Another Quiet Corner Vol. 05 カルロス・アギーレの世界感を描く
『バー・ブエノスアイレス』のこと。

(2011.12.03)
『バー・ブエノスアイレス ~カルロス・アギーレに捧ぐ~』誕生まで。

『bar buenos aires(バー・ブエノスアイレス)』(以下bba)とは、音楽文筆家の吉本宏さん、元HMVの河野洋志さんと僕の3人で主宰する選曲会です。「アルゼンチンの音楽家カルロス・アギーレの美しい音楽を多くの人に聴いてほしい」「彼の豊かな音楽と共鳴する幅広い音楽が流れる空間を作りたい」という思いで、2010年1月に始めました。さまざまな連鎖が起きて“カルロス・アギーレ来日”という「bba」の目標を同年10月に果たすことができました。(詳しい出来事はこちらの記事で)。

アギーレさん奇跡の来日から1年が過ぎ、僕たちは『バー・ブエノスアイレス ~カルロス・アギーレに捧ぐ~』という一枚のコンピレイションを制作しました。副題に「カルロス・アギーレに捧ぐ」と付けたように、彼の音楽がもたらした多くの感動に感謝を捧げ、アギーレさんにまつわる楽曲のみを収録しました。本人のアルバム以外に収録されている重要な楽曲や、アギーレさんが主宰する「Shagrada Medra」レーベルの楽曲、アギーレさんの楽曲を他のアーティストがカヴァーした貴重なヴァージョン、そしてアギーレさんをリスペクトするアーティストたちの楽曲です。コンピレイションという形態ではありますが、1枚通して聴くと、まるでオリジナル・アルバムを聴いているようなコンセプチュアルな内容――カルロス・アギーレのもう1枚の作品のような世界感を描けるように選曲をしました。


昨年の来日時、Café Dufiで演奏するカルロス・アギーレさん Photo:Ryo Mitamura


手作りジャケットがすてきなカルロス・アグーレ・グルーポ『クレマ』

アギーレさんを巡る楽曲のこと――キケ・シネシ

実際、アギーレさんにまつわる楽曲というのは数多く存在します。カヴァー曲や、アギーレさんが参加した曲など、中にはすでに入手困難なものもあります。その中から、僕たちが『bba』というフィルターを通してアギーレさんの魅力が伝えられる楽曲を18曲厳選しました。このコンピレイションは僕たちの理想の形になりましたので、完成に至った感激もひとしおであります。もちろん全曲おすすめしたいですが、今回は聴き所を簡単にご紹介します。

まずカルロス・アギーレの音楽を語るときに重要なギタリスト、キケ・シネシの楽曲は同アルバムから2曲選びました(#1と#10)。どちらもアギーレさんがピアノで参加している曲で、このコンピレイションの重要な柱としました。透明感のある音色と叙情的なメロディー、穏やかな印象ながら静かに躍動する様はまさに『bba』の世界感を象徴するものです。選曲会『bba』を始めたころから、2人の演奏をパット・メセニーとライル・メイズの姿と重ね、よく彼らの楽曲を続けて選曲しました。アギーレさんが来日した際、『bba』で行ったウェルカム・パーティの公演後、会場でメセニー&メイズがビル・エヴァンスに捧げた「September Fifteenth (Dedicated To Bill Evans)」を流していたら、アギーレさんが静かにメロディーを口ずさんで笑顔で「ヴラーヴォ!」と言ってくれたことは今でも忘れられません。


quique sinesi『danza sin fin』
アギーレさんを巡る楽曲のこと――グルーポ

来日公演で聴くことができた、アギーレさんがソロで奏でる静謐な演奏ももちろん素晴らしいですが、グルーポ(グループ)でのアンサンブルはまさに唯一無二といえます。それはアギーレさんが最も信頼を寄せる音楽家をグルーポに迎え、何度も対話をして練習を重ね、常に進化/深化をしているからです。ランブル・フィッシュ#3のギタリスト、クラディオ・ボルサーニ、ルス・デ・アグア#9のベーシスト、フェルナンド・シルヴァ、#15のシルヴィーニャ・ロペス。そしてスピネッタのカヴァー#2で美しい歌声を聴かせてくれる、アギーレさんの奥様シルヴィア・サロモーネ。彼らのエッセンスを取り入れる選曲をすることで、グルーポの世界感に近づけると同時に、彼らにもスポットを当てて現代のアルゼンチン音楽シーンの魅力も伝えられることが出来たらという気持ちです。


