俳人・鈴木真砂女の生家を尋ねて南房総へ。

(2010.01.19)

行きたい国にはほとんど行ってしまったし、最近は国内旅行に興味があるのよね、という女性が私の周囲にとても多い。今、一番のぜいたくは国内旅行じゃない? と。

かくいう私もその1人で、以前、一度だけ行ったことのある伊勢神宮を改めて訪問してみたいし、遷都1300年に湧く奈良にも足を運んでみたいし、実家の熊本に帰るばかりで済ませている九州もまた新しい目で眺めてみたいと夢がふくらんでいる。

そこで、今年は国内旅行強化年間として、機会を作ってあちこちに出かけてみたいと思っている。その第一回目をさっそく実行した。場所は房総半島、千葉県の鴨川市。なぜ鴨川? という問いへの答えはこれから。

ご存じの方もいらっしゃるかもしれないが、私は如月美樹という名で俳句の活動をやっており、WEBダカーポ上で「女性のための、元気になれる俳句」を連載している。様々な俳人による名句を鑑賞文とともに紹介するコラムなのだが、なかでも好きな俳人の中に鈴木真砂女がいる。

2005年に亡くなった女流俳人で、その「恋」を貫いた波瀾万丈の人生は瀬戸内寂聴の『いよよ華やぐ』など、様々な作家の作品のインスピレーションソースにもなっている。

生前お目にかかる機会が何度かあったことと、弊社と同じ銀座の一丁目で小料理屋『卯波』を営んでいたことで、勝手に親近感すら抱いていた彼女の生家に、昨年記念館ができたと聞いたので、ぜひ行ってみようと思い立ったのだ。

もともと「吉田屋」という旅館に生まれた真砂女、今はその場所が『鴨川グランドホテル』http://www.kgh.ne.jp/04/というリゾートホテルになっている。
到着してロビーに入ったとたん、窓一面に広がる太平洋が間近に見えた。しかも穏やかではない、波の荒い冬の海。「あるときは船より高き卯波かな」という句が生まれた背景、そして「卯波」を後半の人生の舞台となった銀座の小料理屋の屋号として掲げた理由が直感的にわかった気がした。

太平洋の水平線。時折、カモメがさっと横切っていく。この日はあいにくの曇り空。

記念館は地下にある。在りし日の真砂女の写真が掲げられたエントランスを入ると、そこは静かな空間だった。まず目に入るのは彼女の代表的な句を掲げた人生年表。

しかしこの年表、俳句を「分かち書き」しているとろがちょっと残念。たとえば「口きいてくれず冬濤見てばかり」という句があるが、これは意味としては「口きいてくれず/冬濤見てばかり」とスラッシュの入ったところで切れるもの。「口きいて/くれず冬濤/見てばかり」と間を空けて表記しては、句の本来の意味が伝わりにくいのではないだろうか?

俳句は575調というが、リズムは決して575調で作られているものばかりではない。そのあたりを、せっかくの俳人の生家にある記念館なので配慮してほしいと思った。

記念館の入口。おしゃれなモノグラムに囲まれた
在りし日の真砂女。
真砂女の人生年表。薄紫色で艶がある。
記念館の中。ゆかりの品や短冊などが
かなり多く収められている。
「あるときは船より高き卯波かな」の直筆色紙。

中には真砂女の若かりし頃の写真や吉田屋旅館の古いパンフレット、直筆の短冊などが飾られ、生前のテレビ番組が流されている。なかでもうれしかったのが、既に閉店してしまった「卯波」のマッチ箱の包装紙が自由に持ち帰れること。春夏秋冬、それぞれ3枚ずつ、真砂女の俳句が印刷されているのだ。

若かりし頃の真砂女。
吉田屋旅館の頃の古いパンフレット。
「卯波」のマッチ箱の包装紙。四季の句が印刷されている。

この鴨川グランドホテル、実は温泉宿である。立ち寄り湯もあるというので、記念に入ってみることにした。太平洋の荒波が一望できる露天風呂に入ると、大きく波の音が聞こえてくる。遠くには仁右衛門島という島が見える(この、沖合200メートルにある周囲4キロの島は観光もできるが、なんと個人所有なのだとか)。くっきりとした水平線の彼方へ鳥が渡っていく。なんというぜいたくな時間。

熱い湯に浸りながら己の来し方行く末のことをしみじみ考えた。真砂女もこの波の音を聞いたのだろうかと思いながら。
風呂上がりには、無料でどうぞ、と備え付けられたマッサージ器に全身をもみほぐされながら、コーヒー牛乳である。温泉の楽しみ、ここに極まれり。

露天風呂から見た海。岩の手前が湯船。
風呂の休憩所からも海が一望。遠くに見えるのが仁右衛門島。
某寿司店にて。パネルで注文すると自動でテーブルまで運ばれてくる!

ホテルを辞して、寿司屋でちょっとつまんで(この地では回転寿司屋でも地の新鮮な魚が食べられる!)、館山方面まで足を伸ばしてみることにした。“気がいい”と聞いていた安房神社に行ってみたかったのだ。
小さな神社には、地元の人たちが数名。どうやら遅れた初詣のようだ。私も、初詣客に混じって参拝する。おみくじを引いてみたら吉だった。「辛抱強く時の満ちるのを待て」とある。

安房神社の参道。両側は桜。春にはとても美しいそうだ。
安房神社本殿。人も少なく、静かだった。
おみくじは吉。結ばず持ち帰る。

東京に戻ってくる頃にはとっぷりと日が暮れていた。今まで静かな港町でゆったりと過ごして気持ちよく過ごしていたのに、無数のビルの明かりを見ると、「私の居場所に帰ってきた」という気がした。
真砂女も銀座に腰を据えてからは、この街の喧噪がほっとする居場所だったのかもしれない。銀座を通り過ぎながらそう思った。