カンヌ・パルムドール『アデル、ブルーは熱い色』公開 ケシシュ監督の美学と哲学が
美しい映像になった。

(2014.04.04)
 

文学好きの高校2年生のアデルが
ブルーに髪を染めた美大生エマと出会い、恋に落ちた。
一目惚れという運命のもとスタートした
まったく異なる環境で育ったふたりの恋はどこへ向かうのか。

ケシシュ監督の美学と哲学が美しい映像になった

少し気が早いのだけれど、今年ナンバーワンの映画になりそうだと感じた『アデル、ブルーは熱い色』。そこには、愛、誠実、価値観という人の本質が優しい視線で描かれている。なにかと女性同士のベッドシーンのことばかりささやかれているけれど、それはアデルとエマの魂と肉体の完璧な一致を表現するための演出のひとつ。この映画の本当のテーマはまったく別のところにあるのです。

まるで文学作品のように脚本の一言一句すべてに美学と哲学が散りばめられ、映像はみずみずしく、主演のふたりは息を飲むような美しさ。アデルは瞳の動きひとつで感情を表現する。そのナチュラルな演技、とりわけ静かな話し方が心地いい。不自然なセリフや扇情的描写はない。ときに感情が押さえられなくなるシーンもあるが、全体的に静かなトーンで物語が進み、まるで隣に座ってふたりを見ているような気持ちになる。

マグレブ、アフリカン、バチャータ、サルサなど、フランスに暮らすと街じゅうに溢れている洗練されたワールドミュージックが、柔らかい光とライブ感あふれる素晴らしいカメラワークをカラフルに彩る。

その昔、映画『クライングゲーム』を観た友人が「もし彼らがゲイじゃなかったら普通の話では?」と言い、納得したことがあるけれど、『アデル、ブルーは熱い色』は、仮にふたりがストレートであっても同じように感動できると思う。それだけ「愛すること」の本質を捉えている。

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「人生に偶然はない」。運命のもと出会うふたり。

冒頭、ひんぱんに登場するのがリセでの文学の授業風景。ある日の題材は『クレーヴの奥方』。先生が生徒に「Le coup de foudre(一目惚れ)と言われる、シャルトル嬢が初めてヌムール公と視線を交わした後で心に残った感情は何だと思う?」と質問する。

「定められた運命が“一目惚れ”という形をとることもある。人生に偶然はない」というテーマのもと、アデルは運命の人エマと、すれ違いざまに視線を交わす。言いようのない感情を自覚できず、『クレーヴの奥方』のシャルトル嬢と同じように、過ぎ去ってから自分の中の気持ちの変化に気づく。エマも同じ感情を抱き、ふたりは“定められた運命”を歩み始める。

ふたりが初めて交わす会話。アデルが「どうして『Beaux(美しい)-Arts(芸術) *仏語で美大のこと』と呼ぶのかしら? 醜い芸術もあるのに」と言うと、「醜い芸術は存在しないわ」と優しく諭すエマ。見つめ合いうっとりとした表情で語る言葉は「私はこれがキライ」、「あら私は好きよ、面白いわよ」。運命の定めのもとに出会った恋人たちは、会話の中でことごとく違う意見を口にする。なのに、その優しい語り口と熱いまなざしのせいか、まるで愛を語っているように聞こえてしまう。

アデルは温かく保守的な家庭で育まれたため、無限に広がる文学的な想像力を備えているにも関わらず、安定した職に就くことが大事という父親の考えに疑問を感じない。一方、ブルーの髪やレズビアンであることも含め、芸術家としての可能性や生き方のすべてを受け入れてくれる母と継夫とともに幸せな暮らしをしているエマ。お互いをそれぞれの家族に紹介し合う場面で、ふたりの価値観の違いが少しずつ明らかになっていく。

 

愛によって、価値観を変えることはできないのだろうか。
エマはアデルを描いた初めての個展を成功させる一方で、アデルは幼稚園の先生として安定した職につき、エマとの暮らしの中で主婦を務めることに喜びを見いだしていく。個展に集まった友人たちがエマと口々にアートについて論じる中、アデルは手料理を黙々とふるまい続ける。本来なら、エマのミューズとして招待客から賛辞を受け、幸せの絶頂であるはずのアデルの顔は心なしか曇っている。異なる価値観を持つふたりの恋はどこへ向かうのか…。

映画の副題を直訳すると「アデルの人生、第1章&第2章」。アデルの人生はこれからまだまだ続き、観る人それぞれが感じるこれからのアデルの人生がある。もしふたりが価値観を変えることができたなら、アデルとエマの人生は別のものになっていたのかもしれない。あるいは価値観を変えることで理想の世界をもつくることができるのかもしれない。

愛によって、価値観を変えることはできないのだろうか。

ケシシュ監督自身は肯定も否定もしていない。映画の中でアデルとエマが辿った道は、その答えのひとつなのだと思う。

 

『アデル、ブルーは熱い色』
監督・脚本:アブデラティフ・ケシシュ 
原作:ジュリー・マロ『ブルーは熱い色』(DU BOOKS発行)
出演:レア・セドゥ、アデル・エグザルコプロス、サリム・ケシゥシュ、モナ・ヴァルラヴェン、ジェレミー・ラユルトほか
原題:LA VIE D’ADELE CHAPITRES 1 ET 2/2013/フランス/フランス語/179分/日本語字幕:松岡葉子/配給:コムストック・グループ/配給協力:キノフィルムズ/宣伝:セテラ・インターナショナル/宣伝協力:テレザ+プリマ・ステラ

2014年4月5日(土)より、新宿バルト9、Bunkamuraル・シネマ、
ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー