池田美樹, 池田美樹のLOVE♥ CITY WALKブルーモーメントは素敵な夜の始まり。

(2008.08.12)
「ブルーモーメント」という言葉をご存じだろうか。夕暮れ時に、辺り一面が青い光に照らされて見える現象のことをそう言う。もともとは北欧で生まれた言葉で、白夜の時期にはこれが数時間も続くのだそうだ。

 では日本ではどうかというと、天気のいい日没の直後、数分から10数分間ほど訪れることがある、と言われている。実は私、この幻想的な時間に惹かれてしょうがないのである。

 昼でも夜でもない境目。子どものころはこの時間帯が大嫌いだった。なんだか恐ろしくて悲しくて、よく、しくしくと泣いていた記憶がある。理由は? と問われてもちゃんと答えられなかった。

 少し大きくなってから「黄昏(たそがれ)」という言葉を知った。黄昏とは、夕暮れ時のこと。薄暗くなって人の顔が見分けにくく、「誰そ彼」=誰だ、あれは、と言っていたのが語源だという。

 黄昏はまた、「逢魔が時」ともいうことを知ったのはさらに後。広辞苑によると、逢魔が時は「オオマガトキ(大禍時)の転。禍いの起る時刻の意」とある。古くは現実と異界との境界の時刻とされた。明治から昭和にかけて生きた、幻想文学の先駆けといわれる小説家・泉鏡花の作品にも、好んで用いられた言葉だ。

 子どもは自然や動物に近い存在。小さい頃の私は、本能的に、異界へと移り変わっていく時刻に不安をかきたてられたのだろうか。サザエさんのエンディングテーマが流れてきたら悲しくなっていたのは、日曜日が終わってしまう、というだけの理由ではなかったのだろう。

 この時間帯が怖くなくなったのはいつのことだか覚えていないけれど、たぶん、大人になって、夜、自分の意志で行動できるようになってからだ。夜は友人達との食事の時間であり、観劇の時間であり、仕事を終えてから駆けつける趣味の時間になった。

 楽しい時間をワクワク想像しながら待つための数分の青い世界は、「ブルーモーメント」という言葉がふさわしいように思う。実際、ヨーロッパ諸国ではこの時間帯を、プライベートタイムが始まる、という感覚でとらえていると聞いたことがある。

 とはいえ、誰とも約束のない日やちょっと元気のない時は、とても人恋しく感じる時間帯である。そんなときの黄昏時は、「灯ともし頃」という言葉のほうが似合っているだろうか。

 ふだんは忙しく仕事をしているうちに気がつかないまま過ぎていっているに違いないこの時間帯。夏休みの間に、また味わい直してみたいと思っている。

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私の経験したブルーモーメント。ベルギー・アントワープのスヘルデ川のほとり。

ニューヨーク、アッパーウエストサイド。

イタリア・ピエモンテ州ビエラ。

東京。

神奈川・江ノ島。

(2008年8月12日 anan編集部 池田美樹)