恋愛小説家・狗飼恭子に聞く
いま、小説を書くことの意味。

(2011.05.13)

■狗飼恭子プロフィール

1974年埼玉県生まれ。92年に第1回TOKYO FM「LOVE STATION」ショート・ストーリー・グランプリにて佳作受賞。高校在学中より雑誌などに作品を発表。95年に小説第一作『冷蔵庫を壊す』を刊行。著書に『南国再見』『彼の温度』『あいたい気持ち』『一緒にいたい人』『愛のようなもの』『低温火傷(全3巻)』『好き』『愛の病』『薔薇の花の下』『温室栽愛』(以上幻冬舎文庫)『国境/太陽』(メディアファクトリー)『シー・オブ・ドリームス』(講談社ディズニー文庫)などがある。最新刊は、エッセイ集『ロビンソン病』(幻冬舎文庫)。また、『ストロベリーショートケイクス』『スイートリトルライズ』などの映画脚本も手がけている。Webマガジン幻冬舎でエッセイ「愛の病」を連載中。オフィシャルブログ緑色珈琲。

 

恋に落ちる2人の2つの小説をWEBで同時連載。
新しい試みで彼女が得たものとは。

弊社サイト「マガジンワールド」で『砂漠に雨の降るように』、ジョンソン・エンド・ジョンソンのコンタクトレンズ「アキュビュー オアシス」のウェブサイトで『たった十四日の奇跡』という小説を同時連載中の狗飼恭子さん。同じ場所を生きる見知らぬ28歳の男女が偶然出会って、そして恋に落ちるまでを丁寧に描くストーリーは、2本同時連載、そしてウェブサイトと携帯で読めるという新しい試みの小説として、注目を集めている。執筆開始早々に東日本大震災も起こった。まさに今、連載中の狗飼さんに、心境を尋ねてみた。

 

思い通りには進んでいかない。それが“小説を書く”ことの楽しみ。

物静かな人である。ひとつ質問をすると、じっと考え、それから言葉を口にする。丁寧に選ばれた言葉だ。一人で執筆する時も、きっとこのように丹念に言葉を選び、紡いでいるのだろうと想像させる。

-今回、弊社のウェブサイト「マガジンワールド」で『砂漠に雨の降るように』、ジョンソン・エンド・ジョンソンのコンタクトレンズ「アキュビュー オアシス」のウェブサイトで『たった十四日の奇跡』という小説を同時連載されています。これはそれぞれ、恋人に振られたばかりの28歳の女性の視点と、もう恋することなどないかもしれないと思っている28歳の男性、それぞれ知らぬ者同士の視点で描かれるWEB小説という珍しいかたちですね。

狗飼さん(以下狗飼)「小説を2つの視点で交互に連載した経験はありましたが、同時に進行していくのは初めてです。物語には大きな謎を作りたかったのですが、1人の謎は2人の視点で見ると謎ではなくなってしまうんです。そこをいかに謎として残しつつ小説に仕立てていくかに気を配りました。

最初にプロットを書いて全体の構成を作った後に執筆していったのですが、プロットの段階ではかみあう予定の回が書いているうちにだんだんかみあわなくなったりしてきて(笑)。小説では人の感情を細かく書き込んでいくので、思い通りには進んでいかないんです。それが“小説を書く”ことの楽しみでもあるのですが。

-おかげで、読者は女性の視点と男性の視点を行き来しつつそれぞれの感情を味わうという、複雑な面白さのある同時連載になっていると思います。どちらの小説の中にも恵比寿、広尾、銀座など、東京の実在の地名が出てくるのも印象的ですね。

狗飼「読者は東京で暮らしているOLが多いのかな、と思ったこともありますが、仮に行ったことのない土地の名でも、いつか東京に来たときに『あ、これはあの小説に出てきた駅』とデジャヴを感じてくれたらうれしいな、と思いました。実は登場するレストランもすべて実在の場所を描いています。行ったことのある人にはわかるかもしれない…」

-私の友人に「あのレストラン、あそこでしょう」と言ってきた人がいました。『砂漠に雨の降るように』第一話目の、主人公の珠里が5年間つきあった恋人・信也に振られるシーンが印象的なあのレストラン…代官山のあそこに間違いないですか?

狗飼「間違いないです。その方、さすがですね(笑)」

あえて普段しないことを小説の中に取り入れてみる。

-今回、ウェブ上で読む本という形を活かして、写真とのコラボレーションも試みておられますね。

狗飼「私は小説を書いて編集者に渡す役目。写真はお任せしています。ですので、毎回、読者と同じように『今回はどんな写真がついてくるのかな』と楽しみにしているんです。

第一話は、いきなり砂漠の写真が見開きで出てきてインパクトがありました。実際の小説に出てくるシーンを表現している写真もあれば、主人公の脳内を写真にしたような回もあって、おもしろいです。イメージが広がっていきますよね」

—今回は、ウェブ上での2本同時連載という試みが初めてだったこと以外にも、チャレンジがあったそうですね。

狗飼「『砂漠に雨の降るように』の主人公の珠里は、5年間つきあった恋人に振られたことで夜のジョギングを始め、それがきっかけで謎の“泥男”を見つけ、それから…というように物語が進んでいくのですが、実は私自身は走ることには特に興味がなかったんです。また、『たった十四日の奇跡』に“イメルダ”という犬が出てくるのですが、犬を飼うことにもそんなに興味があるわけではなかった。

