いま、なぜ、ドラえもんなのか?映画、広告、アメリカ上陸
「ドラえもん」のビジネス戦略

(2014.10.31)

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今年はドラえもんの大当たりの年だった。初の3D映画『STAND BY ME ドラえもん』は、大人たちが劇場へ詰めかけ、これまでのドラえもん映画の倍の79億円の興行収入を上げる大ヒット。映画にあわせて、TOYOTAの他、TOTOや富士ゼロックス、ニコンなどとの広告タイアップ、サークルKサンクスでのキャンペーン。話題のビジネスビル、虎ノ門ヒルズには「トラのもん」なるキャラクターが登場。いまや「子ども向け昭和なアニメ」のイメージを大きく覆す八面六臂の活躍である。さらに、今夏は、アメリカにもついに上陸を果たし、米国版アニメ「Doraemon」のテレビ放送がスタート。のび太ならぬ「Noby」がアメリカのお茶の間に登場した。ドラえもんの快進撃はいかにして実現したのか。ドラえもんのビジネス戦略を手がける藤子・F・不二雄プロの篠田芳彦常務取締役に聞いた。

 
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篠田芳彦(しのだよしひこ)

藤子・F・不二雄プロ、常務取締役。広告代理店でアニメなどコンテンツ事業を担当した後、現職。長くアジア地域に駐在し、テレビ局創設期に日本のアニメ番組を販売し、日本のアニメをアジア地域に浸透させた。

 
ドラえもん生誕100年前祭と作者の生誕80年
— 映画『STAND BY ME ドラえもん』(以下『STAND BY ME』)が大ヒット、各社の大規模な広告タイアップやアメリカのアニメ放送も話題になりました。この夏の「ドラえもん」は過去にない大きな展開に見えたのですが、長年の戦略がつながったということでしょうか?

篠田 それが違うのです。バラバラにそれぞれのことをやっていたら、勝手に繋がって行ったという感じです。『STAND BY ME』については4年も前から準備を始めていましたし。

もともと、ここ数年がドラえもんにとって節目となる年ではあったのです。2年前の2012年9月3日は、ドラえもんが誕生するちょうど100年前だったのです。日本国内でも様々な企画が検討されていましたが、まず、香港のハーバーシティで「ドラえもん誕生100年前祭」として、ドラえもん100体イベントがスタートしました。このイベントは香港を皮切りに台湾、上海、北京、大連など中国各地を回り、さらにマレーシアでも開かれました。台湾では3箇所でやって合計170万人もの来場者があったわけです。しかも子どもではなくて大人たちが大勢見に来たのです。

— アジアでのドラえもんの人気は世代を超えているということですね?

篠田 もう30年以上もテレビで放送していますからね。アジアでは台湾が一番最初に『ドラえもん』のアニメのテレビ放送を始めたようです。というのも、日本の電波が台湾や韓国で受信できてしまったらしく、1980年代初頭から『ドラえもん』のアニメが見られていたのです。その後、香港も含めて正式に契約をし、90年にはCCTV(中国中央電視台)とも契約を交わして中国での放送も始まりました。

— 中国でもドラえもん人気は高いのですか?

篠田 人気がありますよ。中国では、オールカラーの電子マンガ出版も始まっています。

台湾では、4つしかない地上波のうちのひとつ、CTSという局で『ドラえもん』の放送をやっていますが、その局ではドラマやニュースなどすべての番組中で、最も視聴率が高いのが『ドラえもん』なんです。何十年もいちども休まずに放送をしています。

そういうわけで80年代からテレビで放送していますから、台湾をはじめ、アジア各国のドラえもんファンは3世代くらいにまたがっているんです。だから香港での100体イベントにも大人たちが大勢やって来たし、大人向けの商品も日本以上に充実していました。

香港のドラえもん100体イベント 
香港のドラえもん100体イベント
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台北のドラえもん100体イベント
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北京のドラえもん100体イベント
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東京タワーで行われた藤子・F・不二雄展
 
ドラえもん」はすべての大人たちの
頭のデフォルトの中に組み込まれている

— 日本でも誕生100年前にちなんだイベントはあったのでしょうか?

篠田 日本側から動いたものはありませんが、アジアを回った100体を持って来て、小田急・新宿駅と小田急・桃源台駅に置きました。今年の夏にはテレビ朝日のサマーステーションで、六本木ヒルズの66プラザに66体のドラえもんが並びました。さらに2013年夏に、東京タワーで『藤子・F・不二雄展』を開催しました。いまはこの『藤子・F・不二雄展』が日本全国を巡回中です。

2013年12月1日が、作者である藤子・F・不二雄の生誕80年なのです。そこで「生誕80周年」として、様々な仕掛けをしていきたいと考えての企画でした。また、今年開館3周年になる川崎市藤子・F・不二雄ミュージアムも150万人目のお客様を迎えました。藤子ミュージアムも大きな役割をはたしたと思います。さらに、そのひとつとして、恒例の春休みの長編冒険映画があり、さらに今年は夏に大きな映画『STAND BY ME』があったわけです。

