ルー・ドワイヨン インタビュー 「ミューズというよりも……むしろゲンズブールのようになっていく。」

(2014.06.19)

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監督と女優を際立てる企画にときめき。

もうすぐ『フランス映画祭 2014』開幕。多くのフランス映画の監督や俳優が来日します。劇場公開間近かな作品と未公開の作品を合わせて、フランス映画の「今」を感じられる至福の時です。新しい作品だけでなく、旧作の名作も上映されますが、今年はあのフランソワ・トリュフォー監督作品が。いつにもまして愉しめそうです。

ヌーヴェル・ヴァーグを牽引したトリュフォー監督の、『没後30年 フランソワ・トリュフォー映画際』がこの10月にあり、その一環として、『暗くなるまでこの恋を』が、特別回顧上映されるのです。主演女優のカトリーヌ・ドヌーブの来日がないのは残念ですが。

また『フランス映画祭』期間中、特別関連企画として『女優たちの映画史』と題して、30年代から今に至るまでの映画を通し、女優の役割と存在の進化を探る作品の上映とトーク・イベントもあり、アカデミックな切り口が魅力です。

2014年は、カンヌ映画際やフランス映画祭をオーガナイズするユニフランスフィルムズ設立65年という期にあたることもあり、映画へのリスペクトが一層感じられる内容がうれしい限りです。監督、女優という憧れの華やかなる存在があって、映画は成立し、際立ち輝くのですが、彼らは映画愛の中で息づき、私たち観客を魅了します。

伝説的女優となったフランス映画界のミューズ、ブリジット・バルドーは、かつて言ったものです。

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『暗くなるまでこの恋を』 監督:フランソワ・トリュフォー 出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ジャン=ポール・ベルモンド 『フランス映画祭 2014』で2014年6月30日(月)10:30~ 上映。そのほか2014年10月11日(土)より、角川シネマ有楽町にて3週間限定ロードショー 『没後30年 フランソワ・トリュフォー映画祭』でも上映があります。©1969 Les films du Carrosse / Les Productions Artistes Associés / Produzione Associate Delphos

 
父ジャック・ドワイヨン作品
『アナタの子供』にルーが主演。

「どんなに女優や男優が名優であっても、それが良い映画になるかどうかは監督次第である。」と。また、「監督というものは、女優を好きなように裸にしてしまえる。」とも。

映画作りの基盤となる監督と女優の関係性を言い得て妙です。有名女優であろうが、映画作りでは監督のミューズとして、思い通りの女にならなくてはならないということを物語る発言です。そして、彼女がフランス映画界のミューズとなり活躍した60年代から数十年たち、監督と女優の映画愛における関係は作品の数だけあり、さまざまです。

そこで思い起こすのは監督を父に持つ女優で、父の作品のミューズとなったルー・ドワイヨンのこと、その作品『アナタの子供(原題)』のことです。

昨年の『フランス映画祭』での上映の際に、幸運にも彼女と会うことが出来ました。かつて我が『ダカーポ』でルーの母親にあたる、女優で歌手のジェーン・バーキンのインタビューを、したことをお話ししたりしたものです。この作品は、未だ劇場公開されていませんが、観た人々からのラブコールが途絶えることのない、上質な作品でした。

ルー・ドワイヨンは、母、ジェーンバーキン、父、ジャック・ドワイヨンの間に生まれ、二人の姉と共にジェーンに育てられましたが、3人の姉妹はそれぞれ父親が異なります。彼女にお会いしたその後、一番上の姉にあたるケイト・バリーは、ジェーンと英国の作曲家ジョン・バリーの間に生まれた娘ですが、若くして亡くなりファンたちに衝撃を与えました。死を痛むばかりです。

lou-doillon-b『アナタの子供』 Un enfant de toi

監督・脚本 ジャック・ドワイヨン / 製作 ヨリック・ル・ソー他 / 撮影 レナート・ベルタ / 出演ルー・ドワイヨン(アヤ)、サミュエル・ベンシェトリ(ルイ)、マリック・ジディ(ヴィクトール)、オルガ・ミシュタン(リナ) 2012年 / フランス / 136分 / カラー  2013年フランス映画祭にて上映