でも、今回は、いつもと違う場所で違うことに挑戦するので、あえて普段私がしないことを小説の中に取り入れてみよう、というのが自分なりの裏テーマなんです。書いているうちにだんだん犬が好きになってきました(笑)。

また、今回は、男性の主人公・真吾の小説『たった十四日の奇跡』がジョンソン・エンド・ジョンソンの「アキュビューオアシス」のサイトに掲載されることもあって、コンタクトレンズをイメージし、「ガラス越しに見る」ことを1つのテーマにしました。

「見られる」珠里と、「見る」真吾。まったく知らない2人が出会って、互いを見て、恋をする。お化粧をしておしゃれをして、最高にきれいな状態ではなく、飾っていない自分を好きになってくれる人が現れたら、それは女性としてとても幸せなことだろうな、と。人が動いている姿に恋をする話を書いてみたかったんです。

被災地の女性から「読んでいます」とメールが届いた。

—執筆を始めた時期がちょうど3月11日の東日本大震災と重なっていましたね。何かそのことによる影響はありましたか?

狗飼「連載開始時のプレスリリースにコメントを書きましたが、物語を紡ぐときに私が一番大切にしているのは、『ラストシーンで、主人公が明日を信じていること』です。人はなにをどれだけ失っても、最後に残る光るものを信じ続けたい生き物なのだと私は思っています。

『砂漠に雨の降るような』も『たった十四日の奇跡』も、とても小さな世界の、とても小さな物語です。ちっぽけな人間の、ちっぽけな感情の変化です。その感情の変化が、読んでくださった人たちの気持ちを少しでも明るくしてほしい…今だからこそ、人が人を大切に思う気持ちを書きたいと思っています」

—連載を始めてすぐに、印象的な出来事があったそうですね。

狗飼「はい、岩手の被災地の20代の女性から私のブログ宛にメールが届いたんです。『震災後、物資の不足でラジオと自宅に残った本しか楽しめるものがなかったのですが、携帯で新しい連載小説が読めて本当にうれしいです』という内容でした。そのメールを読んで、私もとてもうれしかった。

ウェブサイトと携帯で、今、この2つの小説を連載しているという意義はこんなところにもあるのだな、と感じました。小説の中で実在する東京の地名やお店のシーンを書いて、私が暮らす東京の今の姿を書き留めておきたい、と思った理由はそんなところにもあります。

好きなことは、決して楽しいことばかりじゃない。

—現在は、小説のみならず脚本の分野でも活動の幅を広げておられますね。小説はオリジナル作品。脚本は誰かの原作の脚本化。ということで、創作活動としては違うもののように思えますが。

狗飼「オリジナルなものをやりたいなら小説を書けばいい、と思うんです。私にとって脚本は、素晴らしい原作の手のひらの上で転がされるような感覚。原作の世界を、自分で好きなように作っていけるという面白さがあります。原作への尊敬がなければ脚本の仕事はできないですよね。監督と文字との間の2.5次元の世界を作るのが脚本家。うまくその世界を翻訳できたときに充実感を感じます。

小説は、たとえば30のシーンを考えても、世の中に出るのはたったの1シーン。でも、脚本の場合は30のシーンをすべて監督に提出して、見てもらうことができます。自分がいいと思ったシーンじゃないものを監督が選んだときは驚きます。

また、俳優さんが、自分の書いたセリフを声に出してしゃべったときにびっくりすることも多いです。あ、この登場人物って、生きてるんだな、という感じがして。そんなことも全部含めて、楽しいですね。

もともと、高校生くらいから20歳くらいまでは、映画より舞台のほうを多く見ていました。舞台のもぎりのアルバイトをしたこともあります。高校生の時に、一度、舞台の脚本を書いて今は舞台女優になっている友達に見せたら、ずいぶん後になって『あれ、つまんなかったね』と言われたことがあって。それがトラウマになっていてオリジナルの脚本を書こうと思わないのかも(笑)」

—でもおかげで、私達は今「小説家・狗飼恭子」の作品が読めているのかもしれませんね。「小説家になりたい」と言う人がいたら、何と答えますか?

狗飼「小説家になりたい、という人は小説家にはなれません。小説が書きたい、と思う人が小説家になるんです。私は、デビューした時、詩人と呼ばれていました。そのうち、小説家と呼ばれ、今は脚本家と呼ばれることもある。でも、どう呼ばれるかは問題ではないんです。自分の好きな“書く”ということをずっと続けていきたいなと思っています。

正直、いやになるときもありますよ。でもやり続けれなければいけないと感じるんです。自分の好きなことって、決して楽しいことばかりじゃない。でもどんなに苦しい時期があっても、文章を書くことは続けていきたい。それが私にとっての『好きなこと』だから」

 

『たった十四日の奇跡』

恋人にふられたばかりのOL・珠里と、犬ぎらいの鞄職人見習い・真吾。接点のない28歳の男女が、ある日ばったり出会うことから物語は始まり、珠里と真吾のそれぞれの視点で14日間の出来事が展開していく。
珠里のストーリーであるSIDE-A『砂漠に雨の降るような』は「マガジンワールド」で、真吾のストーリーであるSIDE-B『たった十四日の奇跡』は「アキュビュー オアシス」ウェブサイトで、それぞれ同時に連載中。

期間:2011年4月11日〜6月2日(各全14話)
 

「アキュビュー オアシス」ウェブサイト
SIDE-A『砂漠に雨の降るような』
SIDE-B『たった十四日の奇跡』

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取材・文 池田美樹