫路の小さな港町でカフェを経営しており『GLASHAUS』リリース時にライヴ会場として演奏に来ていただいたことがある。初めて会った時から緊張感を笑顔でほぐしてくれて、彼の指先から奏でられるやわらかなギターの音色は人柄そのものなんだと感じ、温かい気持ちになったことを覚えている。以来『GLASHAUS』はBGMでよくかけお気に入りの手の届くところに置いており、雨の日や穏やかな日にとても寄り添う。また、海外から来日の音楽家が姫路公演として訪れてくれコンサートを開催する時、何気なくBGMでかけていると、決まって「この音楽は誰?」と彼らに聞かれ、僕は日本の素晴らしい音楽家を紹介できることを日本人として誇らしく思う。現在、全国の素敵な場所へ伊藤ゴローの音楽が届けられている。僕たちは『GLASHAUS』を聴いて日々の暮らしを丁寧に生きようと感じた。そして、『POSTLUDIUM』では、これからどんな心象変化をもたらせてくれるのか。この冬じっくりと聴きこんでみたい。