Shibuya Tourbillon ~14~ 目に映るすべてのことは物語の編み目
ホドロフスキー メカス カルニオー

(2014.02.10)


2014年2月22日(土)~開催のアンスティチュ・フランセ東京×アツコバルーarts drinks talk連携展『オルタ-ナラティブ|物語の編み目に』前田真二郎の作品『BETWEEN YESTERDAY & TOMORROW』(2011-13)Produced by SHINJIRO MAEDA。

♪雪は降る~、あなたは来ない♪ でもアツコさんは行きます、マレへ三茶へ。『アツコバルー arts drinks talk』、ライブハウス『サラヴァ東京』のオーナー アツコ・バルーさんが綴るコラムが『シブヤ・トゥルビヨン』。今回はホドロフスキー、ジョナス・メカス、カルニオー/フルニエ、前田真二郎……すべてにはメッセージが、物語の編み目があるのです。

三茶にて。飯村昭子さんと
ジョナス・メカスについて。

先日、三軒茶屋のオルタナティブスペース『KEN』で笹久保伸の展覧会を見に行ったときにNYからいらしていた飯村昭子さんにお会いした。彼女はジョナス・メカス(Jonas Mekas)の翻訳をしておられる。(『メカスの難民日記』みすず書房)

メカスはハリウッドの商業映画とは異質のインディームービーのゴットファザーというが、自分で作るのみではなく、『アンソロジー・フィルム・アーカイヴス(Anthology Film Archives)』 や『フィルムメーカーズ・コーポラティブ(Film-makers’ Cooperative 映画作家協同誌組合)』などの組織を作り後進の助けもしている。インディームービーのムーブメントを作ったのがこの戦時中ドイツの収容所を逃れて放浪したリトアニア出身の彼だったとは知らなかった。

「彼がいなかったら今の自主上映している映画作家たちはいなかったのよ」と昭子さんがおっしゃった。ヴィデオ・アートという表現もそうかもしれない。ナム・ジュン・パイクからの流れも大きいが、2月に『アツコバルー arts drinks talk』で映像作品をみせてくれる作家、カルニオーとフルニエ、前田真二郎に関してはメカスの流れである。と思う。そこいらへん、ご本人たちに聞いてみないといけない。

パリにて。
ワオ! ホドロフスキー夫妻に会う。

先週、パリでカルト映画の巨匠、ホドロフスキー夫妻にお会いした。ワオ! ヴィヴィアン佐藤さんが椅子から飛び上がりそう。アップリンクの浅井さんに遅咲きのファンだね、と笑われたが、私はメカスもホドロフスキーも見たことがなかった。で、今は大ファン。

ホドロフスキーは、彼の膨大な著作、シナリオ、書物、映画作品の発表されたものが収まっている大きな本棚をさして「これはエゴテック(図書館ビブリオテックのもじり)だよ」と自虐ギャグを飛ばしておられた。85歳とは思えない制作リズムとユーモア。いや30歳でもこんなに生み出している作家は少ないだろう、この人は一種のキチガイか?「ツィッターは21世紀の詩である」と毎日ツイートを飛ばして、そのフォロワーたるや91万人、FBのいいね!は100万人である。最近ツィートを集めた本も出した。

それだけでも足らずにというか本業の方もすごくて、2013年フランスで封切りされた映画『リアリティのダンス』は強烈な傑作である、この夏、アップリンクから封切りされるので何があっても見に行ってほしい。これを見ずにあなたは創作を語れない。


ホドロフスキーの映画『リアリティのダンス』2014年7月12日(土)新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷アップリンクほか、全国順次公開される。監督・脚本 アレハンドロ・ホドロフスキー

メカスとホドロフスキー、91歳と85歳の彼らが長い人生の途中どこかで会っている可能性は大きい、商業映画に対する強い拒否感を表しているのは共通する。しかし何が商業であるか? パリから帰りの飛行機の中で名作とされる日本映画とハリウッド映画を見たが『リアリティのダンス』に比べてなんと薄味で単純なことか。これらの商業映画は一度見ればもういいのに対して彼らの映画は数回は見ないと面白さが味わい尽くせない、と思わせる。それに20年30年を経ても魅力が生き続けるだろうし。だからこっちの方が結局は商業的である。