— やはり、それぞれの企画が有機的につながっているように見えます。

篠田 とはいえ、冒頭に述べたように、これらはたまたまつながっていったに過ぎない。こちらから能動的に働きかけて動かしたのではなくて、自然発生的に動きが起こったのです。これが皆さんに愛されるドラえもんらしいと思います。

TOYOTAの『ドラえもん』タイアップ広告も映画『STAND BY ME』も、シンガタという広告制作会社の佐々木宏氏が手がけたのですが、もともと彼が大のドラえもん好きでした。さらに、この『STAND BY ME』という映画は『ALWAYS三丁目の夕日』で有名な山崎貴監督の方から「この企画をやりたい」と、企画を持ってきたのです。それを読んで「いい話にしたなあ」と、思いました。

つまり、マンガの7話をベースに、『ドラえもん』という物語の骨子を山崎監督は新たに作り上げた。なぜドラえもんがのび太のところへ来たのか。なぜ、のび太とずっと一緒にいるのか。なぜ、一度帰ったのに戻って来たのか。いってみれば、山崎監督は『ドラえもん』に新たな改革を起こしたマルチン・ルターみたいな人ですよ。

TOYOTAのタイアップ広告を手がけたシンガタの佐々木さんにしても、もとは電通の人ですから、ADKが扱っているドラえもんよりも、もっと使いやすい他のキャラクターを使えば良かったはずです。でも佐々木さんはドラえもんが好きだから、やっぱりドラえもんで、となった。

佐々木さんも山崎さんも、(これをやったら当たるぞ)という意識よりも、(これをやったら面白いな)とか、(実はドラえもんってこういうことなんじゃないか)と昔から考えていたことの延長として動いた部分が大きいと思う。

つまり、我々の頭のデフォルトの中にドラえもんがすでに入っているのです。潜在意識の中に入っているから、山崎監督がやりたいと動き、シンガタの佐々木さんも動いていった。そして(映画を)作ってみたら、これは子ども向けというよりも大人に向けた作品ではないか、という話になった。そこで、今回の『STAND BY ME』のキャッチフレーズは「すべての子ども経験者のみなさんへ」となったわけです。

「子ども経験者」ということは「子ども」は卒業したけれど、「ドラえもん」は卒業していない、という事実を表しているのです。つまり、国民性というものがどうやっても拭えないのと同様に、ドラえもんというのも、子どもを経験したすべての人たちの頭の中から取り去れないものとして存在しているのだろう、ということです。

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映画『STAND BY ME ドラえもん』の新聞広告。大人のコメントだけで構成されている 
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『STAND BY ME ドラえもん』から
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『STAND BY ME ドラえもん』から
 
実際のターゲット層と関係者がこれまで
考えていたターゲット層とのズレが明確化

— 確かに『STAND BY ME』は、年齢高めの客層が動きました。

篠田 いままで、春の映画もずっと観ていたという大人たちが「これまでは一人で行くのが恥ずかしいから親戚の子どもなどを連れて観に行っていたけれど、今回の『STAND BY ME』は初めてひとりで観に行けた」というような声が多かったのです。大人がひとりで観に行って、感動して泣いているという現象がありました。

つまり、潜在的にドラえもんのファンは大人たちの中にいたのに、これまでは作り手の側が「子どものものだろう」という認識しか持っていなかったのだと思う。だから香港の100体イベントに大人が大勢やって来てキャラクター商品を買っているという現実に驚くわけです。

つまり、実際のターゲット層とドラえもん関係者の考えていたターゲットがずれていたのだと思います。ドラえもん関係者たちは大人向けという認識がないから、『STAND BY ME』を夏に公開するということに対しても「春の長編映画をやって、夏にまたやってどうするのか。共倒れになるんじゃないのか」と心配していました。

— ところが、映画は大ヒットしました。

篠田 今現在で興行収入79億円ですからね。通常の春の長編映画が30〜45億とか、決して悪い数字ではないけれども、そこから伸びない、いわば「高値安定」していた状態だったのに比べて、倍以上の数字を出しました。今年トップクラスの興行収入ということは間違いありません。

広告でもトヨタの豊田章男社長、黒柳徹子さん、樹木希林さん、秋元康さん、小山薫堂さんらがコメントを寄せています。通常ならば、ここに一人でも子どものタレントのコメントを入れるはずですが、一人も入れていません。まさに「子ども経験者」たちなのです。

