父を失った家族の成長物語『パパの木』ジュリー・ベルトゥチェリ監督
インタビュー。

(2013.05.31)

6月1日(土)公開の映画『パパの木』は、美しいオーストラリアの風景の中で愛する人を失った家族の再生を描いた作品です。シャルロット・ゲンズブールが繊細、しかし愛情に溢れた母親ドーンを、オーストラリアでこの役に選ばれたモルガナ・デイヴィスちゃんが8歳の少女シモーンを演じています。ジュリー・ベルトゥチェリ監督に『パパの木』について、大好きな映画のお話をうかがいました。

●『パパの木』ストーリー

オーストラリアの大自然の中、庭に大きなイチジクの 木が立つ家で、ドーン(シャルロット・ゲンズブール)とピーター(マートン・ソーカス)は4人の子供たちと共に幸せに暮らしていた。ところがある日、ピータ ーが仕事からの帰りに心臓発作を起こし死んでしまう。最愛の夫を亡くしたドーンは、喪失感から、子供たちの世話どころか日常生活もままならない。8歳の少女シモーン(モルガナ・デイヴィス)は死の意味が理解できず父が死んだ時にぶつかった庭の木にパパがいると、木とおしゃべりを始める……。

●ジュリー・ベルトゥチェリ プロフィール

Julie Bertucelli 映画監督。1968年フランス生まれ。クシシュトフ・キシェロフスキ、ベルトラン・タヴェルニエ、オタール・ イオセリアーニ、リティー・パニュ、エマニュエル・ファンキエルらの助監督を務めた。ドキュメンタリー作品をいくつか撮っている。長編劇映画デビュー作は脚本も手がけた『やさしい嘘』。2004年カンヌ国際映画祭の国際批評家週間でグランプリ、セザール賞最優秀作品賞を受賞。『パパの木』は長編第2作目。


ジュリー・ベルトゥチェリ監督。©2013 by Peter Brune
シモーン役 モルガナ・デイヴィスはじめ
可愛らしさいっぱいの子供の描き方。

==父を亡くした8歳の少女、主人公のシモーン役のモルガナ・デイヴィスちゃんの愛らしさが際立っています。

J・ベルトゥチェリ監督:娘役を見つけるのは難しかったです。でもモルガナと会った時、「この子だ」と思いました。監督にとってキャスティングの重要さは作品の3/4を占めると思います。特に子供の配役は。

==シモーンだけでなくその兄弟や近所の友達の子供の描き方も可愛らしくて印象的でした。何か特に面白いことをしているわけではないのにユーモラスな雰囲気が伝わります。これらはご自身の子育ての体験が反映されているのでしょうか。また監督は映画の中のシモーンの母、シャルロット・ゲンズブール演じるドーンのように最愛の人を亡くされています、このことも大きく作品に影響していますか?


ドーンとピーター、そして4人の子供たち。幸せに暮らしていた家族に突然の不幸がふりかかる。8歳の少女シモーン(モルガナ・デイヴィス)は、父であるピーターの死の意味がわからない。

J・ベルトゥチェリ監督:実際に娘がふたりと息子がひとりいます。子供のシーンはシナリオにも書かれていましたが、撮影現場で予定していなかったシーンを即興的に撮影したりしました。

脚本を書き始めたころ、夫が病気になったのですが、その時はまさか亡くなるとは思っていませんでした。原作本からどのように映画の物語を発展させるかということを考えていましたが夫の死で突然、この物語が身近なものになってしまった。夫の死は辛すぎ、しばらくは脚本を書くのをやめてしまいました。そんなある時、ベッド でまどろんでいるときに、映画の中でドーンに起こったように、何か光が射すのを感じたんです。 それに映画のヒントを得ました。この時のことがうまく表現できているとよいのですが。


父親が死んだ時にぶつかった庭の木にパパがいると、木とおしゃべりを始めるシモーン。
愛する人の死を
どのように乗り越えるか。

==原作はオーストラリアのジュディ・パスコーのベストセラー小説『パパの木』ですね。この原作の特にどのようなところに惹かれましたのでしょうか?

J・ベルトゥチェリ監督:当初はイタリアの作家イタロ・カルヴィーノの『木のぼり男爵』を映画化したいと考えていました。でもその話が流れてしまって木に関する物語を探していた時に従兄弟がこのジュディ・パスコーの『パパの木』をプレゼントしてくれました。木についての描写が素晴らしかったのと、悲しみを乗り越えていく家族のあり方、家族の関係、母と娘の関係、空想の世界を経ていろいろなものをクリエイトしていく力……この本の中に出てくる様々なテーマが私に映画化したいと思わせたのだと思います。

==監督の前作『やさしい嘘』でも、家族の死が取り上げられていました。息子を失った母に、娘と孫がどのように死を伝えるか試行錯誤というような内容でした。死、そして残された女性のドラマというのが監督の作品作りにおいて、大きなテーマのように思えます。

J・ベルトゥチェリ監督:確かに言われてみるとそうですね(笑)。同じような作品が繰り返されたかもですが、もう3本目はやりません。

ふたつの作品について言えば、主人公は男性、息子です。ただ彼らを見る女性の目線が軸となってストーリーを展開させている。ふたつを比較すると、死と女性、と括れるかもしれませんが、この2本は異なる視点で描かれています。


