深瀬鋭一郎のあーとdeロハスフランクフルト、アート観光。 〜ゲーテからヨーコ・オノ、村上隆まで。
(2014.04.14)富裕層が収集した美術・博物品が大量に集積
フランクフルト・アム・マイン
今回は中部ドイツの街フランクフルト・アム・マイン(Frankfrut am Main、以下「フランクフルト」)のアート事情について紹介しましょう。「アム・マイン」とは「マイン川のほとり」という意味で、マイン川を歩いて渡れる場所だったため、交通の要衝として紀元前から集落がありました。中世には、神聖ロ−マ帝国自由都市として、皇帝の選挙が行われる諸侯会議が開催され、選出された皇帝の戴冠式も挙行され、19〜20世紀にはドイツ連邦議会が設置されていたそうです。
現代では、1998年に欧州中央銀行本店が設置されて、フランクフルトはユーロ経済圏の中枢となりました。世界の金融街として、また交通面では欧州屈指のハブであるフランクフルト・アム・マイン空港で、文化面ではゲーテ・インスティテ
ュートや博物館通り(後述)で知られます。訪問者が美術散歩をするうえでは、諸施設が比較的狭い半径1kmのエリア内に集積しているため、他の世界の主要都市に比べれば、格段に短時間で効率的に巡ることが可能です。
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昔から金融の中心だったフランクフルトには、富裕層が収集した美術・博物品が大量に集積されています。アート・ギャラリーは、フランクフルト市全体に散布するように所在していますが、半数近くは、神聖ローマ帝国の皇帝の戴冠式が行
われていたレーマー(「旧市庁舎」の意味)広場付近に集合しています。レーマー広場の周辺や、マイン川の南岸(対岸)にあるシュウマインカイ通り(Schaumainkai Sachsenhauser Ufer、通称「博物館通り」)には、多くの博物館、美術館が軒を連ねています。
歴史的に重要な作品や現代の注目作品が集積されている街ではありますが、フランクフルトの美術史を紐解くと、カロリング王朝(7-8世紀)、オットー朝(10-11世紀)、ロマネス・シュタウフェン朝(11-12世紀)、ゴシック(13-15世紀)、北方ルネッサンス(15-16世紀)、バロック・ロココ(17-18世紀)、新古典主義(18−19世紀)、ドイツ表現主義(20世紀)など中部欧州(mitteleuropa)美術の王道を「美術の消費地」として歩んだけれども、残念ながらご当地では、歴史に残るような美術家は輩出しなかった様子です。
20世紀後半以降は、再びドイツ・アートの中心地となったベルリンを中心に展開される、写真・ビデオ、絵画、コンセプチュアル・アートなどを「展示する」画廊や美術館が立ち並ぶ街になっています。ご当地の文化人といえば、美術分野ではなく、ヨーハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe 1749-1832)や、ヨーハン・クリストフ・フリードリヒ・フォン・シラー(Johann Christoph Friedrich von Schiller 1759-1805)といった文学者がよく知られています。
では、いよいよフランクフルト・アート観光の案内の始まりです! 皆さんは、フランクフルト中央駅で下車したつもりになって下さいね。
フランクフルト中央駅から時計回りに歩いて行く
ユダヤ博物館、ゲーテハウス、歴史博物館……。
その公園の中を北に2ブロックほど行くと、奥まった静かな所にシラー像があります。以前はゲーテ像も同じ公園のシラー像から1ブロック南側にあったのですが、2009年にゲーテ広場に移設されています。
この公園を振り出しに時計回りに歩いて行くと、マイン川北岸の旧市街には、西側から、ユダヤ博物館(Judisches Museum)、ゲーテハウス(GoetheHaus)<後述のとおり、川沿いからはやや内陸に入ります>、歴史博物館(Museum fur Vor- und Fruh-geschichte)があり、レーマー広場に到着します。レーマー広場の北側には、モダンアート美術館(Museum fur Moderne Kunst
レーマー広場は、石畳の広場で、ゴシック様式の旧市庁舎のほか、後期ルネサンス様式の貴族の館(ハウスヴェーアトハイム、ニコラス教会など、フランクフルトを代表する歴史的な建築物で取り囲まれています。広場中央には、公正を表すc天秤を持った正義の女神の噴水とバロック様式の「ミネルバの噴水」があり、市民の憩いの場となっています。マイン川夏祭りや、クリスマス・マーケットもここで行われます。広場周辺には、大聖堂やユダヤ博物館、パウルス教会があります。
