深瀬鋭一郎のあーとdeロハスタイのアートをみてみタイ?~
バンコク・アート・シーンの20年。

(2013.05.23)

Show Me Thai ~ みてみ☆タイ ~ は
タイのアートを紹介する展覧会でした。

タイトルで引用した『Show Me Thai ~ みてみ☆タイ ~ 』という展覧会は、日本とタイの修好120周年を記念して、2007年4~5月に東京都現代美術館がタイ王国文化省現代美術文化局との共催で開催したものでした。日本でタイの美術が大規模に紹介されたのは、これが最初のことと思います。戦前から高度経済成長期にかけての日本文化との出会いから、漫画や音楽、ファッションなど日本のポップカルチャーを広く受け入れて行ったタイのGDP上昇期、そして今現在に至るまで、タイ現代アートの歴史を俯瞰する初めての試みでした。

その前年に、タイ軍事クーデター(2006年9月)で倒されたタクシン政権(2001~6年)の下では、多くの野心的な政策が進められ、タイ経済は大きな発展を遂げました。発展途上国から中進国化を展望する中で、多くの公営・民間ギャラリーが設置されました。タクシン政権自体は、結局は、汚職問題などいろいろあって、王室や国民の不興を買い、軍部によるクーデターを招いたのでしたが・・・現代アートのオリンピックとも呼ばれる第54回ベネチア・ビエンナーレでタイ代表を務め、タイ国パビリオンで個展を開催した、ナウィン・ラワンチャイクン(Navin Rawanchaikul、1971-)もこの時期に育ったアーティストの一人です。ほかにも、リクリット・ティーラワニット(Rirkrit Tiravanija、1961-)やスラシ・クソンウォン(Surasi Kusolwong、1965-)など、現代タイを代表する作家群が育ちました。タイ王国文化省 現代芸術文化委員会、東京都現代美術館ほか関係機関の協力により、こうした勃興するタイ現代アートが紹介されたことは、非常に重要なことだったと思います。


『Show Me Thai ~ みてみ☆タイ ~ 』展カタログ。
2000年代に入って活性化した
タイ バンコクのアート。

筆者は過去5~10年おきに3回バンコクを訪れましたが、最初に訪れた1980年台後半には商業ギャラリーは数えるほどでした。公立美術館も、1977年に開館した『バンコク国立美術館』くらいしかありませんでした。その後、2006年には、バンコク都により、バンコク芸術文化センター(Bangkok Art and Culture Centre、BACC)が誕生し、その周辺であるバンコク随一の繁華街サイアム・スクエアにいくつもの商業ギャラリーが開業しました。また、古くからの繁華街シーロムでも、シーロム通りソイ19が、ギャラリー街として確立し、ギャラリー・ビル的なところもできました。

現在ではなんと、カフェ/レストラン・ギャラリーも含めれば、バンコクには少なくとも、113軒以上のギャラリーがあります。正確に調べたわけではありませんが、銀座には800軒、ソウルには500軒ギャラリーがあるといわれますので、バンコクのアート・シーンもかなりの規模になってきたことが判ると思います。しかし、まだコレクターの裾野が広がっているわけではなく、主な買い手は、外国人やタイの事業家です。日本や韓国のように、地方やバンコク郊外に個人美術館を建てる事業家も現れています。


『バンコク国立美術館』。1902年築の旧財務省造幣局庁舎を1977年から美術館に転用したのでかなり地味な建物です。

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タイの美術は、元々は工芸・彫刻が中心であり、近現代アートは、基本的には、東京藝大をはじめ、第2次世界大戦後に海外の美大に留学した人たちが牽引してきた傾向が強いのです。日本やアメリカとも似て、タイでもアートの原体験は印象派で、現在も印象派的作風の画家や愛好家は大勢います。タイの事業家・コレクター層も印象派を好む傾向があります。上述の展覧会でも、東京美術学校で西洋美術を学び、タイ印象派の先駆けともなったチト・ブアブット(Jitr <prakit> Buabusaya、1911-2010)の『雨の新宿』(1942)が展示されていたことを記憶している方もあるでしょう。

タイにも、中国やインドネシアと同様に辛辣なポリティカル・アートも存在していて、バサン・シッシケット(Vasan Sitthiket、1957-)のように、実在の政治家の顔を画面に描きこんで風刺する作風で国際的に知られる作家もいます。筆者も大好きな作家ですが、バンコック唯一の日本人ギャラリスト、鈴木敦子デービスさんが経営する『アコ画廊』(1990-)でもその作品を取り扱っています。現地の作家だけではなく、毎年のように日本の抽象作家などのグループ展も開催しており、日本人作家のタイ国内でのプロデュース活動も行っています。