— タイアップ広告もTOTO、ニコン、ジャパン ゲートウェイ、富士ゼロックスなど華々しく露出しました。

篠田 富士ゼロックスはB to Bのクラウドのようなもので、企業が自社でできない製品を作る時に、ほかの企業に問い合わせできるというクラウドを使って、ドラえもんのひみつ道具づくりに挑戦するという「四次元ポケットプロジェクト」をやっています。実際に、形だけでなく機能も現実化している道具です。1つめが「セルフ将棋」で、いまは第2弾として「望遠メガフォン」を製作しました。

あるいは、会計ソフトのPCAとのタイアップも結構大きな宣伝広告になりましたね。朝日新聞では、朝刊紙面にプロポースを掲載する企画を募集しましたし、キャラクター商品も、BEAMSで作ったTシャツからサダマツのエンゲージリングまで、大人をターゲットにした商品が多数出ました。

 
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連合広告(朝日新聞掲載) 
 
ドラえもんはいまや
子どもだけでなく全世代のものに

— これまでターゲットとしていた子どもへの届き方はどうなのでしょうか?

篠田 春のドラえもんは常にコンスタントに30億円以上の興行収入を上げているし、昨年で映画の観客が1億人を突破しましたし、来年は春の長編映画が始まってから35周年になります。テレビの視聴率も常に8〜10%はありますから、ある程度安定している状態とはいえるのですが、実態として商品が動いているかというビジネスの部分になると、少し様相が違ってきます。

ある文具メーカーでは、ドラえもんも含めてたくさんのキャラクターの商品を出しているのですが、他のキャラクター商品の方が圧倒的に多い。ただ、文具セットなどの高額商品はドラえもんが結構売れるといいます。なぜかというと、おじいさんおばあさんが孫に買うからです。高齢者にとって、マンガのキャラクターといえばドラえもんがいいだろう、ということで購入するのです。

とはいえ、親たちもドラえもんで育っているので、ドラえもんのことは気になっている。だから春になると「ドラえもん(の映画に)行かなくちゃ」という気持ちになって劇場に足を運んでくれるのだと思いますね。

この今までのターゲットに加えて、今回の『STAND BY ME』で足を運んでくれた客層を、今後いかにしていくべきか。来年は春の長編映画35周年ということもありますから、いろいろと展開を考えているところです。

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アメリカで放送されているアニメのアイコン画像
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アメリカ版ドラえもんはピザを食べる 
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アメリカ版アニメでは、箸はフォークに描き変えられている
 
世界の「子ども経験者」たちの思いが、
ひとつの大きな流れになって発展していくドラえもんらしさ

— さらに今年は、ついにアメリカでテレビアニメの放送が始まりました。アメリカでこれまで放送されなかったことが不思議に思えますが。

篠田 アメリカはなかなか『ドラえもん』を買ってくれなかったのです。テレビアニメの『ドラえもん』は、アメリカの代表的アニメ『パワーパフガールズ』より前から日本やアジア各国で放送が始まっていて、日本のアニメが注目を集めるようになる頃には、すでに有名コンテンツとして存在していました。けれども、その当時の日本アニメというものに対する期待感は、より暴力的であったり、もっとオタク的でニッチな感じのものに向けられていました。『ドラゴンボール』がはやり、続いて『ポケモン』などがゲームとともに人気を集めていた時代です。

一方の『ドラえもん』は、どちらかというとミッキーマウスやクッキーモンスター的な、言うなればカートゥーンに近い位置づけだったのです。いわゆる、コンテンツ自体のよさで売る商品だったのですが、そうであるならば、アメリカはディズニーというその世界の御本家であり、『ドラえもん』を受け入れるまでにはそれなりの時間が必要だったということだろうと思います。最終的には、男の子向けコンテンツの多いディズニーXDという局がドラえもんを買い、今年の7月から放送が始まりました。

箸をフォークにしたり、のび太をノビーに、しずかちゃんをスー、ジャイアンをビッグ・ジー、スネ夫をスニーチと、それぞれの名前も変えました。アメリカのアニメは男の子であっても上半身の裸ですらNGなので、Tシャツを上に書き加えたりして作品をローカライズしていきました。

— さらに今年は、虎ノ門ヒルズにも「トラのもん」という新たなキャラクターが登場しました。

篠田 「トラのもん」『STAND BY ME』アメリカ初上陸、どれも別々に動いていた企画でした。世界の「こども経験者」たちの思いが、藤子・F・不二雄の生誕80年のこの時期に成熟し、花開きました。こうした個々の思いが集まって、ひとつの大きな流れになったのです。ドラえもんはこういった流れが自然にできる作品なのです。今後も、この流れを大切にしながら、新たな展開につなげて行きたいと画策中です。

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虎ノ門ヒルズのキャラクター、ネコ型ビジネスロボット「トラのもん」 © 藤子プロ 
© 森ビル
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2015年春公開予定。『映画ドラえもん のび太の宇宙英雄記(スペースヒーローズ)』 
© 藤子プロ © 2014「STAND BY ME ドラえもん」製作委員会 © FUJIKO PRO © 森ビル
© 藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2015