知れば知るほど奥深い。 アレックス・ラミレスと中南米の野球の世界!

(2014.11.07)
All photos courtesy of Gunma Diamond Pegasus
All photos courtesy of Gunma Diamond Pegasus
この秋、一人のプロ野球選手が引退しました。ファンから「ラミちゃん」の愛称で親しまれたアレックス・ラミレス。 落合博満をして「日本プロ野球界で最高の打者」と言わしめた打撃はもちろん、「アイーン」や「ゲッツ!」といったギャグを取り入れたあのパフォーマンスも、もう見ることはできません。スポーツの秋。遠くベネズエラからやってきたラミちゃんの成功の秘訣と中南米の野球のディープな魅力に迫ってみます。
生き残れ! 這い上がれ!
地球の裏側のベースボールの世界。

日本プロ野球は頂上決戦日本シリーズも終え、ひと段落。福岡ソフトバンク・ホークスが、みごと秋山監督の花道を飾り優勝しました。それにしても毎年、パ・リーグの選手の活躍には目を見張るものがあります。ピンチでも動じずスマイルをみせる武田投手や鉄壁の遊撃手今宮選手といった若手の活躍もあれば、MVPを獲得した内川選手や手の込んだ巧みなリードをみせた細川捕手といったベテランの働きもあり、日本一にふさわしい戦いぶりを見せてくれました。一方、敗れた阪神タイガースは残念でした。クライマックスシリーズでの見事な戦いぶりは見られず、ドミニカ出身の主砲ゴメスも不発。来年に期待です。

これより野球はオフシーズンに突入し、スポーツ紙を賑わす機会もめっきり減ります。しかし一方では、翌シーズンを見据えた水面下での動きはすでに始まっているのです。首脳陣は戦力補強のために、若手選手は技術向上を目的に、地球の裏側に飛び立って行く。

米メジャーリーグがレギュラーシーズンを終える10月初旬。待ちかねたように開幕する野球リーグがある。日本では「ウインターリーグ」として知られている、主に中南米諸国で行われる独立リーグ。開けた屋外の球場で白球を追うのは、メジャーリーグを目指す若者やまだ定位置を掴めずにいる現役メジャーリーガーたちだ。

プエルトリコ、ドミニカ共和国、パナマ共和国、メキシコ、そしてベネズエラで競われる各国のリーグは、翌シーズンに向けて自分の売り込みに必死な選手と少しでも安く掘り出し物の選手をみつけ出そうとするスカウトがせめぎあう修羅の場だ。あの野茂英雄でさえ、ベネズエラのリーグでプレイした経験があるのだ。

かように中南米で野球が盛んな理由は、米軍の施設があったからだと言われています。施設で働くアメリカ人のために球場がつくられ、野球が地域に根付いたというわけだ。そのひとつがベネズエラのリーグだ。日本プロ野球においてもベネズエラ出身の選手の活躍はめざましい。猛烈なフルスイングで本塁打王のタイトルを獲得したアレックス・カブレラやロベルト・ペタジーニは記憶に新しい。

***

ところで、ベネズエラの前大統領ウーゴ・チャベスがキューバでフィデル・カストロと面談した際、こんなことを述べたという。「フィデル、しゃがめよ。おれが打ったらボールはハバナを高く過ぎて、ホワイト・ハウスまで飛んでいくからな。もし、届かなかないように見えたら、ちょっと後押ししてくれよ」。やや物騒ではあるが、野球が当地に根付いた文化だと感じさせるエピソードだ。

 

貧困から抜け出せ!
甲子園をめざさない球児たちの闘い。

2014年10月14日、ある野球選手が引退を発表しました。東京ヤクルトスワローズ、横浜DeNAベイスターズなどで活躍、外国人選手として初めて日本球界での2000本安打を達成し、本塁打王2回、首位打者を飾ること1回、ユニークなパフォーマンスと「ラミちゃん」の愛称で多くのファンから愛されたアレックス・ラミレス。そもそも外国人選手が日本で引退を表明するというのも珍しいがけれど、その残した実績からすればもっと注目されてもよかったのではないかと思います。

ラミレスはベネズエラの首都カラカスから車で45分ほど離れた小さな町ピニャンゴ・デ・ジャレで育った。少年野球チームで頭角を表し、メジャーリーグのスカウトから誘われたのは16歳のとき。高校野球をステップにプロ入りを目指す日本球界とは何かが違うのだがけど、ラミレスの著書『ラミ流』(中央公論新社、2009年)を読んで納得しました。ラミレスいわく「日本では教育が重んじられ、学校が何よりも優先する。スポーツは基本的にそのあとだ。ベネズエラでは、ほとんどの人が日本ほど教育を重んじていない。特にスポーツの世界に入ろうとする少年たちにとっては。なぜらならそれが、貧困から脱出する道だからだ」。

