ほろ酔い倶楽部 - 6 - 山梨ワインツアー 1/3 〜 溝口 ジュン レポート 〜

(2010.01.14)

シャトー酒折訪問記

シャトー酒折の醸造責任者・井島正義さんは、悩んでいた。

良いブドウから良いワインが出来るのは分かっている。しかし、良いブドウというのは、ごく少量しか生産されない。シャトー酒折は1991年設立の中規模よりやや大きいワイナリーなので、醸造設備(醗酵タンク、貯蔵タンク等)もそれなりに規模が大きい。少量の良質なブドウだけを使った贅沢なワイン造りは出来ない。毎年農協から購入している大量のブドウを、大量のワインに仕上げなくてはならないのだ。当然、ワイン用に特別に造られたブドウではない。こうした普通のブドウから良いワインを造るにはどうしたら良いか?

いつも清潔に!

「ウチでは“クリーンなワイン造り”を目指すことにしました。これがウチの生命線です。」

と、語る井島さんの傍らには、金属製の大きな盥が2つ、床に置かれていた。よく見ると、いろんなホースやらジョウロやらが中に入っており、その横には醸造器具の部品らしきものが積まれている。そう、井島さんは、醸造設備を徹底的に清掃することから始めたのだ。クリーンなワインを造るためには、清潔な醸造設備が必要だと考えたからである。醸造設備の部品類は、一回使用するとすべて分解して、大盥に入れたアルカリ洗剤に浸す。こびりついている細胞(ブドウの細胞や、人間の手垢等)をすべて破壊するためだ。その後、水洗いをし、今度はクエン酸水溶液を入れた大盥に移し替える。これはアルカリ成分を中和するため。中和作業が終わると、また水洗いを行い、完全にクリーンになった時点で再度組み立てる。「1日の8~9割はこの作業の繰り返し」と、井島さんは語る。つまり、「“ワインを造る”のではなく、その素材を生かすのが仕事」だという。ワインのポテンシャルを引き出すのが、井島さんの役割だ。

「醸造ラインをきれいに洗浄すると、亜硫酸を減らすことができるんですよ。農協ブドウには、30ppm入れています。病気が多い時は、50ppm入れます。県の指導書には、搾汁機の中で腐敗を防ぐため、150ppm入れるようにと記載されているんですけど。亜硫酸が多いと、味わいに苦みが多くなるので、必要最小限にしています。」

と述べてから、井島さんは一通り醸造ラインの説明をしてくださった。

「収穫したブドウは、小箱に入れて醸造所に運ばれてきます。一つの小箱に10kgのブドウが入っています。搾汁機は5~8tで稼働させますが、最大10tまで動かせます。その場合は1,000箱ってことですね。」

「除梗破砕機の中にはローラーがついているんですけど、品種ごとにローラーの幅を変えています。例えば、甲州は幅を広めに取り、果実が傷つかないようにしています。あと、スキンコンタクトしたい時、つまりブドウの状態が良い時は、スキンコンタクトを長めに行いたいので、ローラー幅を狭くしてジュースがたくさん出るようにしています。逆に、ブドウの状態が悪い時は、除梗破砕を短時間で済ますため、ローラー幅を広げます。」

圧搾の方法も一辺倒ではない。例えばホールバンチ(除梗破砕せず、そのままプレス機に放り込む)の時は、最初きつめにプレスして、少しずつ弱めるという通常と逆の方法を採る(通常は、最初弱めにプレスして、少しずつ強く抽出する)。

「搾汁率は比較的高くて、甲州の場合、約80%。プレスをきつくすると苦み成分も抽出されてしまう懸念があるんですけど、ブドウの果皮と果肉の間には美味しい成分が最も多く含まれているから、あえてきつめにやっています。」

万一、果汁が苦くなりすぎてしまった時には、奥の手として、PVPPというポリフェノールを吸着する薬剤も使っているそうだ(ポリフェノールを吸着すると、苦みを除去することができるとのこと)。プレス後、1~3日静置し、デブルバージュ。フリーランジュースとプレスジュースをブレンドし、補糖を行い、酵母を添加して醗酵。醗酵期間は10~14日間。ちなみにプレス機は、1回プレスをする度に分解して洗浄しているという。「これがノウハウ」と、井島さんは平然と語るが、大変だろうと思う。

「醗酵の良し悪しは、香りで判断します。例えば、川の上流と下流を考えてもらうと分かると思います。川の下流のドロはヘドロ状で臭い匂いが発生しますが、これは硫化水素の香り。ワインも同じで、酵母の生育に問題があった時は硫化水素の香りが出ます。酵母にとって良い生育環境を整えるのが我々の仕事で、栄養が足りなければ栄養を与えるとか、温度コントロールをするとか、いろんな手を打ちます。」
 