実は私はホドロフスキーの平面作品を見せてもらいに行ったのだ。彼のデッサンは彼の映画と同じくユニークで残酷、おかしくてエロい。日本ではまだ発表されていないが、パリの近代美術館などで大きな展覧会が開かれている。今年の夏の映画の封切りに合わせて、『アツコバルー arts drinks talk』でも展覧会ができたら良いと思っている。

しわを広げてごらん、
昨日と明日の間の「目に映るすべてのことはメッセ~ジ」だから

2月22日からアンスティチュ・フランセ東京との連携企画として『アツコバルー arts drinks talk』で開かれる『オルタ-ナラティブ|物語の編み目に』展では、ピエール・カルニオー/ティエリー・フルニエと前田真二郎の作品を紹介する。また、日仏2国のメデイアアートの学校『ル・フレノワ』と岐阜県・大垣の『IAMAS』発の映像セレクションも発表、特別展示では、楽しいフレッド・プネル&ヤニック・ジャケの作品もあり、まさに映像三昧の企画である。

映像作品を「未知を発見する道具」と位置づける前田の作品は『BETWEEN YESTERDAY & TOMORROW』昨日と明日の間。カルニオー/フルニエの『デプリ』はしわを広げる、というような意味である。カプセルホテルの部屋で繰り広げられる様々な都会の物語。はちの巣の一部屋ごとに同時に全く違う物語が進んでいく。くしゃくしゃに丸められた書き損じの手紙の皺をのばすように我々はその小さな物語を読んでいく。別にすごいドラマがあるわけではない、ほとんど日常の泡みたいな皺みたいな……そこまで書いてユーミンの歌のフレーズ「目に映るすべてのことはメッセ~ジ」が口をついて出てきた。そうなのよ、ユーミンが正しい、すべてにはメッセージが、物語の編み目があるのです。


『オルタ-ナラティブ|物語の編み目に』より。ピエール・カルニオー/ティエリー・フルニエ 『デプリ』 ”Dépli” Pierre Carniaux / Thierry Fournier

アンスティチュ・フランセ東京×アツコバルーarts drinks talk連携展
『オルタ-ナラティブ|物語の編み目に』
ピエール・カルニオー/ティエリー・フルニエ 前田真二郎

2014年2月22日(土)~3月9日(日)
営業時間:水~土14:00~21:00、日月11:00~18:00
休館日:火
入場料:500円(ワンドリンク付き)

連携企画
第3回[デジタルショック] 『マシンが夢見るとき』
2014年2月21日(金)~3月23日(日)
会場:アンスティチュ・フランセ東京(東京都新宿区市谷船河原町15)、入場無料
平成25年度 第17回文化庁メディア芸術際協賛事業

関連イベント アンスティチュ・フランセ東京 エスパス・イマージュにて(いずれも入場無料)

2014年2月21日(金)15:00~
ビデオ上映&アラン・フレシェールと前田真二郎による対談(司会進行=四方幸子)
『ラストルーム』上映後、アプリケーション『デプリ』の構想について対談を行います。
フランス語・日本語(通訳付)

2014年2月25日(火)19:00~
『ラストルーム』上映&対談
上映後、アプリケーション『デプリ』の構想について対談を行います。
フランス語・日本語(通訳付)
登壇者:ティエリー・フルニエ、四方幸子(キュレーター)
フランス語・日本語(通訳付)

2014年2月27日(木)19:00~
『ラストルーム』上映&対談
上映後、本作に出演しカルニオーともかねてから交流のある三浦基を招き、対談を行います。
登壇者:ピエール・カルニオー(監督)、三浦基(地点代表、演出家)司会:廣瀬純
フランス語・日本語(通訳付)

アウシュビッツの生き残り、マリヤン
慟哭の絵画。

パリの今ではおしゃれな街、マレー地区はユダヤ人街だった。その一角にあるユダヤ教ミュージアム( La Musee d’art et d’histoire du Judaïsme)で今マリヤン(Maryan, 1927-1977)という誰も聞いたことがない画家の展覧会『人間動物園』が開かれている。キューレーターがこの企画を立ち上げた時、そんなの誰も来ない、と反対され難航したらしいが、ふたをあければ大成功である。まず圧倒的な絵の実力にのけぞってしまう。フランシス・ベーコン(Francis Bacon)、フィリップ・ガストン(Philip Guston)、ポール・リベロール(Paul Rebeyrolle)にあるような歪んだ体とあっけらかんとしたきれいな色のマッチがその残酷さを際立たせる手法。人間と豚、犬、機械などを合体させる方法。画集もたぶんない人なのでパリにいる人はぜひ見に行ってほしい。

