“ゆたか”な音が紡がれている
伊藤ゴロー『GLASHAUS』

(2012.04.27)

ふと、”ゆたか”との形容詞がうかんできた。『GLASHAUS』を聴きながら、だ。

いろいろな聴き方ができる。1曲1曲を味わう。アルバムにある10曲をとおして、ひとつのストーリーとして読んでゆく。それぞれのアーティストの音、アンサンブルとしてのひびき、にフォーカスする。

でも、そういうことだけじゃない。

アルバムとして、41分強の時間をかけて、とおして、聴く。それだけの何か、聴き手ひとりひとりに音楽が手渡してゆくものがある。そしてひとりひとりのなかで、育つ。ほかのことをし”ながら”でない、音楽を聴くことの、音楽に耳をかたむける時間と空間をもつゆたかさ。一回きりでなく、何度も、あいだをおいてであっても、何度も、聴く。

デュオ、2人のミュージシャンがおなじ時間、おなじ空気を共有する音楽が、大半を占めている。2人、のなかでこそ深めあう音楽の対話があるから。そして2人から3人へとなる3つの曲。そのときメロディを奏でるチェロは、かつて、ボサノヴァを生んだひとりの男、A・C・ジョビンとともにあった名手ジャキス・モレレンバウム。

想像してみよう。右手が弓を持って、弦から弓をはなすことなく、大きく、ゆったりと弾いているさま。椅子にすわっている上背が、大きな楽器とともに、ちょっとうしろに反っているさま。生まれてくるゆったりしたメロディ。そこには、チェロとともに、すぐそばに、ギターも、ピアノも、いる。

充実と余裕のなかにしかありえない緊張と、信頼と落ち着きのなかにこそある”ゆたか”。音が発せられ、つながって音楽になってゆくさまと、音がそっと減衰し、そのまま消え、沈黙へかえってゆくさまとで織りなされる、デリケートな質感。

リオ・デ・ジャネイロでレコーディング ©Daisuke Ito
Jaques Morelenbaum (Cello / Strings Arrange) ©Daisuke Ito

もうひとつ、こんなひとつのストーリーは如何か。

アルバムはギターとピアノのデュオで始まる。それが2曲目では、ギターとベースのデュオへと変わる。それからだ、3曲目、チェロがうたうのは。

ギターも、ピアノも、ベースも、音をだすと、すぐ減衰してしまう。音ひとつひとつのいのちは短く、はかない。弾き手も聴き手も、消えてゆくのを感じながら、消えてゆくなかで、紡がれてゆく音楽をイメージする。

でも、チェロはちがう。弦に弓があたって、ひとつ、またひとつ、つぎへと音がつづき、うたが生まれる。

ギターはアルバムの主人公。ここでは、ギターがピアノと、ベースと、それぞれに対話する場面が描かれる。チェロは異性の役柄だろうか。独特の雰囲気をもち、そこにいるとき、ピアノもギターも、すこし身をひいて、その話に耳をかたむけている。3曲目にはじめて会ったあと、しばらくあいだがあき、再会するのは6曲目。でも、三度目は8曲目で、あいだは1曲おいただけだ。ギターとチェロとはより親密になってゆくのだろうか。

だが、チェロはもうあらわれない。ギターは、アルバムのなか、すでに弾いた曲を、あらためて演奏する。とはいえ、アレンジを変え、おなじ曲でも、風景が変化している。

ギターとピアノで演奏された〈Glashaus〉は、9曲目としては、ギターとストリングス。チェロとギターとピアノだった〈Wings〉は、10曲目で、チェロがぬけ、ピアノとのデュオに。

特に曲名などを気にせず、音楽のながれだけ聴いていると、〈Glashaus〉のメロディをふたたび耳にすると、あ、聴いたことがある、との既視感、いや、既聴感をおぼえるだろう。出会ったばかりのはずなのに、不思議となつかしい感触を抱きながら……。

Marcos Nimrichter (Piano) ©Daisuke Ito
Jaques Morelenbaumが編曲も担当 ©Daisuke Ito
『GLASHAUS(グラスハウス)』

Goro Ito
2012年4月25日発売 3,000円(税込)XQAW-1102
レーベル:SPIRAL RECORDS

参加ミュージシャン:
Jaques Morelenbaum (Cello / Strings Arrange)
André Mehmari (Piano)
Jorge Helder (Bass)
Marcos Nimrichter (Piano)
All Composed , Arranged & Produced by Goro Ito
Cover Design:平出隆
Cover Art : Donald Evans 《Yteke》1938. Airpost. Sea birds and maritime landscapes. (1976)

【Goro Ito Biography】

伊藤ゴロー

作曲家、編曲家、ギタリスト、プロデューサー。ソロユニットMOOSE HILL、ボサノヴァデュオnaomi & goroとして国内外でのアルバムリリース、ライブ等で活動する傍ら、映画、ドラマ、CM音楽も手掛ける。原田知世の直近のアルバム2作、ペンギンカフェオーケストラのトリビュートアルバム等プロデュースワークも行う。2011年にnaomi & goro & 菊地成孔名義で、坂本龍一のレーベル「commmons」から『calendula』をリリースしヒットを記録。
また、サウンドインスタレーション「TONE_POEM」(青森県立美術館)の発表や、原田知世との朗読会「on-doc.(オンドク)」も行う。 2012年は原田知世デビュー30周年を記念し本格的にスタートする「on-doc.(オンドク)」を各地で行なう。また7月21日~9月17日に開催される青森県立美術館の夏の企画展《Art and Air ~空と飛行機をめぐる、芸術と科学の物語》のサウンドトラックも担当する。

伊藤ゴロー with ジャキス・モレレンバウム スペシャルコンサート!
2012年12月11日(火)東京 草月ホール