クルチェット邸に「住む」物語
『ル・コルビュジエの家』

(2012.09.10)

『ル・コルビュジエの家』との出会い。

映画『ル・コルビュジエの家』を2010年、ブエノスアイレスで行われたフィルム・マーケット『Ventana Sur』で初めて観ました。原題がシンプルに「隣の男」だったので、観るまであのル・コルビュジエが設計したクルチェット邸が舞台だとは思いませんでした。

世界遺産に申請の準備をしている邸宅・クルチェット邸をロケに使う斬新さと、日常的なテーマの間に生まれるギャップの面白さに惹かれました。

主人公のデザイナー レオナルド(ラファエル・スプレゲルベルト)の隣人 ビクトル(ダニエル・アラオス)が壁に作ろうとする窓によって、幸せに見えるレオナルド家族に、実は、すでに亀裂がはいっていたことが分かる、という展開。皮肉ながらも、非常にリアリティがあり最後はどうなるのか、ハラハラしながら観ました。そして、観終わった後、「あなたは、どうなのか?」と問われている気がしました。


椅子のデザイナーとして成功しているレオナルド(ラファエル・スプレゲルベルト)。ある日、隣人ビクトルの部屋から工事の騒音が漏れ始める。


レオナルドは妻と娘とともに、クルチェット邸に暮らしていた。何不自由ない快適な暮らしのはずであったが……。

有名建築をドキュメンタリーではなく
フィクションで。

本作を今回、日本で紹介したく思ったのは、日本では国立西洋美術館を設計したことから、ル・コルビュジエの名は知られているにもかかわらず、自分と同様、地球の裏側にこんな邸宅があることを知る人は少ないかもしれない、と思ったこと。

また、普通なら有名建築のドキュメンタリーになりそうなのに、それをフィクションにしたて、あくまで「住む」ことで物語が増幅していく点に、日本にはない斬新さと思い切りがあったので、既成概念や閉塞感に穴をあけるべく、この作品を紹介したいと思いました。また、隣人問題は普遍的なテーマなので、アルゼンチン映画という範疇を越えて、楽しんでいただける映画だと思ったからです。

アルゼンチンといえば、タンゴとワイン、それ以外は遠いところのお話。歴史や文化を知らなければ理解できない、と思っている方々に、予備知識がなくとも楽しめる映画があることを知っていただきたかった。
斬新なアート、わざわざ作ったグロテスクなオブジェなど、監督や参加アーチストたちの遊び心が満載なところも紹介したかったのです。


物語の途中に差し込まれる指人形ダンス。ハムの絨毯、バナナのソファ、じゃがいもの椅子?……

***

私が好きなシーンは前衛的なアートの前のソファで、前衛音楽を聴くシーン。これでもか、というほどのスノッブな雰囲気が、瞬間で崩れるところが好きです。

それから、もの言わぬ娘に語りかけるシーン。
鏡を介していることで、娘に言っている言葉が、そのまま自分に返って来ている不思議な感じが好きです。


レオナルドが友人と前衛音楽を聴くシーン。「この音好きだな。このテンポはずれの打撃音……。」


もの言わぬ娘に語りかけるシーン。娘はいつもパパであるレオナルドと目を合わさないし口もきかない。


『ル・コルビュジエの家』

2012年9月15日(土)新宿 K’sシネマ、
10月6日(土)よりシネマート六本木で公開

ギャルリータイセイで『世界遺産の住宅建築とル・コルビュジエ』展 開催中。
出演:ラファエル・スプレゲルブルド、ダニエル・アラオス
監督・撮影: ガストン・ドゥブラット、マリアノ・コーン
脚本: アンドレス・ドゥプラット
製作: フェルナンド・ソコロウィッツ
音楽: セルヒオ・パンガロ