神田蘭の講談『剣客商売』と江戸料理で味わう、池波正太郎の世界。

(2010.07.30)

『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛け人・藤枝梅安』など、時代小説の傑作を多く残した池波正太郎(1923-1990)は“食通”としても知られる。

彼の作品には、登場人物の生活や嗜好をうかがえる料理がたびたび描かれており、その味を求めるファンが今なお絶えない。

こんな人気に応えるかのように、“江戸料理と講談”で池波を堪能する催し『江戸料理 池波正太郎の世界』が、東京・上野の『水月ホテル鷗外荘』で始まった。夏の間、毎週金曜夜に開かれる。

毎回、前半は講談界のニューヒロイン・神田蘭の小粋な高座。神田は、池波の剣客商売『陽炎の男』を自ら朗読風にアレンジし、舞や音響照明を生かした演出も盛り込んで披露する。そして講談が終わると、ホテルの総料理長・森山和博が文献をもとに創った“池波作品ゆかりの江戸料理”を味わう といった具合である。

 池波文学のヒーロー、鬼平や梅安、はたまた老剣客の秋山小兵衛、息子の大治郎らが食す料理は、どれも旨そうだが“シンプル”だ。漬け物や冷や汁、ぶっかけ飯なども登場する。贅沢らしいものといっても、鮎飯、ハマグリ飯、アサリと大根の鍋、生カツオの味噌汁など、せいぜい旬を愉しむ程度なのである。
 

神田蘭の講談は、史実を生かした創作婚活講談と「剣客商売」の2本立て。
男装の女武芸者、佐々木三冬に扮した神田蘭の「剣客商売」

料理に定評があるホテルで、こういった日常食がどのようなかたちで出されるのだろうと思っていたら、奥多摩のワサビや東京ウド、小玉スイカなど江戸っ子の食生活を支えた江戸野菜や当時の海の幸など、江戸時代の“地産地消”を反映させた、懐石コースに仕立ててある。先付けから水菓子まで全11品、その創意工夫を探訪しつつ、伝統野菜を味わえる貴重な機会なのだった。
 

ホテルの敷地内には、明治の文豪・森鴎外が新婚時代暮らした住居がある。
これが寺島ナス。つるが細く、アボカドほどの大きさの実がいっぱい成る。

中でも、吸い物(冷や汁)の具や煮物で出された寺島ナスは、当時、寺島(墨田区東向島あたり)の名産だったという。震災や戦争で生産が絶えたが、種が残っていたことから再び栽培され始めた稀少品。現代のナスより小ぶりだが、実が緻密で食べ応えがあり、天ぷらにしても美味しそうだ。

 また、卯の花をハマグリやキクラゲなどと和え、旬の贅沢と食感の変化を同時に楽しめるようにしたり、醤油で味付けた大根おろしをサザエの壺焼きにのせ、庶民的な食材も組み合わせの妙で品よく見せたり……。冷や汁もなまり節の臭みがなく、おかわりがほしくなるほどの出汁加減で、どの料理も素材の良さを生かしつつ、すっきりした味に仕上げてある。
 

料理の一部。(左手前から時計回りに)ハマグリとわけぎ、キクラゲの卯の花和え。刺身三種、ツマは東京ウドや奥多摩ワサビなど。寺島ナスや胡瓜を具にした生鰹節の冷やし汁。豆腐とこんにゃくの冷やし田楽。
ニシンと寺島ナスの煮合わせ。ナスは炭火で焼いて皮をむいてから、鰹出汁で煮合わせて冷やしたもの。。

 今年は池波の没後20年。すでに各地の書店でフェアが行われたり、時代劇専門チャンネルで彼の作品のテレビ時代劇が特集されたりしているが、このように味覚や嗅覚なども動員して彼の世界を味わうと、なんだかお江戸の生活までが身近に思えてくるのだった。

 

江戸料理『池波正太郎の世界』

日時:2010年7月30日(金)、8月6日(金)、13日(金)、20日(金)、27日(金)
いずれも、開演18時30分(開場18時)
ところ:水月ホテル鷗外荘
(東京都台東区池之端3-3-21、地下鉄千代田線『根津駅』不忍池方面出口から、徒歩5分)
神田蘭の講談と江戸料理で9,800円(税・サ込み)
 宿泊は、これに朝食もついて18,500円(税・サ込み)
予約・問合せ http://www.ohgai.co.jp/
Tel.03-3822-4611 フリーダイアル0120-266-266

 
神田 蘭(かんだ・らん)
埼玉県生まれ。2008年二ツ目に昇進。古典ネタから新作の婚活三部作まで、幅広くこなす講談界期待の新星。日本史に残るヒロインの恋と生き方を著した『恋する日本史講談』(ぶんか社)が話題に。
http://www.kanda-ran.jp/

 
池波正太郎(いけなみ・しょうたろう)
1923年、東京・浅草生れ。小学校卒業後、茅場町の株式仲買店に奉公。芝居や映画、旨いものなどに熱中する。戦後、東京都の職員となるも劇作に励み、長谷川伸の門下に。『鈍牛』『檻の中』など新国劇の脚本を書く一方、小説にも着手。1960年『錯乱』で直木賞受賞。やがて『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』をはじめ時代劇小説で絶大な人気を博す。また映画や食べ物、旅行などのエッセイでも知られる。1990年、急性白血病で永眠。