© Soazig Petit-les films Pelléas
 
恋多き母、父をも髣髴とさせる主人公。

ジェーンが、セルジュ・ゲンズブールと出会った時は、幼いケイトを抱き、イギリスから、フランスはパリへと移住して来たのです。そのゲンズブールとの間に生まれたのが、女優のシャルロットでした。フランスを代表する女優として活躍中です。ルーはジェーンにとっては、三女にあたります。また、ルーには父方に異父姉妹が二人いるのです。この複雑なる血縁関係の中にあり、ルー自身も12年前にミュージシャンのトーマス=ジョン・ミッチェルとの間にもうけた長男を出産するも、離婚。現在シングル・マザーなのです。

映画『アナタの子供』は、ルー自身をリアルになぞっているかの様な、シングルマザーのアヤが主役の作品です。離婚した元夫ルイと現在の恋人で結婚を前にしているヴィクトールの間で揺れ動いています。今の恋人は愛している。でも娘リナの父であるルイとも時々会っていて、何か言いたげな風情。ルイにも新しい恋人がいて、その多角関係に、おませな少女リナは母親よりしっかりと、大人の男女たちの恋愛心象を見つめていく。主人公のアヤの心境は、まるでジェーンや同じくドワイヨン監督に置き換えても良い、恋多きゆえの戸惑いです。しかし、シングルマザーのアヤと、その娘リナの両方に感情移入できてしまえるのがルー・ドワイヨンならでは。おみごとなキャスティング!

ルーいわく「実は、多くの女優にオファーして、見事に全員からお断りされ、私のところに来た役なのですよ(笑)。でも、何で私に、なかなか父から声をかけてくれないか不満でしたから、待ってましたとばかり引き受けました。」

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ルー・ドワイヨン(Lou Doillon)女優、歌手。1982年9月4日ヌイイ=シュル=セーヌ生まれ。母は女優のジェーン・バーキン、父は映画監督のジャック・ドワイヨン。アニエス・ヴァルダ監督『カンフー・マスター!』(88)で映画デビュー。父の映画は”Carrément à l’Ouest”(01) に続いての出演。ジバンシィはじめファッション・モデルとしても知られている。作詞・作曲も手がけるアルバム『Places』で歌手デビューも。

 
別れた夫に、次の恋を相談する元妻。

アヤという女性は、元夫ルイとは離婚後、貞淑な関係です。それは、再婚を前にした夫となるヴィクトールと愛し合っているからです。

それなのに、ルイには、結婚したら新しい夫の間に子供を作ることをほのめかし相談したりします。

元夫の心は揺れます。別れても、実の娘の存在は妻と二人の愛の結晶、確信的愛の印。元妻の心は自分のものだという自信が揺らぐ夫です。その愛を試すかのようにヨリを戻したいというような眼差しを向け、触れなば落ちそうな風情をしてみせるアナ。離婚後の二股恋愛がアンモラルにも、成立してしまうのか。はたまた復縁か? すっぱり再婚か? と、観ている私たちをヤキモキ、いらいらさせます。

しかも、ルーの元夫に、再婚を止めるなら、今がギリギリよ。とばかりに、誘うようで、焦らせるしぐさがエロチックで、セクシーで。こういう役をさせたら、ルーは、もう適役そのもの。多くを語らず眼力と身体で訴える。

ちなみに、前出のバルドーも、元夫のロジェ・ヴァディム監督と離婚後に、しばしば他の男との結婚や出産のことまで相談しますが、いやはや、このフランス独特の恋愛風土には、嫉妬心はないものなのか。羨みの気持ちを押さえられません。また、そういう相談って、離婚後もくすぶる情熱のやりどころなのでしょうか。そのあたりはドワイヨン監督の実体験が伝わってくるようで、息苦しいほど。観る方もクタクタになる愛の葛藤の2時間強です。

 
頭を使って考えさせるのがフランス映画。

「疲れさせることが監督の意図でもあります。例えばアメリカ映画であれば世界観が単純です。白黒はっきりしていて、善悪二元論になっている。愛は幸福をもたらすし、悲しみは悲しみであるという単純な図式が特徴です。しかし、人生はもっと奇妙なものであり、人生自体が奇妙でよいのです。ですからジャック・ドワイヨンの映画はそういった点で、より複雑で、より疲れるものになるのだと思います。頭を使って見なければならないでしょう。」と、ルー。フランス映画というものは、そうであって本物なのですね。

「例えば、愛1つとっても、2人の人を同時に愛することもあれば、全く愛さないこともある。人生はそういうものですから、いつも次に何が起こるか分からないのが人生ですよね。」