La Musee d’art et d’histoire du Judaïsme
Maryan (1927-1977)La ménagerie humaine

2月9日まで。


マレー地区はかつてのユダヤ人街。その一角にユダヤ教ミュージアム” La Musee d’art et d’histoire du Judaïsme”


マリヤン(Maryan, 1927-1977)の『人間動物園』(La ménagerie humaine)

作品と人生を一緒にしないでくれ、という作家が多いが彼の場合、恐ろしい経験が絵画に直結しているから描かずにいられない。

彼はポーランドの美しい田園地帯で幸せな幼年時代を過ごした。近所に湖があって、毎年同じメンツでサマーキャンプに参加していた、楽しい夏休みが終わると仲間で合い言葉のように「また来年の夏ここで会おうね」。しかし彼の場合、翌年の夏、12歳の時、ドイツ軍に家族全員が殺され、12歳から18歳までの思春期のすべて、アウシュビッツで過ごすことになった。そこでの経験はまさに生き地獄。泥酔した兵隊の余興で数珠つなぎにされた彼らが次々にこめかみを打ち抜かれていく。兵隊は酔っているためこめかみを撃ち外し首から頬に玉が貫通した。息を止めて死んだふりをする彼、次に撃たれた男性はやはり弾が外れたため即死できずにうめいているとすぐとなりに倒れた男性の頭に12発の拳銃が撃ち込まれた。その後犬が放たれ生きている者達にとどめがさされた。その間、いったいどうして可能だったのかわからないが彼はずーっと息を止めていたという。その経験を彼は繰り返し書き綴り、ビデオの前で語っている。きっと毎日反芻していたのであろう、精神分析の治療を受け、そのトラウマから抜け出そうと絵を描くことがセラピーになっていたようだ。自分だけ生き残った罪悪感に一生苦しんでいた。という。興味のある方な先見の明で有名なパリの画廊『クロード・ベルナール』で70年代から彼の作品を扱っているので、webで作品が見られます。

『クロード・ベルナール』マリヤンのページ

「社会の抗体」慟哭によりそって
アントワン・ダガタ。

ホドロフスキー、マリヤンの絵画、に続きもう一人出会った色濃い、芸術家、アントワン・ダガタ(Antoine d’Agata)
(写真家)。彼は住所不定で冬も夏も小さい黒いナップザック一つで放浪している本物のノマドである。「社会の抗体」、つまりこの社会がきれいで健康、豊かに保たれるために隅っこに寄せられ溜まっている毒のようなバイキンみたいな人々の中に住み、彼らと混じり、セックスしながら膨大な量の写真を撮り続けている。麻薬中毒者、売春婦、歪んだ体、苦しそうなセックス、叫び、絶望、くずれ落ちそうな廃屋、裏道。森山大道が60年代に写してきた被写体だが、違いは時代や国のみならず、彼が被写体と同一次元に身を置き、自ら交わっていることである。見ていて居心地が悪く感じる人もいるだろう、しかし、今の社会の居心地の悪さに気がついている人は、彼が身をもって訴えていることがわかるであろう。彼らは抗体なのだ、できれば目を背けていたい、知らずに済ましていたい、けれど我々の中にもある闇なのである。日本では2008年に開かれて以来の展覧会を、アツコバルーで6月に開く。赤々舎から出版される写真集に合わせて。作家も日本に滞在してイベントをする予定。今、編集中のヴィデオ映像なども見られそうなので要チェックです。

『L’amuseé』アツコ・バルーさんのブログにもパリのみやげ話がいっぱいです!
 http://l-amusee.com/blog/log/20140203_post-38.php

アツコさんのギャラリー:アツコバルー arts drinks talk

TEL:03-6427-8048
所在地:東京都渋谷区松濤1-29-1 クロスロードビル 5F
営業時間:イベントによって異なるのでホームページで確認

入場料:500円(ワンドリンク付)

『アツコバルー arts drinks talk 』開催中の展覧会

光-絵 成田彩
日本の自然に魅せられて青を描いている成田彩の個展。
会期:2014年1月28日(火)~ 2月17日(月) 14:00 ~ 21:00、日月11:00 ~ 18:00、火休