ウディ・アレン監督最新作『ブルージャスミン』香しい「虚栄心という名の花」が朽ち果てるまで。

(2014.05.10)
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『ブルージャスミン』Photograph by Merrick Morton © 2013 Gravier Productions, Inc.

2014年5月10日より全国順次公開中のウディ・アレン監督最新作『ブルージャスミン』。ウディ作品というのはもちろん、ケイト・ブランシェットが第86回のアカデミー賞主演女優賞を獲得したほか、世界のあらゆる映画祭で受賞数とノミネートを合わせると、約80もの栄誉に輝き、観る前から否が応でも期待値が上がります。ウディ・アレン監督作44本目にして、歴代5位を記録した本作。ウディが初めてアメリカ西海岸を舞台に撮影したのは、意外にもシリアスな人間ドラマでした。

誰もが羨むセレブリティライフを送っていたジャスミン・フレンチが、夫の犯罪と自殺、そして息子の家出を機に、絵に描いたような転落人生に身を辿っていく様を、ウディ節全開のシニカルな会話の応酬とともに露呈していく……という、かなり痛々しい展開に、思わず眼を背けたくなる瞬間があります。しかし、そこはさすがの手練手管で、まんまとジャスミンの行く末が気になって仕方がなくなること請け合いです。

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NYでセレブリティの花として夢のようにリッチな毎日を送ってきたジャスミン・フレンチ(ケイト・ブランシェット)は結婚生活が破綻。Photograph by Jessica Miglio © 2013 Gravier Productions, Inc.
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すっからかんのジャスミンは西海岸に住む妹ジンジャー(サリー・ホーキンス)の元に身を寄せる。Photograph by Merrick Morton © 2013 Gravier Productions, Inc.
まばゆいほどの高級ブランドと、
ジーナを彷彿とさせるケイトの鬼気迫る演技。

シャネルのジャケットを羽織り、エルメスのスカーフを結んだヴィトンのバッグを提げて、サンフランシスコの空港に颯爽と降りたつジャスミン。裕福そうなご婦人と親しげに会話しているように見えたものの、次第にジャスミンが自慢話を声高に話していただけだということがわかり、一気に雲行きが怪しくなります。


たまに宙を見つめたままフリーズしてしまうジャスミンは、明らかに精神のバランスを欠いていて、観るものを不安に陥れます。それはまるで、ジョン・カサヴェテス監督の『壊れゆく女』や『オープニング・ナイト』で狂気の淵をさまようジーナ・ローランズ演じる主人公のよう、と言ったらイメージしやすいでしょうか。


自身のプライドを守るために、ついつい嘘の上塗りをしてしまうジャスミン。どうせ嘘をつくならとことん嘘をつきとおせばいいものを、ワキの甘さでドツボにハマってしまう彼女のことが、段々いたたまれなくなるのは、きっと私だけではないはず。しかもこの「ジャスミン」という名前さえ、「本名のジャネットでは平凡だから」という理由で偽装しているというのだから、筋金入りの自己陶酔型であることは間違いありません


ところどころ、回想シーンとして挿入される、かつての贅の限りを尽くしたジャスミンの暮らしぶりや、血の繋がらない妹との間に立ちはだかる根本的な価値観の違いなど、悲惨な物語であるにも関わらず、見所、笑い所が随所にあふれています。

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ジャスミンはとあるパーティで、エリート外交官のドワイト(ピーター・サースガード)と出会い、上流階級へ復帰の夢をふくらませる。Photograph by Merrick Morton © 2013 Gravier Productions, Inc.



「虚栄心という名の花」しか咲かすことが出来ない
人間の性と哀しみ。

「身から出たさび」ということわざを体現するかのように、夢破れて、濡れ髪で街をさまよい、虚空を見つめる中年女の姿は、時空を超えてサンフランシスコの街角に迷い込んでしまった、日本古来の幽霊のようでもあり、果ては、現代を生きるすべての人間と紙一重のリアルな姿でもあります。


「虚栄という名の花」しか咲かすことが出来なかったジャスミンが、自ら手放した等身大の「ジャネット」のまま生きる術を、果たして取り戻すことが出来るのか。プライドの高さをアイデンティティとして生きる人には、非常に身につまされる映画です。

『ブルージャスミン』
新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ、
シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー公開中

出演:ケイト・ブランシェット、サリー・ホーキンス、アレック・ボールドウィ、ピーター・サースガード
監督、脚本:ウディ・アレン
撮影:ハビエル・アギーレサロベ
美術:サント・ロカスト
衣装デザイン:スージー・ベンジンガー
編集:アリサ・レプセルター
製作:レッティ・アロンソン、スティーヴン・テネンバウム、エドワード・ウォルソン
共同製作:ヘレン・ロビン
製作総指揮:リロイ・シェクター、アダム・B・スターン
共同製作総指揮:ジャック・ロリンズ
字幕:石田泰子
第86回アカデミー賞 主演女優賞受賞、脚本賞、助演女優賞ノミネート
ゴールデン・グローブ賞ドラマ部門 主演女優賞受賞
2013年 / アメリカ / 1時間38分 / 英語 
提供:KADOKAWA、ロングライド
配給:ロングライド 
© 2013 Gravier Productions, Inc.

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Photograph by Merrick Morton © 2013 Gravier Productions, Inc.