確かな言葉を無駄なく使い、知的で饒舌なルー自身には、この映画に登場する、もう一人の主演女優オルガ・ミシュタン演じるリナにイメージを重ねてしまいました。複雑な男女関係の中でも大人たちの動揺などはどこ吹く風で、冷静になり行きを観察する少女。二人の女優のそれぞれが演じる、二つの女性像の軸が巧みに絡んで、この映画の味わいを深めています。

思えば、ドワイヨン監督は、かつての『ポネット』で、ヴェネチア映画際初の最年少で主演女優賞獲得を果たしたものでした。演じた子役のヴィクトワール・ティヴィソルも、もう22歳で、すっかり大人ですが、今回の作品でも彼女を髣髴とさせるオルガの可愛らしさが印象的。監督の「女」を見る目は確かです。

ルーは言います。

 
マルチな才能ゆえ、ミューズに徹せない?

「複雑な家庭環境ではありましたが、やはり、母からの影響、父からの影響は大きく、自分は、まさにこの両親の子供なんだなと思います。自然と学んだところは、一つに決めつけないことです。恋愛のやり方についても、いろいろあっていいということなど。そのことによって、人間関係がぐちゃぐちゃになることがあっても、です(笑)。アンモラルなことでも、それが悪いかどうか、決めつけないで、考えてみる気持ちを持つことが大切だということ、とか。」

ドワイヨン作品や大好きなサミュエル・ベケットの演劇の戯曲などに触れ、朗読したりすると気づくのが、音楽的リズムがあり、そういうことから、最近活動しだしたシンガー・ソング・ライターに興味を持ったと言います。

「父の映画作りは、まるで音楽の指揮者のような動きをしますし、私は絵も描きますが、音楽を聞きながらイメージを広げていきます。」

ルーの活躍は、マルチ・アーティスト的です。女優のみならず歌手や作曲、イラストも描き、また、母バーキンから受け継いだ美しい肢体と着こなしは、クロエやジバンシーをはじめ、H&Mなどのブランドのモデルとしても活躍。リー・クーパーではデザインも手がけています。

音楽面での進出には、元夫の影響が大なのではと、思うのですが。

「どうでしょうか。むしろ、やはり父の脚本などを読んで影響されたと思っています。つまり、言葉にこだわりたいのです。音楽って、言葉なんです。だから曲作りで言葉を綴っていくのが好きなんです。元夫については、彼のミューズになれなかったということだけは、残念ですが、はっきりしていますね(笑)」

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モレスキンのノートにお手製のカバー。詩やイラスト、思いのままにインスピレーションを綴っているノート。
 
セルジュ・ゲンズブール化していく自分。

結構楽しげに言い放つ、ルーですが。

「最近、つくづく思うのですが、母のような、『君がいてくれたから、こんなことが出来たんだよ』と言ってもらえる存在、つまり、ミューズには、自分はなれない女なんだとわかってきたんです(笑)。男に創造意欲を湧かせる女じゃない。誰からも、そういわれないんですから。仕方ないから、自分で曲を作って、自分のために歌おうかと(笑)」

要は、男前のいい女というわけ。一人の男のために、いい影響を及ぼす可愛い女になって…という女の生き方が成立しにくくなってきた時代でもありますし。

言い換えると、女がそう思えるようないい男が減ってきた証拠でしょうか。男のために存在すると言う立場に苛立ち、女も男がすることを愉しめる時代になってきたこともありますね。ちょっと寂しいかも、ですが。

「それを母もシャルロットも、「ルーは私たちを越えたってことね。」なんていってくれて、私を慰めるんです。音楽を一緒にやってるエチエンヌ・ダオーなんて、もう君は男を誘惑し続ける必要も無くなったって、ことだよ。よかったじゃないか、なんて言いますからね(笑)」

そういう意味でも彼女にとって音楽は、映画と違い、自分自身が自由に主導できる世界。自他共に認める、「ゲンズブールになっていく」気分に満たされる日々だとか。

そうは言っても、『アナタの子供』で見せた女としての魅力、監督の要求の中で見せた女の本音やしたたかさなどなど、充分にミューズしていたルーでした。

今後も、多くの監督の作る映画のミューズになってご活躍いただきたいものです。今年のフランス映画祭でも、素敵な映画のミューズを見つけてください。

●『アナタの子供』 Un enfant de toi

監督・脚本 ジャック・ドワイヨン / 製作 ヨリック・ル・ソー他 / 撮影 レナート・ベルタ / 出演ルー・ドワイヨン(アヤ)、サミュエル・ベンシェトリ(ルイ)、マリック・ジディ(ヴィクトール)、オルガ・ミシュタン(リナ)
2012年 / フランス / 136分 / カラー 
2013年フランス映画祭にて上映

