転生の追憶 – 最終話 –

(2009.05.13)

前回までのあらすじ

美恵の暗号メールを頼りに、宮脇はホテル東都四谷12階の1206号室にたどり着いた。二之前の携帯を呼び出すと中から着信音が。宮脇は非常ベルを鳴らし、部屋から二之前をおびき出した。そして体当たりを食らわせ部屋の中へと駆け込むと、そこには手錠に猿轡の無残な美恵の姿が。宮脇は美恵を抱きかかえ、非常口からの脱出を試みるが二之前と揉み合いに。翌、日曜。バージンロードを歩く美恵の姿があった。参列席には、頭に包帯姿の宮脇、そして深く頭を垂れる二之前の姿が。

義之はもどかしそうにシートベルトを剥ぎ取ると、急いでコックピット脇のトイレに駆け込んだ。
「シャンパンを三杯もお代わりする人、初めて見たわ。いくらサービスだからって」
美恵は窓から地上を見下ろした。
『もし今生でもう一度、君と二人っきりになるという、偶然という名の必然が待ち受けていたとしたら、今度こそ何も躊躇うことなく、君を口説き落として見せるまでさ。例え八十に手が届きそうなほど、齢を重ねていたにせよ。それがぼくの魂の仰せとあらば』美恵は宮脇の言葉を思い出した。ポーチの中から懐中時計を取り出して、宮脇の温もりを感じられないかと、掌の中に握り締めた。
トイレのサインが消えた。義之がスッキリした顔を、通路に覗かせた。
『まずい! 』美恵はポーチに懐中時計を仕舞いこもうと慌てた。
突然シートベル着用のサインが、ポーンという電子音と共に点灯した。機体が音も無く、大きく上下に揺れた。義之は最前列のシートに必死で掴まった。美恵の身体もシートごと上下に揺れた。ポーチに仕舞いかけていた懐中時計が、美恵の手を放れて飛び上がり、天井で鈍い音を立て、義之の足元に転がった。

◆ ◆ ◆

 宮脇は、ベランダに落っこちた懐中時計を拾い上げた。文字盤側の上蓋を開いた。どこにも異常はないようだ。香港で美恵と共に時間を合せてから、二人だけが共有する秘密の時が正確に刻み続けられていた。上蓋がカチリと音を立てて閉まった。裏側で小さくバネが弾けたような音がした。
宮脇はそう感じた。
懐中時計を裏返してみると、時計の背面に寸分狂わず張り付いていたはずのからくり蓋が、かすかに持ち上がっているようだ。宮脇の胸が高鳴った。
「あらっ、素敵な懐中時計だこと。ねえ、ちょっと見せて」宮脇が顔を上げると、傍らで幸子が掌の中を覗き込んでいた。
「アンティークよね。何処で見つけたの? 」
「先日の香港出張中に… セコンドショップの店先に転がってたんだ」
幸子は宮脇の手から懐中時計を取り上げた。
昔と変わらぬ長い黒髪が、ベランダを渡る風になびいた。首筋に双子のホクロを覗かせながら。

◆ ◆ ◆

 機体の揺れはどうやら納まった。義之は足元の懐中時計を取り上げ、美恵の隣りの席に戻った。
「あら、ごめん。さっきの揺れで飛んでっちゃった」
「こんなの前から持ってたっけ? 」義之は上蓋を開けた。すかさず美恵が義之の手から取り上げた。どこも異常は無く、宮脇と共に合せたままの時刻が刻まれ続けていた。上蓋がカチリと音を立てて閉まった。裏側で小さくバネが弾けたような音がした。
美恵もそう感じた。
懐中時計を裏返してみると、時計の背面に寸分狂わず張り付いていたはずのからくり蓋が、かすかに持ち上がっているようだ。美恵の胸が高鳴った。
「これってさあ、結構年代物だよなあ」義之は再び懐中時計を美恵から取り上げた。

◆ ◆ ◆

「あっ、裏蓋が取れちゃった」横浜のベランダと、太平洋上空の機内で同時に声が挙がった。
「あらっ、何この写真」
「あれっ、何だこの写真」
幸子と義之は、互いの場所こそ違えども、まったく異口同音に同じ台詞をつぶやき、からくり蓋に填め込まれた写真を繁々と眺め回した。
「… あなたったら… 」
「… 美恵、お前… 」

「あなたこれっていつの写真? こんな写真なんて撮ったっけ? 」
「美恵これっていつの写真だい? こんな写真なんて撮ったっけ? 」
「ああ、そうか。今はC G でこんな風に出来ちゃうんだ」
再び幸子と義之は異口同音につぶやいた。

宮脇と美恵は、妻が、夫が、何を言い出したのかまったくわからず、相手の手から懐中時計をもぎ取って、からくり蓋の写真を眺めた。

宮脇の懐中時計に填め込まれた写真には、自分とそっくりな男が、長い黒髪の美しい女性の腰に手を回していた。
何所かで逢った事のある女。
バックの風景は、紛れも無く半世紀ほど前の香港の港だ。港に寄せる風が強そうで、女の長い黒髪が風になびいている。首筋には双子のホクロが。

美恵の懐中時計には、自分にそっくりな女に寄り添うように、背の高い美男子が腰に手を回していた。
何所かで逢った事のある男。
バックの風景は、紛れも無く半世紀ほど前の香港の港だ。港に寄せる風が強そうで、七三に分けた男の髪を跳ね上げている。
額の生え際には、薄っすらと楕円形の痣が。

◆ ◆ ◆

『誰と誰のペアウォッチだったかまでは、わからないそうだ。男物の方は、第二次世界大戦後間も無く香港の老婦人の手で、この店に持ち込まれたらしい。もう一方の女性用は、それから十年ほどたった一九五六年に、日本の業者の手を経てこの店に持ち込まれたそうだ』
『なぜ片方が香港で、もう一方が日本だったのかしら』
『世界中にたった二つしかない時計だから、互いに引き寄せあったのだろうって』宮脇と美恵の脳裏に香港での会話が蘇った。
『君は、前世って信じるかい? 』
『輪廻転生のようなものでしょ』
『人間の魂ってのは、この世に何度も何度も生まれ変ってくるんだ。そして今君の魂は、君の肉体を借りている。ぼくだって同じだ』