『ベールを脱ぐイヴ・サンローラン』
東京日仏学院にて。

(2011.06.27)

貴重なイヴ・サンローランのポートレイト。

『ベールを脱ぐイヴ・サンローラン』と銘打つジャンルー・シーフによるポートレート展が6月11日より東京日仏学院にて開催スタートしたので、初日に漫画家のひまると行ってきました。

日仏学院の前にある大きなお庭に飾ってある、イヴ・サンローランのヌード写真にまず出迎えられ、その艶やかな裸体に早々にドキっとさせられます。庭に展示されているヌード写真は全4点。1971年にイヴ・サンローランが男性向けの香水を発売するに当たり、当時モノクロのヌード写真などで有名なカメラマン、ジャンルー・シーフと相談した結果、イウ゛のオール・ヌードの宣伝写真を撮ることになりました。

しかし、このオールヌード写真は当時発表されるや否や、フランスで過激でスキャンダラスだと騒がれ、あえなくお蔵入りとなりました。そして、去年12月パリにて初めて公開され、日本でも鑑賞ができる運びとなったのです。今回のポートレイト展では、未公開になったヌード写真の他、天才カメラマン、シーフに撮りおろしによる貴重なイヴ・サンローランのポートレートと、モード写真を堪能できる展示会となっています。

永崎ひまるによるイラスト・ルポ

庭園と室内と。展示場所で違う味わい。

6月の新緑が眩しい庭園にヌード写真を配置したことによって、室内で見るのとではひと味違うポートレートの感触が新鮮でした。クッション以外はなにも彼の裸体を遮るものがないポーズ、ともすれば室内だと生々しすぎたかも知れないところを、木々に囲まれた配置にしたことによって爽やかさと透明感がプラスされたように思えました。当然、室内と屋外では写真の材質やライティングも細かく計算され、その場所に一番映える見せ方を追求したキュレーターさん達の苦労が伺えます。

ほどなくして、東京日仏学院の学院長、ロベール・ラコンブさんのオープニング・スピーチが始まりました。おしゃれなラコンブさんの口からは流暢にイヴ・サンローランの写真の説明がなされます。パリ以外では未公開となっているイヴ・サンローランの写真をこの場で発表できる喜びに満ち満ちていました。

作品を見る前に心の中で見る覚悟を。

庭園奥のウッドの壁に目を移すと、ファッション・ポートレイトが美しくに飾られていることに気づきます。『VOGUE』の有名な表紙になった写真など、イヴ・サンローランがデザインした、エレガントでフェミニンな服をたっぷり堪能できます。「ここに敢えて着衣の写真を置いたのは、食事をされる場所だからです」と語るのはGALLARY21のキュレーター、太田菜穂子さん。展示会初日はレセプション・パーティーが庭園で開催されたのですが、そこでフィンガーフードが振るまわれたので写真のレイアウトにも食事とのバランスを計算されたそうです。「展示会にいらっしゃる時は、作品を見る前に心の中で見る覚悟をしてほしいのです」と語ります。

庭園のヌード写真から始まり、室内の着衣の写真と時間の流れを意識した写真配置に一番心を砕かれたそうです。その絶妙な写真配置により、イヴ・サンローランが政治的にもとても厳しい時代に当時のタブーを打ち破り、創造的なファッションを作っていった流れをストーリーのように目で追っていく楽しみがここにはあります。

シンプルさが魅力、サンローラン。

今でこそ、イヴ・サンローランは老舗メゾンでエレガントなオートクチュールドレスのデザイナーというイメージが強いですが、当時は革命を起こしたデザイナーで物議を醸し出した人物なのです。

女性のためのパンタロンスーツを初めて作ったのもイヴ・サンローランですし、女性のファッションをよりシンプル、そして自由に導いたのも彼です。その『シンプリシティー』こそがイヴ・サンローランの魅力であり、当時モノクロの写真しか撮らなかった鬼才カメラマン、ジャンルー・シーフと意気投合、写真家とファッション・デザイナーとの対話のようなポートレートができたわけです。

夜の帳が降りて来ると、庭園の雰囲気もガラっと変わります。照明が当たったイヴ・サンローランの写真を再三見てみると、4枚とも表情が違うことに気づきます。一糸まとわぬ姿で笑っている彼は、おそらくカメラマン、シーフとの最初のほうの撮影のものではないかと想像できます。シーフに撮られている自分、そういうのを意識している被写体、というのがこちらにも伝わってくるからです。

「肉体は永遠ではない」を知っている?

そこから徐々にシーフに撮られていくにつれ、カメラマンがいることを意識しなくなってきている、そういう光悦とした表情を浮かべているポートレートに出会います。目線を上にあげ、少しナーバスな、はかなげな表情に、見ているこちらも切なくなってきます。この切なさはなんだろう? としばし考えてみました。

そしてふと思ったのが、おそらくイヴ・サンローランは「肉体は永遠ではない」という事実を知っているからなのではないか、という考えが過ぎりました。ヌードを撮られた時、イヴ・サンローランは35歳。完璧なまでに贅肉をそぎ落とした細く長いシルエット。そして女性の私でさえ嫉妬してしまうような、細い、細いウエスト。

写真という今の一瞬を永遠に残せるもののために、おそらく自分が一番美しく見える肉体に磨きをかけたと思われます。でも、やがて自分にも例外なく老いの手が迫り、肉体も衰えていく。美を追求している者の刹那を彼の表情に見た気がしてなりません。

私生活をほとんど公にしていないイヴ・サンローランの心の中が、ほんの少しだけ写真の表情から透けて見えた気がした一日でした。

text / ハイディ、photos, illustraion / 永崎ひまる

『ベールを脱ぐイヴ・サンローラン』
ジャンルー・シーフによるポートレート展

2011年6月10日(金)~ 7月31日(日)
月~金 9:30〜20:00、土~19:00、日 ~18:00(祝日休館)
入場無料
東京日仏学院
http://www.institut.jp/ja/evenements/10871