『アコ画廊』はスクンビット通りソイ49と51の間の赤い建物。向かい側はREXホテル。

『アコ画廊』オーナーの鈴木敦子デービスさん。

バンコクの3大アート地区
サイアム・スクエア界隈、王宮寺院地区北西部、ルシーロム界隈。

113軒以上のギャラリーがあるとはいえ、それらの多くは、交通の便があまり良くない場所にあって、バンコク市内居住者でない限り、なかなかふらりと行けるものではありません。自家用車やレンタカー、タクシーを利用するにしても、地下鉄や新交通システムの発達で若干緩和されたとはいえ、有名なバンコク市内の道路の大渋滞は今でも相当なもので、車でギャラリー廻りをするにも限界があります。

よって、海外からの訪問者は、基本的には、王宮寺院地区、サイアム・スクエア、シーロムを廻り、余力の範囲内で、シラパコーン大学ターブラ宮殿キャンパス内にある『シラパコーン大学アートセンター』、『絵画・彫刻・版画学部アートギャラリー』、『デコラティブアート学部アート&デザインギャラリー』、土日限定の『チャトゥチャック・ウィークエンド・マーケット』の中のギャラリー、タイランド・クリエティブ&デザイン・センター、その他を廻ることが効率的と思います。よって以下では、バンコクの3大アート地区を紹介します。


自称「世界最大級」の『チャトゥチャック・ウィークエンド・マーケット』

『チャトゥチャック・ウィークエンド・マーケット』内のギャラリー。ギャラリーは数軒あります。

まず、代表的なアート地域である、バンコクの王宮寺院地区北西部には、『国立美術館』があります。1977年に開館したもので、バンコクに王朝が開かれてから現代までの絵画、彫刻作品の常設展示があるほか、内外の作品の企画展を開催しており、タイの近現代美術史が概観できます。

王宮警備などセキュリティへの配慮か、王宮寺院地区方面にはバス・地下鉄などの公共交通手段がありませんので、タクシーで行くしかありません。『国立博物館』(1874年開館)や『国立劇場』の近くにあるので、これらと併せ、半日徒歩で回ることになるでしょう。


『バンコク国立博物館』。1874年ラーマ5世自身が創設した立派な外観です。

次に、バンコク随一の繁華街サイアム・スクエア界隈には、『バンコク芸術文化センター』(Bangkok Art and Cure Centre、BACC)があります。2006年末に開館したもので、巨大ショッピングモール『MBKセンター』の向かいにある地上9階、地下2階の大規模な美術館です。現代文化の振興を目的にバンコク都によって設立されたもので、美術、音楽、舞台芸術、映画、デザイン等の展示を行っています。バンコク・スカイトレイン(BTS)ナショナル・スタジアム駅の3番出口直結で交通至便、しかも入場無料です。近くに『ホワイトスペース』、『アート・ゴリラス』(いずれもリド・シアター2F)など現代美術ギャラリーもあります。


バトゥムワン交差点歩道橋からみた『バンコク芸術文化センター』(BACC)外観。

『バンコク芸術文化センター』(BACC)内部の螺旋構造。

最後に、ルシーロム界隈のギャラリー街は、バンコク地下鉄(MRT)のシーロム駅や、BTSサラディーン駅から歩いて行けます。目抜き通り沿いの昔ながらの骨董屋やお土産屋ゾーンから、シーロム通りソイ19周辺に向かうと、『アーテリー・ポストモダン・ギャラリー』(2005-)や、『ナンバー1ギャラリー』(2006-、シーロムギャラリア内)、『マヤ・シークレット・ギャラリー』(2011-、バーン・シーロム内)などが目につきます。ライター、翻訳家兼キュレーターのKyo氏が運営している美術ライブラリー『ザ・リーディングルーム』(2009-)もイベント・スペースとして地元の強い支持を集めています。


シーロムの彫刻ガーデン。

シーロム通りソイ19のギャラリーがいくつか入った雑居ビル。

なお、バンコクのギャラリー巡りには『バンコク・アート・マップ』(BAM!)が欠かせません。2007年にイギリス人ライターSteven Pettifor氏によって創刊され、毎月無料で発行されているアート地図兼情報誌です。バンコクのギャラリーや美術館に置かれています。片面にバンコクの地図、ギャラリーと今月の展示スケジュール、アート関連施設、アート・カフェ/バーなどがリストアップされています。もう一面には、ピックアップされた展覧会等の紹介とバンコクアートシーンの動きが分かるエディターズ・ノートが記載されています。自力で巡るのはかなり大変ですが、余裕があれば是非チャレンジしてみてくださいね!


左:タイのポップな現代美術といえば『ARTERY POST – MODERN GALLERY』。
右:バンコクのアート人から支持される『The Reading Room』。アート蔵書は1000冊。

スーパー・リアリズム絵画の『Maya’s Secret Gallery』

Akko Art Gallery
Silpakorn University Art Centre
The Gallery of Art & Design
TCDC(Thailand Creative & Design Center)
The National Gallery
Bangkok National Museum
BACC(Bangkok Art And Culture Center)
Whitespace Gallery Bangkok
Artgorilla Artgallery
ARTERY POST – MODERN GALLERY
Number 1 Gallery
Maya’s Secret Gallery
The Reading Room