道田宣和のさすてーなモビリティ vol. 15“ビッグキャット”の咆哮ふたたび エスタブリッシュメント変身の理由。

(2014.08.13)
トーキョーモビリティ15。人とクルマと電車が交錯する鎗ヶ崎附近。
トーキョーモビリティ15。人とクルマと電車が交錯する鎗ヶ崎附近。
 
理想のパトロニッジ

半世紀前の受験時代が突如、ボクの脳裏に甦った。あれは“山川”の『世界史B』だっけ。“ゾロアスター教”と言えばたしかインダスとメソポタミア両文明の跡を受け、その狭間で興った古代ペルシャの国家的教義。と、そう思っていたのだが、いやいや千年の時空を超え、今やインド財界で重きを成すタタ一族の精神的支柱として現在もなお脈々と息衝いているらしい。

7月のひと月、日本経済新聞のコラム『私の履歴書』に連載されたタタ・グループの総帥、ラタン・タタ名誉会長が自ら綴った半生記には遠い昔にヒンドゥーやイスラムが盛んな異境に移り住んで以来、“パルシー”(ペルシャ)と呼ばれながら独自のコミュニティを築いてきた彼らならではの世界観や経営哲学が披露されていた。そうか、単なるインド資本、単なる企業買収じゃなかったんだ。

2008年、ともにイギリス有数の名門として知られたジャガーとランドローバーが紆余曲折を経てタタ・グループの100%傘下に納まった時、かつての被統治国に主従逆転された複雑な思いも絡んでか、その先行きには少なからぬ疑念が呈された。曰く、なによりノーブルを以て宗とするジャガーらしさが失われるのではないか、ひいては業績の行方にも響くのではないかと。けれども結果は逆で、全くの杞憂に終わったのはジャガーファンならずとも喜ばしい限りだ。

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タタの企業統治は「短期的な利益を求めない」、「カネは出してもクチは出さない」ため、望外のフリーハンドを与えられることになったJLR(ジャガー・ランドローバー)社内には自由闊達な雰囲気が横溢し、士気はかつてない高まりを見せているという。実際、ジャガー各車は近年、人も驚く大変身を遂げ、現実のマーケットでも昨2013年はJLR全体として対前年比19%増に相当する世界販売42.5万台を記録した。ボクがブラウンズレーン(コヴェントリー)の旧ジャガー本社やソリハルの旧ランドローバー本社を訪ねた1990年代初頭はそれぞれ単独で10万に遠く及ばぬ僅か数万台ずつだったことを思えばまさに今昔の感がある。

もっとも、その希少性こそが当時のオーナーにとっては「スノビズムの素」でもあったわけだが。因みに、ネイティブ流の発音は「ジャギュワ」に近く、彼らブリットはレースでの輝かしい戦績を称えて好んで“ビッグキャット”と呼ぶことも多い。

 
古い革袋に新しい酒

そうか、JAIA(日本自動車輸入組合)主催の「合同試乗会」(当コラムvol.13所載)ではいきなり説明もなしにジャガーの最新作、“Fタイプ”に乗ってあまりの変貌振りに戸惑いを隠せなかったボクだが、今回JLRジャパン自身が開いたRJC向けの試乗会では同じFタイプでも複数のモデルを乗り比べることができただけでなく、その開発背景についてもじっくりと話を聞くことができ、ジャガーが文字通り「豹変」したワケが少しは分かるようになった。

これぞ2シーター・ジャガーのリアビュー。「素」の“Fタイプ・クーペ”。エンジンを停止しない限りロックしても写真のように“デプロイヤブル”(展開式)ドアハンドルが表面から飛び出たまま。ハッチゲート下のスポイラーも“デプロイヤブル”で、高速になると自動的に浮き上がるのはポルシェなどと同じだ。
これぞ2シーター・ジャガーのリアビュー。「素」の“Fタイプ・クーペ”。エンジンを停止しない限りロックしても写真のように“デプロイヤブル”(展開式)ドアハンドルが表面から飛び出たまま。ハッチゲート下のスポイラーも“デプロイヤブル”で、高速になると自動的に浮き上がるのはポルシェなどと同じだ。

プロダクト担当のマーケティングマネジャー氏曰く、「これまでのジャガーは(イメージが)あまりにクラシックカー的だった。もちろん、それなりに固定ファンはいたが、あのままでは新規の顧客が取り込めないでいた」とのこと。それはそうかもしれない。戦前の名車、“SS100”はさて措き、戦後のルマン(24時間レース)を次々制した“Cタイプ”や“Dタイプ”さえ知らない若者にとってはジャガーが単なる「金持ちオヤジの退屈なクルマ」と映っても不思議はなく、いくら我々がノーブルだ、オーセンティックだと囃し立てても暖簾に腕押しだったに違いない。伝統的な高級車として名声が高まれば高まるほど、逆に若者離れするのは世の常で、一時期オーナーの平均年齢が60歳代後半に達していたキャデラックが長いブランクを経てルマンに再挑戦したり、メルセデスが過去のモータースポーツを巡る大惨事からそれまでタブー視されていたF1界に復帰し、大いに存在感を増しているのは周知の通りである。

けれども、時代はガラッと変わった。今や高所得者=年配層とは限らず、特に主要市場のアメリカや伸長著しい新興国のマーケットではIT業界を中心に若手のニューリッチが急増している。そう考えると、伝家の宝刀のようなデザインアイコンをかなぐり捨ててまで彼らに訴えようとした名手、イアン・カラム主導の新しい造形も理解できようというもの。それにデザインなるもの、目にする機会が多くなればなるほど次第に馴染んで行くのは、ちょうどレーシングカーの世界で最初は醜悪な形に見えても次第に「速いものは美しい」が正義になるのと同じだ。

