シノエリの美術巡礼中 – 7 - 創造のシステム 〜shiseido art egg 村山悟郎展から〜

(2010.03.12)

村山悟郎はまず作品を制作する“システム”を決定することから始める。

今回、村山が資生堂ギャラリーで展示する「絵画的主体の再魔術化」は、大きく分けて2種類の作品から成る。一つは麻紐を編み下地を塗って自らが作りだした自由で変幻自在な形のキャンバスにペインティングを施した作品。もう一つは村山と10人の協力者によって壁面に直接描かれたウォールドローイング。

両作とも明確な“システム”のもと制作されているが、その結果現れたのはダイナミックで有機的な、まるで鼓動が聞こえてくるかのような作品である。これは最初に定めた“システム”が、生物の“システム”に着想を得ているからであり、村山がその中に身を浸し自らを“システム”に取り込ませていくからであろう。

第4回 shiseido art egg 村山悟郎展 photo / 伊東祥太郎

そうして彼は“システム”になり、“システム”に支配され、“システム”を変えていく。

前者の作品では一定のルールを守りながら循環し、増殖していく生物の生成変化、例えば巻貝の殻の成長といったものに注目し、これを「麻紐を編む→下地を引く→ペインティングを施す」という作品制作の過程に当て嵌めた。その過程を繰り返し行う中で、麻紐の編み方や、下地の成分や厚さ、一回の過程で増殖する大きさと形などを様々に変えながら最良の組み合わせを模索する。これを繰り返し行っていけば当然のことながら技術力も上がるので、循環の回数を重ねる毎によりよいものへと近づいていく。一つひとつの循環が連続した塊となって示されることで、それらの思考錯誤と技術の向上、創造そのものへの情熱が会場内にエネルギーの渦を巻き起こし、我々を圧倒するのだ。

これほど大きな力を感じさせる作品が、たった一人の人間の手でつくられたことにはただただ驚くばかりである。

本作から感じられるのは非常に素朴でプリミティブな創造の力強さである。循環を繰り返しながら改良を重ね、よりよいものを目指すというあり方は、あらゆる創造に当てはまるものだ。例えばこの“システム”の基となった生物の生成変化はもちろんのこと、人間の文明の発達はまさにそうして続いてきたのである。そして一人の人間、一人の画家の成長もまたしかり。
村山は、画家は一つひとつ違うキャンバスに描き、よりよい作品となるものを模索してついに作品を完成させるが、今回のこの作品は完成した部分だけではなく、完成に至るまでのプロセスをも一気に見せてしまうものだと言う。
余計なメッセージを付加せずに、創造の力強さそのものをみせてしまう。
これが村山悟郎の魅力だ。

もう一方の作品は、まず村山が鉛筆で迷路を描き、その後10人の協力者にその迷路内に3色のペンでドローイングをさせるというもの。3色のペンによるドローイングには一定の法則が与えられており、協力者はそれに従って「Λ」模様を描いていく。その法則というのは、3色をA、B、Cとすると、たとえばAの「Λ」とBの「Λ」の下部が接触した点の下にはCの「Λ」を描くといったもので、協力者はただただこの法則を間違えないように機械的な作業を続けるのだ。
ここでポイントなのは、村山が“修正”を認めないというルールを設けている点である。指示されたのは単純な作業だが、間違った色の「Λ」を描いてしまうことが必ずある。しかし、正しい色に修正するのを認められていないので、そのまま法則にのっとった作業を繰り返すことになるが、1色でも間違うと、その後の色にどんどん影響が広がってしまう。

つまり、目に見えて間違いが色の変化として現れるので、協力者は自らの間違いをさらけ出されるのだ。この作品では法則に正確であることよりも、思いがけず起きた“エラー”の方に焦点が当てられていると言えよう。

システマティックでありながら有機的。独特のドローイング。

この“システム”の基となったのは、あらゆる生物の体内で起こっている、遺伝情報がタンパク質に変換される過程だという。遺伝情報は、タンパク質に通常は正しく転写・翻訳されるが、時折変換を“間違える”のだそうだ。この間違いはウイルスから人まで、全ての生物で起こる。ただし、人の場合は滅多に間違えないが、ウイルスは次々と間違いを起こす。これは即ち、ウイルスの方が遺伝子突然変異を起こしやすいということを示しており、ウイルスが驚異的なスピードで進化している原因である。

体の中でさえ間違いが起こっているのだから、色の書き間違えが起こるなんて当たり前のように思えてくる。遺伝子突然変異は時として病のもとになりかねないが、進化の原動力にもなり得るというのは興味深い。
そうしてできあがったドローイングは、システマティックでありながら有機的な、独特のものになった。是非とも会場で見て欲しい作品である。

このように村山は、自然界に存在する“システム”を、自らの創造“システム”に投影している。それゆえ彼の作品は、普遍的で根源的な力強さを宿しているのである。
また、“システム”と人間がやりとりする中で見えてくるのは、試行錯誤を重ねもがきつつも進歩していく創造の力、或いは思わぬ“エラー”が引き起こす危険と隣り合わせの進化。
ゆっくりと花開きつつある大輪の花がイメージされた。

ともかく、一見の価値がある作品だ。
そして一度見ればずっと心に残る、不思議な魅力を湛えている。

☆シノエリの現場ルポ☆

村山悟郎さんは、東京藝術大学大学院の絵画専攻博士課程に在籍中!!
ドローイングで協力してくれたのは東京藝大の仲間たちで、彼らも村山さんに劣らずユニークで素敵なアーティスト。彼らの作品も見たいですね!
ところで村山さんはとっても長身。話をする時、背の低い私のためにわざわざかがんでくださって、優しさにあふれた方だなぁと思いました。

『第4回 shiseido art egg 村山悟郎展』
2010年3月5日(金)~3月28日(日)
資生堂ギャラリー
東京都中央区銀座 8-8-3 東京銀座資生堂ビル地下1階
TEL 03-3572-3901
平日11:00~19:00  日・祝11:00~18:00
月休
入場無料
URL www.shiseido.co.jp/gallery
主催:株式会社 資生堂
協力:株式会社タカショー、ホルベイン工業株式会社