タンクに入れられた甲州種のジュースは、バトナージュという滓の攪拌作業を週に1回行う。いわゆるシュール・リー製法だ。上澄み液にまで滓の味が行き渡ったと判断した時点で滓を取り除くのだそうだ。ちなみに、タンクに入っているワインが酸化しないよう、1日1回、ドライアイスを投入している。このドライアイスの製造法が興味深い。通常の業務用ドライアイスは不純物が混入しており、二酸化炭素の純度100%ではないらしい。しかし、医療用器具で、純度100%のドライアイスを得る器具があり、今ではその器具を使用し自分たちで製造している。これはNZの生産者ヴィラ・マリアから教わった製法とのことだが、単純にボンベの口をひねり、待つこと十数秒、自動的に二酸化炭素の塊ができあがった。白くて平たいまんじゅうのような形は、何かに似ていると思ったら、小学校のプールに投入されている消毒用塩素に形も大きさもそっくり。タンクの中に投げ入れ液面に浮かべると、泡を立てながら溶けていった。

 
ところで、シャトー酒折は、農協だけからブドウを購入しているのではない。実は、シャトー酒折の契約農家の中には、日本でも有数の栽培家、池川仁さんと萩原康弘さんという2名の優れた栽培家がいる。この2名から供出してもらったブドウは、それぞれマスカットベリーA樽熟成キュベ・イケガワと、kisvin koshuという特別限定醸造のワインとして販売されている。特に、萩原さんのkisvin koshuは、昨年初めて300本ほど生産されたが、今までの常識を覆す濃厚な甲州ワインで、今年は1,000本ほど出荷できそうだという。

「山梨県が他県より優れているのは、栽培農家がたくさんいることです。例えばシャルドネとかは、非常に花芽をつけやすいので、栽培している側は勘違いしやすい。『このブドウ、簡単だよね』、と。でも、実際には上手く育てることは難しい。日本のシャルドネの味わいが薄いのは、気候のせいではなくて、栽培が下手だから。本来、樹の植え方からして、違う。

ワイナリーの人間には、ヨーロッパの情報が比較的入ってくるので、『根が下に伸びるほど土中のミネラルを吸い上げるから良い』ということをそのまま信じて、昔は、30cmも地面を掘って苗木を植えていました。でも、日本ではそれは合わないのが分かってきたので、最近は10~15cmしか掘らないようにしました。日本の場合、水分が上にあるから、根が上に向かってしまったり、樹の横から根が生えて余計なエネルギーを使ったり、根の下の部分が根腐れをおこしたりする。ウチの契約農家の池川さんや萩原さんは、その辺の樹のバランスや根の働きを、本当によく考えている。」

醸造責任者・井島正義さん

たしかに、海外の栽培手法を、気候が違う日本でそのまま適用するのは無理があるのかもしれない。他にも、常識を覆す栽培法はある。例えば、海外のワイナリーで良質なワインを造るために行われているグリーンハーベストや芽かきは、一切やらないこと。前述の2人の栽培家によれば、雨が多い時期は水を吸わせるため、房を残しておくべきだという。そして、ブドウの樹が子孫を残す季節になって、初めて余計な房を落とすそうだ。

「そこまで聞いたときに、『ああ、これは敵わないな』と思いました。栽培のことは、プロの栽培家に任せて、ウチは醸造に専念しようと。ワイナリーでブドウを栽培するのは今後、止めて行くかも。」

なるほど、餅は餅屋ということか。やはり、最後は「良いワインは良いブドウから」という格言に戻るのかもしれない。でも、「普通のブドウを良いワインに」という井島さんの努力は、並大抵ではないことが、今回の訪問で得られた成果だった。

 
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筆者プロフィール

溝口 ジュン(みぞぐち・じゅん)

ワインライター

2006年頃より、主に日本ワインを中心に『ヴィノテーク』に記事を寄稿。本業は某メーカー系のサラリーマンで、総務系の業務という社内でも比較的ヒマな立場を逆手に取り、ここ10年ほどは規則正しく1日1本ワインを消費している。酸っぱいシャルドネが苦手で、白は甲州に限ると勝手に思い込んでいる。赤は何でも飲むが、特にボルドー系品種を好む。極度な人見知り癖と口下手コンプレックスのため、ワイン会でもアルコールが回るまでは黙していることが多い。だが、人と話ができないわけではないので、もし見かけたら、声を掛けてあげてください。