スポイラーはボディでなく、ハッチに付く。
スポイラーはボディでなく、ハッチに付く。
屋根が付いただけなのにグッとジャガーらしくなったFタイプ。
屋根が付いただけなのにグッとジャガーらしくなったFタイプ。
V8クーペがベスト

JLRジャパンがわざわざこの時期に独自の試乗会を設けたのは当初コンバーティブル(オープン)だけだったFタイプにその後fhc(フィクスト・ヘッド・クーペ)、つまり固定屋根式が追加されたからである。スポーツカーと言えばともすると見た目が派手なオープンモデルに目を奪われがちだが、本当はクーペの方がはるかに好ましい。屋根がないとその分、車体の剛性(強靭さ)が低下してスポーツカーが身上とする正確無比なステアリング操作が多少なりとも損なわれがちだが、この場合もクーペの剛性はコンバーティブルの実に80%増しという歴然たる差があるのだ。ジャガーの上級車種は現在、総アルミニウム製の高度なボディづくりを特徴とする。

実際、今回の“Rクーペ”はJAIAの時に乗った“V8 Sコンバーティブル”とは別物に思えるほどクルマ全体がダイレクト感に包まれ、シャキッとしている。しかも、厳密に言えば同じ5ℓスーパーチャージャー付きV8エンジンでもR用はS用より55PSもパワフルなハイチューン型。クーペだけにRが用意されるのも、最高出力550PS、最大トルク680Nmに上る猛烈なパワーを確と受け止めるにはなにより「ガタイ」の頑健さが必須だからにほかならない。

 2+2クーペ/コンバーティブルのXKシリーズが見当たらなかったほかは主要なラインナップが勢揃いした会場の駐車場。左手前から時計回りにXFサルーン、XJサルーン(2台)、Fタイプ・コンバーティブル(2台)とFタイプの真っ赤なRクーペ。

2+2クーペ/コンバーティブルのXKシリーズが見当たらなかったほかは主要なラインナップが勢揃いした会場の駐車場。左手前から時計回りにXFサルーン、XJサルーン(2台)、Fタイプ・コンバーティブル(2台)とFタイプの真っ赤なRクーペ。

こうなると「今風すぎてジャガーらしくない」と評した半年前の持論を撤回、小径/極太のステアリングホイールなども「進歩のための進歩」として素直に受け容れられるようになった自分がいた。スタイリング自体も個人的には、現代ロードスターの一典型ではあるもののそれ以下でもそれ以上でもないコンバーティブルよりクーペの方が断然魅力的に映る。単に屋根が付いただけでなく、緩やかにスロープを描いて下半身と一体化する、そのリアビューにジャガーならではの明白なアイデンティティが認められるからである。ハッチゲート付きの純粋な2シーターポーツという、当時唯一無二のアイデアを誇った’60年代の名車、“Eタイプ”を彷彿とさせるのは言うまでもない。

クーペが「ニュース」なら「普及型」のV6モデル(それでも8%の消費税込みで823万円以上はする。V8はクーペ/コンバーティブルともに1286万円)もボクにとっては初のお手合わせとなったが、こうして直接乗り比べると当たり前だがV8の方がより洗練されているのは確かである。V6も3ℓスーパーチャージャー付きで340PSないし380PSとパワーは充分どころか一驚に値するほどだが、エンジンと8AT(オートマチックトランスミッション:両車に共通)を含めた駆動系全体のスムーズさはやはり一段上と言うしかなく、値段だけのことはあるからだ。エンジン自体はタタの前までそのグループの一員だったフォードにジャガー独自の図面を渡した上で委託生産されている。

白いXJRの煌びやかなインテリア。ステアリングパッド中央でリープする“ジャガー”を唯一残してすべてが一新されたが、泰然自若たる「風景」の本質は変わらないように思う。なによりも全長5135×全幅1905×全高1455mmという堂々たるサイズあってのことに違いない。
白いXJRの煌びやかなインテリア。ステアリングパッド中央でリープする“ジャガー”を唯一残してすべてが一新されたが、泰然自若たる「風景」の本質は変わらないように思う。なによりも全長5135×全幅1905×全高1455mmという堂々たるサイズあってのことに違いない。

ついでに、特別新しくはないがせっかくの機会だからと会場に轡を並べていたXJサルーン(XJR=V8・550PS/1743万円)も改めて試してみた。すると、走行距離5900kmでそろそろ「脂が乗り始めた」頃とあってか、これが実にイイのである。粛々とマイルドに、それでいていざとなれば猛然とダッシュしてみせる様はまさに 大人(たいじん)の風格。そんな走りの好印象も手伝ってか、デビュー当初戸惑いを覚えたドラスティックな変身振りも今やなかなかのものと思えてきたから人間って勝手だ。かつてのジャガーサルーンとはまるで手法が異なるものの、たおやかな裾を引きながらテールへとたなびくリアセクションのニュアンスは(Mk10を筆頭とした)ジャガーのみならずロールス・ロイス・シルバークラウド等々、戦後のイギリス製豪華大型サルーンに共通だった「流麗さ」の新解釈に違いない
と、腑に落ちた。

あのジャガーさえこれだけ変革する−−なんだか、このところすっかり分別臭くなった自分自身に突きつけられた問い掛けのようにも感じる今日この頃である。