LUZ DE AGUA(ルス・デ・アグア)
アギーレさんを巡る楽曲のこと――ピアノ

そして、ピアニストにも注目です。『bba』の選曲には美しいピアノの音は欠かせません。アルゼンチンにはヨーロッパや北欧のクラシカルで繊細なピアノを彷彿させるピアニストがたくさんいます。このコンピレイションに収録したルカス・ニコティアン&セバスチャン・マッキ(#6)、アンドレス・ベエウサエルト(07)、ロロ・ロッシ(#11)、ハビエル・アルビン(#16)、アレハンドロ・マンソーニ(#17)がそうです。彼らの演奏スタイルはジャンルレスともいえます。南米でもあり、ジャズでもあり、クラシックでもあります。アギーレさん自身もECMの影響を受けていると語ったように、彼らの演奏には伝統音楽に根ざしながらもモダンな感性を漂わせています。

中でも、#6「Gincana」はプエンテ・セレストのオリジナル・ヴァージョンも人気で、橋本徹さんが選曲した『素晴らしきメランコリーのアルゼンチン』にも収録されました。当初、僕たちはそのプエンテ・セレステのピアニストとして活躍するルカス・ニコティアン率いるピアノ・トリオ、カマロテスのヴァージョンをラインナップにとオファーしたところ、彼らのレーベルより「こんなヴァージョンもあるよ」とルカスとセバスチャン・マッキとのピアノ・デュオの新曲を提案されたのです。より『bba』の世界観に相応しいということで、彼らの演奏を選びました。しかも世界初収録です! どのヴァージョンもそれぞれ素晴らしいので、聴き比べても面白いですよ。


セバスチャン・マッキ

タチアナ・パーハとアンドレス・ベエウサエルト

タチアナ・パーハとアンドレス・ベエウサエルト『AQUI』
「Hiroshi」について。

そして、注目はなんといってもボーナス・トラックに収録した「Hiroshi」です。昨年の来日の際、「日本のファンとの絆」と披露された伝説の楽曲です。しかも山形と東京の公演のみで披露されたので、聴きたかった人も多いはず。僕たちは今回のコンピレイションに収録するにはこれ以上にない楽曲と考え、アギーレさんに昨年のライヴ録音を聴いてもらい判断をしてもらったところ、「この楽曲は常に進化をしているもの」と、アギーレさんはこのコンピレイションのために新たに録音をしてくれたのです。しかもライヴで聴いたピアノ・ソロではなくギターとパーカッションが加わっていました。

もう、涙が出るくらいうれしかった……。多くの人たちがアギーレさんの音楽に共感をして心を通わせた結果だと思います。

「パラナ河から多くのインスピレイションをもらっている」と語るアギーレさん。なので、ジャケットには写真家マティアス・キング氏によるパラナ河が黄昏に染まる美しい風景写真を使用しました。さらにブックレットには、ディレクター稲葉昌太さんのコラム「カルロス・アギーレをめぐる物語」、bbaチームによる楽曲解説とアギーレさんとセバスチャン・マッキ&フェルナンド・シルヴァのインタヴューとディスクガイドの計24ページを掲載しました。ジャケットの紙もカルロス・アギーレ・グルーポの『クレマ』へのオマージュを込めて、そしてトレイにはニヤリとさせる箇所もあります。ぜひ、手にとって見て聴いて楽しんでください。

Various Artists
2,400円(税込み) RCIP-0165
レーベル:インパートメント

01. ¿Seras Verdad? / Quique Sinesi
02. Laura Va / Carlos Aguirre Grupo
03. Pedacito de Rio I / Rumble Fish
04. Los Tres Deseos de siemple / Ascaino-Menta
05. Pasarero / Rocio Palazzo grupo
06. Gincana / Lucas Nikotian & Sebastian Macchi *本作のみの収録
07. Milonga Gris / Tatiana Parra & Andres Beeuwsaert
08. Media Luna / La Maquina Cinematica
09. Fui Al Rio / Sebastian Macchi, Claudio Bolzani, Fernando Silva
10. Danza Sin Fin / Quique Sinesi
11. Carnaval / Rolo Rossi
12. Estampa De Rio Crecido / Belen Ile
13. Pasarero / Ethel Koffman
14. Ronda del Pececillo de Plata / Carlos Aguirre
15. Preludio / Silvina Lopez
16. La Espera / Javier Albin
17. Zamba de Usted / Alejandro Manzoni
18. Hiroshi / Carlos Aguirre *Bonus Track