ほろ酔い倶楽部 - 6 - 山梨ワインツアー 1/3 〜 溝口 ジュン レポート 〜

(2010.01.14)

 

 

ボー・ペイザージュ訪問記

最初、ボー・ペイザージュの噂を耳にしたのは、たぶん2年ほど前のことだと思う。実際にそのワインを口にしたのは1年前のこと。まるでムルソーのような肉厚なシャルドネに驚いた。「これって本当に日本のワインなの?」、と。
その後、『ヴィノテーク』2008年4月号で、ボー・ペイザージュの岡本英史さんは「独自の“自然観”を確立」した人物と紹介された。今では日本離れした自然派ワインを造る高評価ゆえに、“孤高の生産者”というイメージが付いて回っているように見える。いや、市場に出回ることがあまりに少ないその生産本数から、すでに伝説と言ってもよいかもしれない。
 

ボー・ペイザージュ/岡本 英史さん

だが、実際に会ってみて、これらのイメージはすべて誤解もしくは偏見であることが判明した。
まず感じたことは、岡本さんには「頑固」とか「自分の信念を貫く」という面もあるが、それ以前に、彼はシャイで自己主張が下手な「農民」であった。実際、ぼそぼそ語る言葉はよく聞こえなくて、畑で説明を受けた際も、すぐ横を通る耕作機の音にかき消されてしまうような、か細い声の持ち主であった。

岡本さんのワイン造りを聞いて、何より驚いたのは、SO2完全無添加の自然派ワインを生産していることだ。岡本さんは語る。

「畑でいかにブドウを強くするかがポイント。ブドウが強ければ酸化しないし、酸化しても美味しく飲めるような酸化の仕方をする。」
「ブドウが健全であれば、SO2は必要ない」と断言し、実際2003年以降、醸造時に一切SO2添加をしていないそうだ(LIB銘柄だけでなく、全銘柄)。しかも、2005年からは瓶詰時にもSO2添加を止めたという。

それだけではない。通常、ワインを仕込む際には、ブドウを除梗・破砕してからタンクに入れるが、この破砕作業を行っていないという。通常、除梗作業には除梗機を使用するが、ここでは手作業で除梗している。そして、プレスもほとんどせずに醗酵させる。醗酵は野生酵母に任せ、醗酵中の温度コントロールもしない。ここ5年ほど、醗酵は野生酵母に任せているが、この酵母が低温に強いらしく、近所のパン工場でもボー・ペイザージュに棲みつく酵母の醗酵力には驚いているらしい。

しかも、醸造においては、補糖も補酸も一切していないという。自分のイメージした味わいに近づけるための醸造は行わず、あくまで土地の表現としてのワイン、という立場だ。

「ワインはブドウが基本。ワインの8~9割はブドウで決まる。醸造でできることは少ない。」と語る岡本さんは、どうしてこの津金という土地でワインを造り始めたのだろう?

「15年くらい前に、1987年の桔梗ヶ原メルロを“凄い”と感じて、メルロに合う土地を探して津金に来ました。つまり、畑よりも先に品種があった。最初はメルロで始めて、試しにちょっとずつ植えた品種の内、シャルドネが良いことに気付きました。今はメルロがベストかどうか分からない。やってみないと分かんないところがあります。」

 
――津金の気候は、メルロを植えるのに適していたわけですね。

「いや、果樹試験場の偉い人たちからは、『こんな寒いとこでは無理』と言われたんですけど(笑)。当初、桔梗ヶ原に似た土地を探してたので、黒ぼく土で粘土質、リンゴが栽培されているような寒い土地を探しました。山梨中の市町村に問い合せたんですけど、まだ25、6歳の頃で、誰もそんな若僧相手にしてくれないんですよ。そんな中で、津金の役場だけは歓迎してくれました。縁があったのかもしれません。桔梗ヶ原の標高が700m、津金は800mですが、山梨の方が暖かいので(標高が高い方が良いと)、ここにしました。最初は無理かとも思ったのですが、勝沼の会社(注:フジッコワイナリー)にいた頃、苗木を3,000本くらい造っていて、後に引けない状況だったし、とりあえず始めました(笑)。」

 
――でも、今では超人気ワイン。畑仕事の手伝いにくる人も多いのでは?

「いや、ワイン好きの人はウチには来ない。ウチは特殊すぎるから。最近は農学部の学生が2人ほど来てますけど。」

 言われてみると、ここの畑のように除草を一切していないブドウ畑は、日本では珍しいかもしれない。畑仕事のほとんどは、虫を駆除する作業に追われているようだ。

「使用しているのは自然農薬だけ。日本でもオーガニックでできるということを証明したい。有機の認証はお金がかかりすぎるので考え中だけど、“有機”をウリにするつもりはない。」

 
――以前は米酢を畑に撒いたりしてましたよね?

「青森のリンゴ農家の木村さんが、酢だけを撒いて育てていると聞いて試してみましたが、今は止めました。2年くらいやってみても効果がよく分からなかったので。それは、酢が駄目というのではなくて、たぶん、技術とか経験が足りないから。」

畑でここまで説明を聞いてから、昨年(2008年)新築したばかりという醸造所に移動。建物には特に「BEAU PAYSAGE」の看板が出ているわけでもなく、一般の見学は受け入れていない。それでも人目を惹く総レンガ造りの建物は、随所に岡本さんのこだわりが感じられた。本物のレンガを組んで造ったという貯蔵室は壁を厚くしてあるので、当初、空調を入れるつもりはなかったそうだが、やはり夏場は温度が上がるため、仕方なく空調を入れたという。

「なるべく電力を使わないようにしています。でも、コルク打栓機だけは良いものを使っているので電気を使用しています。」

貯蔵庫には、熟成中のワインが樽の中で眠っていた。新樽比率は2~3割程度だというが、まるで新樽のように樽材の表面が白く美しい。聞けば、岡本さんが毎日樽の表面を磨いているからだという。小さいワイナリーならではの努力と言えよう。

「一日に仕込める量が少ないので、収穫時には毎日摘んで、毎日仕込みます。収穫の時期は遅くて、どちらかというと過熟気味。仕込みの際、選果している時間が長くて、朝から晩まで選果しています。一人あたり1日100kgしか選果できない。病気だから捨てるわけでもないし、他社の選果とは全く違います。」

岡本さんは、畑での「バンドエイドマネジメントはしない」と言う。つまり「一時しのぎの手当て」はしないブドウだけを使っている。例えば、グリーンハーベストはあまり行わないそうだ。なぜなら、それまでの選定や芽かきが上手く行っていれば、グリーンハーベストを行わなくても良いブドウができるからだという。このように畑ですでに選果されたブドウを、収穫時にさらに選りすぐっているという説明だから、ワインが美味しくなるのも理解できる。

「2006年から2007、2008と、収穫量が減った。ヴィンテージのせいかと思っていたが、気候の影響だと思う。メルロは低温に弱く、気候の影響を受けやすいので、6月が寒いと収量が減る。」と述べたが、生産本数は平均で年産8,000本程度とのこと。市場に出回らないのも道理だ。

 
それでも今年は久しぶりの豊作で、収量も増え、作柄も良いという。来春リリース予定のボー・ペイザージュのワインには要注目だ。

 
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