「血の婚礼」蜷川幸雄演出、窪塚洋介主演
36年前の有名戯曲が今ここに蘇る・・・

(2011.07.15)

シアターコクーンに代わる会場は廃校の体育館

西巣鴨・・・東京の中で私が一度もまだ足を踏み入れたことのない場所だ。

会場の中学校は駅から1分足らずだったので、街の様子はわからないが、これまでの渋谷の繁華街を通り抜けてBunkamuraへ向かう時の気分とは何かが違う。

本作『血の婚礼』は、シアターコクーンが改装の為、西巣鴨の廃校になった中学校の体育館が劇場になっている<にしすがも創造舎>が会場となっていた。

体育館に来るなんて、石巻の避難所以来だった。3・11以降に、私は石巻を訪れた。訪問した体育館には数多くの救援物資や布団が積まれていた。

ここでは、物資の代わりに沢山のパイプ椅子が並び、舞台にはビデオ屋とコインランドリーのセット、自動販売機、そして、周りは古ぼけたネオンサイン・・・さながら昭和の路地裏といった感じである。

舞台が始まる直前になって、至るところからスタッフの方が暗幕を卸す。シアターコクーンではありえない光景。こうしたいつもと違う・・・という感覚が本作の世界へと導かれていることに、私はまだ気づいていなかった。

全てが突然始まりだすストーリー

そして、そこから全ては突然に始まった。

まずは雨。それも、どしゃぶり。この雨が降り出したかと思うと、ひたすら続く。1時間40分のうちの半分以上がどしゃぶりのままだ。

そこにトランシーバーを持った少年がやってきて、突然ワケのわからないことをしゃべり出す。どうやら外の世界と交信しながら自分の孤独と闘い、誰かとつながりたいと思っているようだ。

すると今度は突然、様々な格好をした鼓笛隊が一定のリズムを刻みながら、少年の前を通り過ぎていく。もちろん、誰もがびしょぬれた。

そこに、突然北の兄(窪塚洋介)が走りながらやってきた!かと思うと、大きく滑って地面に倒れたまま動かない。

トランシーバー少年は気になって話しかけたりするが、どうやら二人の会話はあまり噛み合っていないようにも思える。

この北の兄はかつて結婚式で花嫁を奪って逃げた男だ。

そしてこの日、突然にも“かつて奪われた”花嫁、北の女(中嶋朋子)と北の兄が出会う。それだけじゃない、花嫁を奪われたハルキや彼らの家族すべてが、この場に集うのだった。

そんな彼らを、ビデオ屋のお兄ちゃんとコインランドリー屋の夫婦(伊藤らん&高橋和也)が見守る。

本作は、蜷川幸雄との名コンビでも知られる清水邦夫の戯曲だ。フェデリコ・ガルシア・ロルカの同名の戯曲からインスピレーションを受けて書き上げたという。1986年の初演では、詩情あふれる世界観と本水を使ったダイナミックな演出で、一大センセーションを巻き起こしたそうだ。

観るのではなく、体感する醍醐味

劇中、清水邦夫の魅力である、詩なのかセリフなのかわからない会話が繰り広げられていく。北の女と男のやり取り、コインランドリーの夫婦、トランシーバーの少年と北の兄・・・。

そこに突然、妻に先立たれた校長先生がやって来て、自分の事を話し出し、生徒達も心配してかけつける。全員の前を列車が通り過ぎ、誰もが固唾を飲んで見守る・・・。

これを読んで、もう意味がわからない!と思う方もいるだろう。

私が説明ベタなのではない(はず!)。そういう作品なのだ。

だから普通のTVドラマの感覚で見ていると、ついていけなくなる。出演者の誰もが狂った人のように思えてくる(少々、皆狂ってはいるが人間誰もがそんなものだ。)

そうではなく、彼らが発するセリフのひとつひとつを何も考えず(というとおかしな話なのだが)体に流し込み、何かがひっかかる、その感覚を拾っていく。そんな風にこの作品を“感じて”いくと、生と死、虚と実、罪と救い・・・そんな人間の根源に触れたような感覚に陥っていくのだ。

俳優、窪塚洋介

以前に観た清水邦夫作・蜷川幸雄演出「わが魂は輝く水なり」でも思ったが、それだけ詩情溢れるセリフを語るには、そもそも役者の存在感と説得力がなければ成立しえない。

今回、座長であり北の兄を務めた窪塚洋介は、そのセリフを自分のものにしていた。彼の佇まいは、北の兄を物語るのに充分だった。そして、個人的に抱いていた、かつての窪塚さんのイメージ(映画『ピンポン』や『凶器の桜』……懐かしい)は払拭され、繊細でいながら凛々しい大人の男性であった。

一方、現実と夢に揺れながらもしたたかに生きる北の女役の中嶋朋子や花嫁を奪われたハルキを演じた丸山智巳らも好演。

誰もがクライマックスにつれ、この時代に生きる自分と決着をつけようとする生き様を演じきっていた。

最後に

不思議だったのは、時折通り過ぎる鼓笛隊の音が最後には、人間の鼓動のようにも聞こえ、何かの弔いのようにも、あるいは祝祭の音にも感じ、時を刻む大きな時計の音のようでもあった。
どしゃぶりの中、容赦なく鳴り続ける太鼓の音。

私は、そうだ、全ては突然なのだ、と思った。

3・11だってそうだった。地震は突然起こった。津波が突然、すべてを押し流した。

その“突然”に私達は弱くなってしまった気がする。

東京で起こった買い占め騒動などは、もしかしたらその顕著な例なのかも知れない。

80年代なんて、まだ物心ついてなかったけれど、おそらくもっと逞しかったのではないだろうか。何かを求め、命がけで闘って・・・良い悪いは別にしてどこか憧れてしまうのは“冷めた世代”の人間だからだろうか?

「血を流して死ぬほうが、血を腐らせて生きるよりはましだ」 というセリフ。ロルカの戯曲から引用された。

80年代に上演された本作が今、再演されることの意味を考える。

現代の私達に必要なのは、その突然をも凌駕して生き抜こうとする気迫ではなかろうか。

3・11から4 カ月が過ぎ、私が訪れた石巻の体育館も避難所としては閉鎖され、人々はそれぞれの新しい生活を始めたという。

私もまた、会場である体育館を出た時には、上演前とは違う・・・薄い膜がはがれたような、少し新しい自分になっているような気がした。

『血の婚礼』

作:清水邦夫
演出:蜷川幸雄
出演:窪塚洋介、中嶋朋子、丸山智己、田島優成、近藤公園、青山達三、高橋和也、伊藤蘭ほか
上演中〜7月30日(土)まで。当日券あり。
主催:Bunkamura
Tel. 03-3477-3244 (10:00~19:00)


 
新潟公演:8/6(土)7(日)
会場:りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館・劇場
お問合せ:キョードー北陸 チケットセンター
Tel. 025-245-5100(平日11:00~18:00/土曜日10:00~17:00)

大阪公演:8/18(木)~21(日)
会場:森ノ宮ピロティホール
お問合せ:キョードーインフォメーション
Tel. 06-7732-8888(10:00~19:00)

福岡公演:8/27(土)28(日)
会場:北九州芸術劇場 大ホール
お問合せ:キョードー西日本
Tel. 092-714-0159(平日10:00~19:00 土曜日10:00~17:00)

 

写真提供/谷古宇正彦