土屋孝元のお洒落奇譚。小村雪岱展を
ニューオータニ美術館にて見る。

(2012.12.11)

江戸琳派の継承者、小村雪岱に
キレの良いデザインセンスを感じる。

『大正・昭和のグラフィックデザイン 小村雪岱展』は以前、埼玉県立近代美術館にて開催されていると記憶していて期日を過ぎて見ることが出来なかった展覧会です。 小村雪岱は新琳派とも呼ばれ、酒井抱一、鈴木其一と続く江戸琳派の継承者とされています。雪岱の没後に挿絵や装丁の原画をもとに作られた多くの雪岱版画にその才能の豊かさを見ます。今で言うとイラストレーター、グラフィックデザイナーでもあったのでしょう。 新聞小説の挿絵でも活躍し、そのモノクロの画面構成にも見るべきものがあり、キレの良いデザインセンスを感じました。雪岱挿し絵の登場人物を元に新たに小説が作られるほどの人気でもありました。歌舞伎座の舞台セットや新劇、新国劇の舞台美術、特に『一本刀土俵入り』などに代表される舞台美術原案。本の装丁などで活躍し、芸大(東京美術学校)の大大先輩です。

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特に、まだ二十代の若さで泉鏡花と知り合い、その泉鏡花の装丁をまかされ世に広く認められたのです。雪岱が初めて手がけた小説『日本橋』(泉鏡花 著)の装丁は、いま見ても新しく新鮮で繊細な表現に感激しました。 僕も前回の個展では何点か、この様な浮世絵風の逆パースの技法で描いてみています。 あえて崩すのでそれなりの面白さが表現できて、普通に描くのとは違い画面が装飾的に見えてくるのです。李朝民画にも似た様な表現があり、参考にしました。

畳に部屋に残る三味線と鼓、気配を感じます。
今にはない
題字文字表現が新鮮。

さて、この雪岱が活躍した時代には世界的に見ても日本では、浮世絵から続く多色刷りの木版画技術が完成されていてました。装丁の表紙、見返し、箱と見応えある色彩表現の草花や唐草模様、日本髪の夫人像など見飽きない作品の数々です。この装丁作品はある意味美術工芸作品でもあり、手作りの良さが出ていると思います。

現在ではこの雪岱の作品の多くが目白にあるアダチ木版研究所で復刻版木版画になり、比較的手頃な値段で購入できるのです。興味ある方はお調べください。

雪岱装丁のタイトル題字について、このころのタイトル文字も現代とは違いがあり、タイトル毎にレンダリングでの描き起こしか手書きで描いている文字が使われていて、今にはないと思われるタイトル表現で新鮮に感じました。

小説本文の活字組みも活版の文字を拾っているらしく味のある文字組です。

現代ではないのですが、この時代では一文字一文字、活字を拾い組版を作っていたのでしょう。もう、この組版を使いたくとも、活版活字がないので組めませんね、今ではコンピュータでデータ化されていてかすれやたまりが出るような活字や文字ではありません。

この雪岱の装丁では、見返しや表紙裏に雨や雪が降る風景がよく描かれています。 グラデーションの夜空の表現や日本家屋の屋根の連なり、蔵の連続風景、材木屋さんの材木置き場の風景、障子や襖、畳目の表現に新しさを感じました。

落葉の頃の部屋俯瞰。

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特に人を描かずに道具で表現する「余韻」や「間」、の感覚が素晴らしく、人物の表現でも後ろ姿の一部分で物語を語る見せ方にも感心しました。

これは一例ですが、誰もいない畳の部屋に三味線と鼓が置いてある、ただこれだけで、たった今まで人がいた気配を感じるのです。この畳の部屋の見せ方も障子側からではなく、古い絵巻物の視点と言いいますか、窓側からのやや俯瞰で畳目の逆パースと合間って不思議な雰囲気を醸し出しているのです。畳の部屋に置かれた御膳や上に乗ったお銚子も正確には、少しずれているのですが、江戸期の浮世絵と同じような味を感じます。

中でも特に素晴らしいと感心したのは、和服姿の女性の表現です、こんな動きはと思う様な構図でも描かれて、襟口や袖口の表現、その動きの正確さは美大関係者は見るべきですね。

グラフィックデザインを職業にしているものにとり、見るべき価値があった展覧会だと思います。

これも小説挿絵より、渡世人の町衆が戸の前に佇む、物語を感じる絵です。