© Soazig Petit-les films Pelléas

『フランス映画祭2014』
会期:2014年6月27日(金)~6月30日(月)
会場:有楽町朝日ホール(メイン会場・有楽町マリオン11F)
TOHOシネマズ 日劇(レイトショー会場・有楽町マリオン9F)
料金:前売り1,500円、当日1,700円
*上映作品の詳細記事はこちら。

・『フランス映画祭2014』トリュフォー没後30年記念上映/『暗くなるまでこの恋を』
上映日:2014年6月30日(月)10:30~
監督:フランソワ・トリュフォー / 出演 カトリーヌ・ドヌーヴ、ジャン=ポール・ベルモンド
1969年 / フランス、イタリア / 123分 / カラー
配給 マーメイドフィルム

○『フランス映画祭2014』特別関連企画『特集上映 女優たちのフランス映画史』
日時:2014年6月27日(金)、29 日(土)、7月4日(金)〜6日(日)
会場:アンスティチュ・フランセ東京 エスパス・イマージュ
料金:一般1,200円、学生800 円、会員 500 円

2014年6月27日(金)13:00~ 『インディア・ソング』India Song(出演:デルフィーヌ・セイリグ、監督:マルグリット・デュラス、1974年 / 120分 / 35mm / カラー / 日本語字幕 )
16:00~『私の好きな季節』Ma saison préférée(出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、監督:アンドレ・テシネ、1993年 / 125分 / 35mm / カラー / 英語字幕 )
19:00~『満月の夜』Les Nuits de la pleine lune ※上映前に、ジャン=マルク・ラランヌによる作品紹介あり。(出演: パスカル・オジエ、監督:エリック・ロメール、1984年/102分/35mm/カラー/日本語字幕)

2014年6月28日(土)16:30~『たそがれの女心』Madame de …※上映後、ジャン=マルク・ラランヌによるレクチャーあり。(出演:ダリエル・ダリュー、監督:マックス・オフリュス、1953年 / 95分 / デジタルリマスター版・DCP / 英語字幕・作品解説配布)

2014年6月29日(日)11:00~『侵入者』L’Intrus (出演:ミシェル・シュボール、監督:クレール・ドゥニ、2004年 / 130分 / 35ミリ / カラー / 英語字幕)
13:30~『ホワイト・マテリアル』White Materiel(出演:イザベル・ユペール、監督:クレール・ドゥニ、2008年 / 102分 / 35ミリ / カラー / 英語字幕)
16:30~『愛の記念に』A nos amours(出演:サンドリーヌ・ボネール、監督:モーリス・ピアラ、1983年 / 100分 / デジタル / カラー / 日本語字幕)

2014年7月4日(金) 12:30~『感傷的な運命』Les Destinées sentimentales(出演:シャルル・ベルリング、エマニュエル・ベアール、イザベル・ユペール監督:オリヴィエ・アサイヤス、 2000年 / 180分 / 35ミリ / カラー / 日本語字幕)
16:30『ホワイト・マテリアル』
19:00~『侵入者』

2014年7月5日(土) 11:00~ 『インディア・ソング』
14:00~『美しき棘』Belle épine(出演:レア・セドゥ、監督:レベッカ・ズロトヴスキ、 2010年 / 80分 / 35ミリ / カラー / 日本語字幕)
16:30~『感傷的な運命』

2014年7月6日(日) 11:00~ 『セリーヌとジュリーは舟でゆく』Céline et Julie vont en bateau(出演:ジュエリット・ベルト、ドミニク・ラブリエ 監督:ジャック・リヴェット、1974年 / 185分 / 35ミリ / カラー / 英語字幕)
15:00~『女たち、女たち』Femmes, femmes (出演:エレーヌ・シュルジェール、監督:ポール・ヴェキアリ1974年 / 120分 / 35ミリ / モノクロ / 無字幕・作品解説配布)
18:00~『愛のあしあと』Les Bien-aimés(出演:キアラ・マストロヤンニ、カトリーヌ・ドヌーヴ、リュドヴィーヌ・セニエ、監督:クリストフ・オノレ 2011年 / 139分 / 35mm/カラー / 日本語字幕付)

○『没後30年 フランソワ・トリュフォー映画祭』
2014年10月11日(土)より、角川シネマ有楽町にて3週間限定ロードショー