フランス現代演劇を代表する
太陽劇団、’12年12月に台北公演。

(2012.12.06)

ユートピアは可能か、と問いかける『太陽劇団』の力作、
『愚望に溺れる難破者たち』が台湾に上陸。

パリ郊外ヴァンセンヌの森のカルトゥシュリー(弾薬庫)と呼ばれる劇場を拠点に、半世紀近く活動する『太陽劇団』(テアトル・デュ・ソレイユ Théâtre du Soleil)。演出家アリアーヌ・ムヌーシュキン(Ariane Mnouchkine)率いる同劇団は、’01年に新国立劇場で『堤防の上の鼓手』を披露して喝采を浴びた。再来日が待たれるが、’10年に発表された『Les Naufragés du Fol Espoir(愚望に溺れる難破者たち)』のアジア上陸は、台北だけなのだろうか。本作を私が見たのは’12年春のウイーン芸術週間(Wiener Festwochen)。台北は東京から約4時間のフライトで着く。3時間半を超えるダイナミックな舞台が設えられる国立中正文化センターは、伝統を取り入れた建築で観光名所としても知られる。

1914年に撮影を始めたアマチュア映画製作者たち。カメラマンとなるガブリエル役のジュリアナ・カルネイロ・ダ・クニャと、監督を務める兄ジャン役のモーリス・ドゥロジェが踊る。©Michel Laurent

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ジュール・ヴェルヌ (Jules Verne 1828-1905)が19世紀末に著した小説『ジョナサン号の遭難者たち』 に想を得て、エレーヌ・シクスー(Helene Cixous)がテクストを書きムヌーシュキンが演出した本作は、映画を素材にユートピアの可能性を問いかける。ドラマは二重構造で、1914年にパリの酒場の屋根裏で自主映画を作る仲間の奮闘と、彼らが撮影する物語が劇中劇となって展開する。劇中劇はユートピアを求めて英国カーディフを出航した移民たちの航海だ。映画を撮る兄妹を演じるふたりの俳優に、劇団と作品に寄せる思いを伺った。

モーリス・ドゥロジェ(Maurice Durozier)は監督役、ジュリアナ・カルネイロ・ダ・クニャ(Juliana Carneiro da Cunha)はカメラマン役を担いつつ、劇中劇では他の人物に扮する。劇団には世界各地から多彩なキャストが集うが、ブラジル出身のジュリアナはダンサーの経験もある。

「太陽劇団に参加して20年以上たつわ。俳優の意見も取り入れられるし、参加しがいのある共同体です」と語り、ドラマの背景を教えてくれる。

「芝居の冒頭でアマチュア映画人が『ジョナサン号の遭難者たち』の翻案物語を撮り始めるのは、第1次世界大戦が始まる日。当時は科学技術とともに文明が発展し、フランス人は明るい未来を信じていたわ。ところが、オーストリア皇太子の暗殺から人々の対立が激しくなった。戦争に反対した社会主義の政治家ジャン・ジョレス(Jean Jaures 1859-1914)は右翼青年に殺され、参戦後の環境は悲惨になるばかり。希望の星だった科学は、人を殺す目的にも使われてしまいます」

不思議な響きを奏でる音楽家、ジャン・ジャック・ルメットル。彼のライブが聞けるのも、太陽劇団の醍醐味。©Michel Laurent
音楽家ジャン・ジャックのライブが聞ける!

いっぽうモーリスはフランス生まれだが、インドの伝統芸能カタカリなどアジアの技法も習得。

「アリアーヌ・ムヌーシュキンの演出は、まるで錬金術。人間や科学のネガティブな面とポジティブな面を、ドラマを通して転換できるからね。表現方法においても、あらゆる次元の出会いを体験できる劇団は貴重な場です。でも全身全霊の集中が必要だから、娘が幼い間は続けられなかった。僕が初めて太陽劇団に出たのは35年前だけれど、一度ここを抜けて子育てを終えてから帰ってきたんだ。」今までの演技に関する蓄積を若い俳優に伝えるため、彼は『PAROLE d’ACTEUR(役者の言葉)』という本を執筆中で、この題を冠した公演も行う。(情報はページ下部)。

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そして太陽劇団のイメージを決定づける音楽を作曲し、手作りの楽器で奏でる長髪の男性がジャン・ジャック・ルメットル(Jean-Jacques Lemêtre)。デヴィッド・リンチやサリー・ポッターが監督する映画にも曲を提供する音楽家だ。意表を突く不思議な響きで観客を驚嘆させるジャン・ジャック、神秘的な風貌だが口を開くとユーモアが溢れる。「インスピレーションの源? 世界中を旅することだね。危険な目に合った体験なんか一度もないさ。どこでも僕は最初ちょっと怪しまれる ?! けれど、すぐに誰とでも仲良くなれる。とりわけ熱心に研究しているのはロマの音楽。僕自身にロマの血が流れているから……。公演のない時期は各地でコンサートを開いたり、学生に音楽を教えたり。毎日が楽しいよ」民族音楽を探求しつつ、彼は視聴覚を刺激する実験に取り組んできた。たとえば、今秋モントリオールでは先端テクノロジーを応用して音声を重ね、人形劇とのコラボを行った。さて、開演が近づき彼が楽器を調律しだすと、舞台脇のレース・カーテンで囲まれたコーナーで俳優たちが化粧を始める。儀式にも似た厳かな時間。そして芝居が始まると、無声映画の役者に扮した俳優たちの誇張した動きが笑いを誘う。


終演後に俳優をねぎらうムヌーシュキン。俳優たちは地球の様々な地域から集まる。photo / Mana KATSURA


左・ステージにはジャン・ジャックが発明した楽器が並ぶ。photo / Mana KATSURA
右・ジャン・ジャックはミュージシャン役を演じ、初めて自作以外の曲も奏でた。photo / Mana KATSURA


左・レースのカーテンに囲まれた一角は、俳優が衣裳を整えながら役に入る神聖な空間。photo / Mana KATSURA
右・入口の右奥にある化粧コーナーは、光もオブジェの配置も美しい。photo / Mana KATSURA

だが、登場人物が危機を迎えるにつれ、現実の争いを解決し得ない私たち自身も遭難者だと感じられてくる。その寄る辺なさを励ますように、アクロバティックな演技をしながら、熱帯から極寒地へと場面を転換していく俳優が眩しい。ロープ、扇風機、紙吹雪などを操るスピードも緩まない。映像を多用する舞台に慣れた目に、1年近い稽古で鍛えたアンサンブルの躍動が新鮮だ。『1789』、『モリエール』などの映画を監督したムヌーシュキンが映像を使わない理由を、終演後に考え彼女に話した。すると、「たしかに、社会を批判したヴェルヌ作品に触発されたこの芝居は、人間の力で創る演劇に捧げるオマージュとも言えるわね!」と顔をほころばせた。


『太陽劇団』『愚望に溺れる難破者たち』台北公演
日時:2012年12月4(火)~16日(日)
会場:国立中正文化センター(National Chiang Kai-shek Cultural Center)

そのほかのインフォメーション
太陽劇団サイト(『Les Naufragés du Fol Espoir(愚望に溺れる難破者たち)』の英語サイトあり)

ジャン・ジャック・ルメットル(Jean-Jacques Lemetre)の紹介ページ DVD、CD、本のリストへ

モーリス・ドゥロジェ(Maurice Durozier)公演『Parole d’Acteur(役者の言葉)』について
(公演は’13年2月7~17日の予定)

ウイーン芸術週間(Wiener Festwochen)