『ショックヘッド・ピーター』の
音楽とデザイン、そして名優に注目。

(2012.08.27)

池袋・東京芸術劇場にて
ハンガリー版『ショックヘッド・ピーター』

親の言いつけに逆らう子供が次々死んじゃう音楽劇、と聞けば怖いもの見たさでわくわくするかたもおいででしょう。残酷だけど愉快、視覚的な仕掛けも豊富なハンガリー版『ショックヘッド・ピーター』が、9月初めに池袋の東京芸術劇場に招かれます。原作は世界的ベストセラー絵本『Der Struwwelpeter』(邦題は『ぼうぼうあたま』『もじゃもじゃペーター』など)。著者である精神分析医ハインリヒ・ホフマンの故郷フランクフルトには『ショックヘッド・ピーター博物館』(Struwwelpeter Museum)も。

1998年に英国で舞台化された音楽劇『ショックヘッド・ピーター』Shockheaded Peter(以下SHP)は、オリヴィエ賞2冠を獲得。私は01年に香港演劇祭で英国版SHPと遭遇、エッジのきいたステージに震えながらうっとりしたわ。演出と美術を担ったジュリアン・クラウチとフィリム・マクダーモットは、かっこよくて痛いパフォーミング・アートがお得意。

絵本『ぼうぼうあたま』(作:ハインリヒ・ホフマン、訳:伊藤庸二、銀の鈴社)。ほかにも数種類の邦訳と挿絵の絵本が刊行されている。
音楽は、パンク・バンド『タイガー・リリーズ(Tiger Lilies)』の
マーティン・ジャック。

音楽を担当したのはパンク・バンド『タイガー・リリーズ(Tiger Lilies)』のマーティン・ジャック(Martyn Jacques)。CD『SHOCKHEADED PETER』は、エスノからオペラまで多彩な要素を織りなす曲が楽しめます。今年の初夏、ロンドンでライブを行ったジャックは、長いおさげ髪を揺らしながらアコーディオンを弾き、妖しい声を駆使して歌いました。麻薬や売春も素材に、ドラマティックな空間を繰り広げる技量はすごい。

終演後に道化師みたいなメイクについて聞くと『歌舞伎や京劇にも通じるスタイルだよ、『ショックヘッド・ピーター』に来てくれる皆さんにBig Kissを!』と語ってくれました。

マーティン・ジャック率いる『タイガー・リリーズ』は、2012年9月にロンドンで『ハムレット』をテーマに公演。詳細はHP。
パンク・テイストが光るCD『SHOCKHEADED PETER』by Tiger Lilies
ナジュ・フルジナによる
衣裳やマスクにもご注目。

さて、2012年5月にブダペストで見た劇団オルケーニによるハンガリー版SHPは、ジャックが作った曲を除いてオリジナル。グロテスクな物語を軽快な感覚で包む衣裳やマスクにもご注目ください。ナジュ・フルジナによるデザインは、男女が性を入れ替えて演じる役の魅力を深めます。いかつい男優が優雅なドレスで走ってくると、不穏な予感に客席の子供たちも歓声をあげて舞台に集中。踊る猫(舞台写真小)は貴族的な襟飾をつけるなど、ユーモラスな工夫がいっぱい。

演出のアシェル・タマーシュはケイト・ブランシェット主演の『ワーニャ叔父さん』(チェーホフ作)で、国際的な名声を確立しました。政府の検閲が厳しかった共産党独裁時代から活躍する筋金入り演劇人アシェルが、敬愛してやまない役者がガールフィ・ラースロー(Gálffi László)。

俳優が歌いやすいよう、猫の仮面は顔半分でカット。Photo/Eszter Gordon
マスクと衣裳のデザインでハンガリー批評家組合賞を受賞したナジュ・フルジナ。Photo/Mana KATSURA
ハンガリーを代表する名優
ガールフィ・ラースロー。

ガールフィ演じるロボズ博士(SHP舞台写真大の左端)はドイツ表現主義の無声映画『カリガリ博士』(1919)の面影をたたえ、滑稽な悪魔といったキャラで客席を沸かせるの。ハンガリーを代表する名優と称される彼は、シェイクスピアなど古典のみならず実験的な創造にも取り組み、ドストエフスキー作『白夜』などの演出も手がけます。写真は両方とも『地獄の季節』(Une Saison en Enfer、演出・マトコーチック・アンドラージュ)で、19世紀フランスの詩人アルチュール・ランボーの詩集の題を冠したひとり芝居。

作品について彼は、「『地獄の季節』には愛の地獄、麻薬の地獄、政治の地獄など、ランボーの心身をぼろぼろにした苦悩が渦巻いています。設定はランボーが筆を折ってアフリカに発つ前夜。ドラム缶とがらくたで、孤高の天才が歩んだ険しい道を表現しました」。そして、将来のヴィジョンは「もっと経験を重ねたら、ベケット作品を演じたい。たとえば、『クラップ最後のテープ』を老人の回想という形式で描いたら面白いと思うんです」。

映画『ハムレット』やドラマ『ルートヴィヒ2世』に主演して海外でも人気を博したガールフィの知的探求は、加齢さえ味方につけて充実した成果をあげそうです。東欧のすぐれた俳優が躍動するDEEP&POPなミュージカルを、新装なった芸劇の小ホール(客席200)で間近に鑑賞すれば、残暑も吹き飛ぶでしょう。

ハンガリーを代表する俳優ガールフィ・ラースローの実験的ひとり芝居『地獄の季節』。Photo/Mariann Sarkozy
『地獄の季節』が上演された1982年のハンガリーは、ソヴィエト連邦の影響下で自由な表現活動は困難だった。Photo/ Mariann Sarkozy

 

ジャンク・オペラ『ショックヘッド・ピーター~よいこのえほん~』
作:ジュリアン・クラウチ/フィリム・マクダーモット/タイガー・リリーズ(音楽)、ハンガリー版演出:アシェル・タマーシュ
出演:劇団オルケーニ
日時:2012年9月1日(土)~9日(日)
会場:東京芸術劇場シアターイースト
料金:一般:4,000円 、こども(高校生以下):1,000円 、親子セット券:4,500円(高校生以下対象)、65歳以上:3,000円 、25歳以下:2,500円

ハンガリー語上演・日本語字幕付き

作曲を担ったマーティン・ジャックのバンド『タイガー・リリーズ』公式サイト
ショックヘッド・ピーター博物館(Struwwelpeter Museum)