なるほど。中南米の野球界は、さしずめ甲子園を経て巨人入りを目指す星飛雄馬を主人公にした『巨人の星』より、不遇な生い立ちから這い上がる矢吹丈を描いた『あしたのジョー』の世界といったところ。アマチュアの位置づけがまるでちがいます。

少年時代はピッチャーで活躍していたという。たまたま所属チームの外野手がけがをして代わりに出場した試合を見て、メジャーのスカウトの目にとまったという。NPB で通算 2017 安打、379 本塁打を記録したラミレスの打撃フォーム。
少年時代はピッチャーで活躍していたという。たまたま所属チームの外野手がけがをして代わりに出場した試合を見て、メジャーのスカウトの目にとまったという。NPBで通算2017安打、379本塁打を記録したラミレスの打撃フォーム。

余談ですが、『あしたのジョー』にもベネズエラ出身のボクサーが登場します。「無冠の帝王」と称されたカーロス・リベラ(「カーロス」という表記に時代を感じます)。この陽気で天才気質なリベラとジョーの死闘はノーコンテストに終わるのですが、後年ジョーが再会した「無冠の帝王」は「キング・オブ・キングス」ホセ・メンドーサの必殺コークスクリューパンチにより重度のパンチドランカーとなっていたのでした。ちなみにメンドーサはメキシコ人ボクサー。どこかクールで振る舞いは紳士的。リベラとの陽気なラテン系の対比にはなかなか興味深いものがあります。

10月22日『セルバンテス文化センター東京』でイベント『スポーツとの出会い ベネズエラとベースボール:ラミちゃん』が開催されました。ラミレス選手は引退してもサービス精神は変わらずに旺盛。参加者からの質問にも冗談を交えながらもまじめに答えて「ラミちゃん」ぶりを発揮していました。

若手の選手たちとの交流。ラミレスは「明らかに能力があるのに、壁を乗り越えられない選手がいる」と言う。これからは指導者としてすばらしい選手を育ててくれることに期待だ。
若手の選手たちとの交流。ラミレスは「明らかに能力があるのに、壁を乗り越えられない選手がいる」と言う。これからは指導者としてすばらしい選手を育ててくれることに期待だ。
 
日本で最も愛された外国人選手。
アレックス・ラミレスはなぜ日本で成功したのか。

2014年、ラミレスは意外な場所でシーズンをスタートしました。BCリーグの群馬ダイヤモンドペガサス。ちなみにこのチームにはほかに3名の外国人選手がいるのですが、みなベネズエラ出身だそう。ラミレスは入団の理由として「群馬で家族的な雰囲気のチームを作れるんじゃないかと思っているし、地域コミュニティーを一つにまとめられるきっかけにできるんじゃないか、と思ったから」(『日本経済新聞』2014年4月11日)と語っています。このフレーズを目にして「おや?」と思ったのです。

BCリーグ(ベースボール・チャレンジリーグ)はプロの独立リーグで、主にプロ野球選手育成の場です。選手たちは一刻も早くプロと契約ができるよう切磋琢磨する、いわばウインターリーグ日本版。そのような競争が厳しい世界において、ラミちゃんのセリフは似つかわしくないと思ったのです。自分のためというよりも、チームや地域への配慮を感じさせます。

「ラミちゃんぬいぐるみ」。似ているどうかは!? 群馬ダイヤモンドペガサスのホームページで購入できます。指導者になっても、ぜひユニークなキャラクターグッズを制作してほしいです♡
「ラミちゃんぬいぐるみ」。似ているどうかは!? 群馬ダイヤモンドペガサスのホームページで購入できます。指導者になっても、ぜひユニークなキャラクターグッズを制作してほしいです♡

でもラミちゃんはラミちゃんでした。ファンへのサービスを忘れず、若手選手との交流にも時間を惜しまない。国境を越え、いくつものチームを渡り歩いてきたわけだがけど、どこに行ってもそのチームになじもうと努力する。この積極的な姿勢にこそ、ラミレスが日本球界で大きな成功を収めたヒントがあるように思います。

ベネズエラで野球を始めメジャーリーグに進んだ男は華々しい成績を残し、最後は群馬で現役生活に終止符を打ちました。多くのファンから愛されたラミちゃんだからこそ、故郷から遠く離れたこの国で再びユニホームに袖を通す日は近いと思うのです。

協力:群馬ダイヤモンドペガサス

(BSYO / ハル プロフィール:おもむくままに生きる。職業は書籍編集。最近のモットーはチームを作って活動すること。この秋、驚いたことはムーミンが考えていた以上に小さな生き物だと知ったこと。)