年甲斐もなくバンドがやりたくなる映画『ソラニン』

(2010.04.03)

浅野いにおの漫画『ソラニン』(ヤングサンデーコミックス刊)は以前から気になってはいたものの、気になりすぎて手が出せなかったきらいもあるのですが、今回映画化された『ソラニン』を観て、その足で本屋に立ち寄り、帰りの電車の中で、観てきたばかりの映画の余韻に浸りながら、一気読みしてしまいました。

photo / 太田好治


「観てから読むか、読んでから観るか」という議題は原作モノの映画には付き物ですが、ここ数年製作される邦画の多くが原作モノである以上、もはや一つのジャンルとして確立しており、そもそも表現手段として全く別の性質を持つ2つを較べる方が野暮というもの。

とはいえ、結果的にわたしは「観てから読」みましたが、セリフやディテイルはかなり原作に忠実で、オリジナルの世界観を損なうことなく、登場人物たちが誌面から抜け出したかのよう。

大学時代の音楽サークルで出逢い、OL2年目にして早々と会社を辞める芽衣子と、音楽で食べていく夢を諦められず、デザイン事務所でアルバイトをしながらバンド活動を続ける種田。いつまでも煮え切らない種田を芽衣子がけしかけ、新たな一歩を踏み出しかけた途端に襲いかかる、言いようのない喪失感。東京の片隅で二人が暮らす部屋の、カーテンが開ききらない感じや、ベランダに干した洗濯物が、あまりにリアルで、思わずキュンとなります。STRAIGHTENERのホリエアツシのソロユニットentが担当する劇伴も、夢と現実のはざまで揺れ動く、あの頃の切なさをそっとかき立てるのです。

 

今、この瞬間は、いろんな現実から目を背けた上に成り立っている。
それでもあたしたちは、この一瞬を、限られた人生を、
どこかに向かって進まなくちゃならない

そうつぶやく芽衣子と、そのきらめきの中で、共に過ごす仲間たち。
「仲間想いでドラムが出来る」と自画自賛する桐谷健太演じるビリーや、今回が演技初挑戦とは思えぬほど自然体のサンボマスターのベース近藤洋一扮する加藤も、浅野いにおが体型にこだわったというだけあり、原作そのままの風貌で、ROCCHIというバンドを成立させる上で、申し分ない演奏テクニックを披露し、このバンドにリアリティを持たせることに成功しています。また、彼らを支えるアイ役の伊藤歩の安定した演技力も見逃せません。

印象的だったのは、現在は大手レコード会社で新人バンドの発掘係担当の、ARATA扮する元・人気バンド、クウネルダスの冴木が、グラビアアイドルのバックバンドの誘いを断った種田とトイレで話すシーン。かつて一度は夢を叶えた人間さえも、「たいせつにするものが変わったのさ。君にもそのうち分かるよ」と吐き捨ててその場を立ち去る姿は、時代のただならぬ閉塞感を象徴するかのよう。さらに、田舎から上京してくる種田の父親を演じるのが、『青春の影』や『虹とスニーカー』の作詞・作曲も手がけた財津和夫というのもニクいところ。

photo / 太田好治


そして、なんといってもこの映画の見どころは、高良健吾扮する種田と、宮崎あおい演じる芽以子のライブシーン! 嘘はつきたくないからギターは自分の家にいるときもずっと弾いていたという高良くんは、「座りながらギターがやっと出来るようになったと思ったら、立って歌いながら弾くのが難しかった」と完成披露試写の際にボソボソと話し、会場の笑いを誘っていました。対するあおいちゃんは、「歌は苦手」というものの、最近はCMでもその歌声を披露していますが、ASIAN KUNG-FU GENERATIONが書き下ろしたメインテーマ『ソラニン』を、ギターをかき鳴らしながら歌うシーンを観た時は、鳥肌が立つほどグッときました。声に媚びがないというか、技巧を凝らさずまっすぐ伸びやかに歌う姿は、役柄の芽衣子のもつイメージそのもの。実際は撮影前に1ヶ月、クランクインしてから1ヶ月、合わせて2ヶ月くらい歌とギターをマンツーマンで特訓したそうですが、舞台裏の努力を微塵も感じさせないところが、まさしく天性のもの、といってよいでしょう。

さらにASIAN KANG-FU GENARATIONが原作にインスピレーションをうけてレコーディングした『ムスタング』も、新たに『ムスタング(mix for 芽衣子)』というリミックスバージョンで蘇り、エンディングに彩りを添えています。

ORANGE RANGEの『花』やYUI『CHE.R.RY』を手掛けるなど、PV界で活躍する三木孝浩が初監督した映画『ソラニン』は、キャストを含め、才能ある若手クリエイターによる、「いま」を体現する究極のコラボといっても過言ではありません。春風吹く、この季節にぴったりの青春映画です。

 

ストーリー

OL2年目で仕事に嫌気がさし、自由を求めて会社を辞めた芽衣子。音楽への夢をあきらめきれずフリーターをしながらバンド活動を続ける種田。未来に確信が持てず、お互い寄り添いながら、東京の片隅で暮らす二人。だが、芽衣子の一言で、種田はあきらめかけた想いを繋ぐ。夢を追いかけ、ある思いを込めて、仲間たちと「ソラニン」という曲を書き上げる種田。二人はその曲をレコード会社に持ち込むが、反応のないまま日々は過ぎていく。そんなある日、種田がバイクで事故にあってしまう。遺された芽衣子は――。

 

『ソラニン』

photo / 太田好治

出演:宮﨑あおい 高良健吾  桐谷健太 近藤洋一(サンボマスター) 伊藤歩
    ARATA 永山絢斗 岩田さゆり 美保 純 / 財津和夫
原作:浅野いにお「ソラニン」(小学館ヤングサンデーコミックス刊)
監督:三木孝浩
脚本:高橋泉
音楽:ent
メイン・テーマ「ソラニン」、エンディング・テーマ:「ムスタング(mix for 芽衣子):ASIAN KUNG-FU GENERATION(キューンレコード)
製作:『ソラニン』製作委員会
制作プロダクション:IMJエンタテインメント
配給:アスミック・エース

http://solanin-movie.jp/

2010年4月3日(土)新宿ピカデリー、渋谷シネクイント他全国ロードショー!