ゲーテハウス(Goethe Haus)は、ゲーテが青年時代まで家族と一緒に過ごした家を、記念館にしたものです。レーマー広場から北西へ徒歩5分、高級店街Berliner Strasseから北西に少し入ったところにあります。意外にも木造5階建です。アニメ番組「アルプスの少女ハイジ」でゼーゼマン家のモデルともなっていたので、年配の人や再放送で観た人には、見覚えがあるかもしれません。ゲーテと同時代に活躍したり、ゲーテと交流があった画家の作品も多数飾られており、世界中から観覧者が訪れています。
モダンアート美術館は、世界屈指の現代美術館として知られ、ポストモダン建築を代表するオーストリアの建築家ハンス・ホライン(Hans Hollein、1934-)が1991年に建築した建物です。三差路に建てられた、三角形の建物なので「切り分けられたケーキ」(Stuck vom Kuchen)という愛称がつけられています。第二次世界大戦後のドイツは、アメリカ現代美術の強い影響を受けており、そのコレクターも多かったためか、全体にはニューヨーク近代美術館(MOMA)を観ている様
な気がします。もっとも、ドイツの現代作家の作品が観賞できるので、お勧めです。
シルン美術館は、収蔵作品をほとんど持たない企画展示施設、いわゆる「クンストハレ」(Kunsthalle、芸術ホール)であり、現代美術などの企画展を開催しています。シルン(Schirn)とは、フランクフルトに19世紀頃まであった物品商の露店街を意味し、とても現代的かつシルンらしいバラックなテイストがある佇まいで、筆者個人的には、フランクフルトで一番好きな展示施設です。2012年に開催されたヨーコ・オノ(Yoko Ono、1933-)さんの回顧展でも、入口脇の中庭に日本的なインスタレーションがとてもよく似合っていました。
南岸のシュウマインカイ通り
工芸美術館、民族学博物館、ドイツ・フィルム・ミュージアム……。
さて、マイン川の北側にあるレーマー広場から南岸へは、最寄りのEiserner Steg橋か、またはその西側のAlte Brucke橋、東側のUntermainbrucke橋を渡って行きます。南岸のシュウマインカイ通りには、東側から、工芸美術館(Museum
fur Kunsthandwerk)、民族学博物館(Museum fur Volkerkunde)、ドイツ・フィルム・ミュージアム(Deutsches Filmmuseum)、ドイツ建設博物館(Deutsches Architekturmuseum)、コミュニケーション博物館(Museum fur
Post und Kommunikation)、シュテーデル美術館(Stadelsches Kunstinstitut und Museum)、リービークハウス(Liebieghaus)が並んでいます。
シュテーデル美術館は、フランクフルトの銀行家ヨハン・フリードリヒ・シュテーデル(Johann Friedrich Stadel、1728-1816)の遺言に基づき、1818年に開館した美術館です。ナチスによる退廃美術狩りによって、1937年には、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの「医師ガシェの肖像」など油彩画77点、版画700点が宣伝省に没収され、また1939年には、他の作品も空襲を逃れて疎開した結果、作品たちは戦火を逃れ、世界美術史上の重要作品が目白押しで、美術ファンにとって見逃せない「聖地」となりました。オーストリアの建築家グスタフ・パイヒル(Gustav Peichl、1928-)により、1990年に現代美術と特別展のための別館が建築されました。
リービークハウスは、もともと建築家レオンハルト・ロマイス(Leonhard Romeis、1854-1904)が、1896年にハインリヒ・フォン・リービーク男爵のために建築した別荘であり、男爵が1909年に美術館として利用する条件でフランクフルト市に委譲したものです。古代エジプトから擬古主義(17-18世紀の古代ギリシャ・ローマの古典を尊重する動き)まで5000年以上にわたる彫刻の歴史を概観する彫刻作品コレクション3000点を収蔵しています。なお、ジェフ・クーンズ(Jeff Koons、1955-)ほか現代作家の展覧会も企画展として開催していますが、現代美術は基本的には常設されません。
今回のコラムもかなり紙幅を費やしてしまい、他の施設は残念ながら紹介を省略しますが、フランクフルトには、ロンドン、パリ、ニューヨーク、ワシントン並みに展示施設が多いので、皆さんも、訪問する機会があれば、時間の範囲内で是非あれこれ覗いてみて下さいね。