残された家族を大きな愛で守るように佇むパパの木。しかし大きな嵐がやってきて、家族にどちらかの道を選べと決断を迫る。
映画監督の父の影響を受け、
映画の道に。

==人間が愛おしく、ユーモラスな感じは監督が助手をつとめていたというオタール・イオセリアーニ監督の影響を感じました。映画監督を志したきっかけを教えてください。

J・ベルトゥチェリ監督:小さい時から映画大好きでした。父が映画監督だったことも影響があると思います。子供の私にとって父の仕事場であった映画の撮影現場というのは、雰囲気を含めてすべてが夢のようなところであったし、とても強く印象に残りました。

映画というのは大きな自己表現の手段であると考え、タヴェルニエ、オタール・ イオセリアーニ、カンボジアのリティー・パニュの助手として長く仕事をしました。その後ドキュメンタリーの世界へ入りました。そこで世界を観る目が大きく変化したと思います。自分でカメラを覗くようになってフレーミングなども自分でするようになりました。


最愛の夫を亡くしたドーン(シャルロット・ゲンズブール)は、喪失感から虚脱状態に。木にパパ がいるというシモーンのいうことに心を動かされ、落ち着きを取り戻していく。

 
 

影響を受けた映画は
これまで見た作品すべて。

==尊敬している監督、好きな作品などは?

J・ベルトゥチェリ監督:映画をはじめるきっかけは人それぞれ、またそれを勉強する方法も人それぞれだと思います。

子供の頃から映画館に通って週に3〜4本は映画を観ていました。テレビでも映画をたくさん観ていました。観た映画すべての監督さんたちから影響を受けていると思います。

自分で作品を撮る時には、むしろそういう作品たちから影響を貰わないようにシャットダウンして、あえてそちらを見ないようにします。彼らを意識することが逆に自分を拘束するような感じは避けたい。それよりも彼らがもたらしてくれた自分に蓄積されたものを信頼します。

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J・ベルトゥチェリ監督:好きな映画監督……、うーん、難しいですね。……2〜3人だけ挙げるのはムリです……。

まず父であるジャン=ルイ・ベルトゥチェリ監督。ジャン・ビゴ賞受賞作品『Les Remparts d’Argile』(’71)が好きです。彼の最初の長編でセリフはほとんどなし。チュニジアで女性が恋人と別れるになって閉じこもる作品です。私が小さい時に作られたものですが、あとで大きくなってから自分で撮るようになってから観て、とても印象的でした。私の『やさしい嘘』も主人公が故郷から離れて行く話です。ちょっと似たものあるのかもと思いました。

テレンス・マリックの『天国の日々』(’78)も好きですね。特に自然との関係が描かれた初期のものが好きです。彼はカメラの使い方、素材の持っている美しさをひき出すのがとても上手。

それからイタリアのルイジ・コメンチー二監督の『天使の詩』(’66)。お母さんが亡くなったあと、小さい男の子のことをまわりのみんなは心配しているけど、本当はそのお兄ちゃんの方が深く傷ついているというお話。本当に泣かせる映画です。観るたびに泣いてしまいます。子供の時から何回も繰りかえして観て、大人になってからも何回も観たくなる映画です。

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J・ベルトゥチェリ監督:コメディミュージカル『ストーミー・ウェザー』(’44)も大好きです。アフリカ系俳優による最初のミュージカルなんです。ジャズ、タップダンス何をとってもものすごくホット。この映画にオマージュを捧げるためだけにでもいつかミュージカルを撮ってみたいですね。

それからフランスのエマニュエル・ファンキエル監督の『Voyages』(’99)という映画。カンヌ国際映画祭の15人の監督部門にエントリー、セザールも受賞しました。私は彼の助手をしていたこともあります。すごく官能的な映像と長回しで知られています。この作品には『やさしい嘘』の母親役 エステル・ゴランタンが出演しています。さらに付け加えると『パパの木』のプロデューサーと同じプロデューサーの作品です。

クシシュトフ・キシェロフスキ監督の感性、大いなる静逸……、フェリーニ、ゴダール……。オタール・ イオセリアーニ監督のユーモラスな視点、セットの中に何をどのように配置するか、ディテールにこだわるところ、身体の動きで見せるところ。フェリーニ、小津安二郎監督。小津監督の『父ありき』(’42)。小津はすべて好きで……。


ジュリー・ベルトゥチェリ監督直筆の好きな監督リスト。書きながら、ものすごく悩んでいました……。

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==……止まらないですね(笑)。最後に、次の作品はどのようなものを考えてますか?

J・ベルトゥチェリ監督:次はまだ決まってません。この『パパの木』のあとにドキュメンタリーを1本撮りました。そして出産しました。1本フィクションを撮ると子供を生んで、ドキュメンタリーを作って、というサイクルができあがっていますね(笑)。だから次はフィクション。今考えているのがダメだったらミュージカルがいいかな(笑)

『パパの木』

2013年6月1日(土)、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー

出演::シャルロット・ゲンズブール、マートン・ソーカス、モルガナ・デイヴィス、エイデン・ヤング
監督・脚本: ジュリー・ベルトゥチェリ(『やさしい嘘』)
原作:ジュディ・パスコー(「パパの木」)
配給・宣伝:エスパース・サロウ
提供:新日本映画社
第 63 回カンヌ国際映画祭クロージング作品

© photo : Baruch Rafic – Les Films du Poisson/Taylor Media – tous droits réservés – 2010