鬼頭舞の放課後美術館 – 8 - ヴュイヤール、ヴァロットン、ジャコメッティに注目〜ザ・コレクション・ヴィンタートゥール展〜

(2010.08.26)

10月11日まで開催されている『ザ・コレクション・ヴィンタートゥール展』。スイスの文化都市、ヴィンタートゥール。人口10万人ほどの小都市にあるヴィンタートゥール美術館の所蔵作品の一部を紹介する本展はなんと90作品全てが日本初公開。出品作家もピカソ、ブラック、ジャコメッティ、ゴッホ、世田谷美術館にも所蔵されているルソー、ルノワール、ロダン、コルビュジェ、マグリットと近代美術の流れをざっとおえるようなラインナップでとても充実しています。さらにあまり知られてない芸術家の作品をみられるまたとないチャンスでもあると思います。ここでは筆者の興味をとりわけ惹いた3人の芸術家をご紹介できたらと思います。

 

フィンセント・ファン・ゴッホ『郵便配達人 ジョゼフ・ルーラン』(1888)
油彩、カンヴァス、65 × 54 cm

一人目は室内画を描いたヴュイヤール。ヴュイヤールはフランスで活躍したナビ派の画家です。ナビ派は本展にも作品が出品されている、モーリス・ドニとポール・セリジェによって19世紀末に形成された画家のグループです。そのなかでも室内画を得意としたヴュイヤールは「親密派(アンティミスト)」と呼ばれ、本展にも彼の描いた室内画が数点出展されています。彼の描く室内画は、粗い筆致で捉えられ、同じ色が画面上のあちこちに用いられており、ものとものとの境界があいまいに設けられています。全てが混沌と一つの世界を形成しているかのようでもありますが、分解可能なものとして事物を点描で捉えた新印象主義や、印象派の画家たちとは異なり、そこに描かれている事物はある程度のまとまった塊として捉えられています。

『室内、夜の効果』という室内画ではその効果が事物の独立性を高め、同じ室内にいるのにも関わらず顔を合わせない2人の人物の微妙な関係を強調しています。一方、1900年代に入ってから描かれた『アネット・ナタンソンと道化人形』は室内で少女と道化人形と遊ぶ場面が描かれますが、背景に用いられた茶が少女の体にまで侵入し、少女と背景とがまるで一体化しているように描かれています。一見するとグラフティでよく用いられるステンシルの技法のようにも見え、とても平面的です。少女や道化人形は分節可能なものとして捉えられ、個として存在することを否定するかのようです。同じく室内画である『窓、カレ通り』では窓を通して外部の世界を描くことに挑んでいますが、外の風景と室内との境界がここでもまた同じ色を画面上に分散させることで曖昧にしています。物理的には窓を通して分離されているのですが、まるで光だけは2つの場面をつなぎ、内外の差を打ち消しているかのようです。この光に対する画家の関心は全てを色の粒子として表現した印象派と共通するところがあるでしょう。しかし、あくまで面、知覚可能な塊として事物を処理し、そこからさらに新たなものを標識させたのがたのがヴュイヤールにみられる象徴主義的な一面です。

フェリックス・ヴァロットン『5人の画家』(1902-1903)
油彩、カンヴァス、145×187cm

ヴァロットンもまたナビ派の画家として知られています。『5人の画家』ではそれぞれ思い思いのポーズをとる5人の男が描かれていますが、暗い背景と光にあたった人物との対比がはっきりしていて、背景から浮かび上がり、それぞれ硬直しているかのような重厚感があります。人物たちは個々に思い思いのポーズをとり、お互いに視線を交わすこともなく関心を見せるようなそぶりがありません。それぞれ大きさの違うように描かれていることもあり、まるでもともと別々に独立して描いていたものを組み合わせたかのような、まるで完全に静止し、時が止まっているかのよう奇妙な雰囲気を醸し出し、シュルレアリスムさえをも感じさせます。

ヴァロットンはまた日本の浮世絵の影響も強く受けているといわれていますが、確かに個々の人物が保持する独立性はあたかも浮世絵の輪郭線ではっきり描かれた人物にも共通するところがあるかもしれません。同じく出品されている彼の作品『浴女のいる風景』は水辺のまわりに裸婦がいる風景を描いたものですが、ここでもまた裸婦たちはそれぞれことなった尺度で描かれ、そのような場面ではないのに違和感を感じてしまうような、幻想的ともいえる雰囲気を醸し出しています。ナビ派のこのような日常性からの逸脱を求めるような姿勢は後に開花するシュルレアリスムとも共通する部分が見られるでしょう。

また日本でも大規模な回顧展が開かれるほど名の知れたジャコメッティはスイス出身で、ヴィンタートゥール美術館にもゆかりのある作家です。本展でも彼の有名な細長い人物像をお目にかかることができますが、彼の絵画も見逃し難いです。ジャコメッティの『座って新聞を読むディエゴ』は地味な色合いながらも迫力十分な作品です。黒い線が幾重にも重なった中に見出される人物と、額のような室内の場面。輪郭線とはいささか言い難いよどんだ線の束は、ところどころ白みがかったグレーの絵の具が上から塗られ、浮上したり、沈んだりを繰り返し、一点に後退していく様な遠近法とは異なる空間を生み出しています。

 

アンリ・ルソー『赤ん坊のお祝い!』(1903)
油彩、カンヴァス、100 × 81 cm

さらに画中に多数みられる額はたがいに重なりあうことで、奥行きを絵に与えているのですが、この絵が入れられた額とも、絵の端の薄い線による縁取りがとも呼応し、私たちは深遠な絵画空間の内部をのぞき見るかのような感覚をいだくでしょう。線が集中する人物は画中でとりわけ黒く、重厚ですが、その線の下に見え隠れするのは鮮やかな赤色。黄色も画中に点在していたり、読んでいる新聞が異様に小さかったり、首元には十字が見えたりと、興味をそそられるところが画面のいたるところに見え、絵を見終わった後も気になり続けてしまいます。

以上3人の作家を取り上げてきましたがとりわけ最後に取り上げたジャコメッティは、ヴィンタートゥールのようなスイスの一地方都市がフランスのような他国のコレクションを持つようなきっかけをつくった作家でもあります。ヴィンタートゥールのような小さな都市が今回展示されたようなコレクションを持っているのは驚きですが、それに提言したのが、ジャコメッティのような作家であったり、個人の寄附による部分が多いことや運営のほとんどを民間団体が担当していることを考えると、このコレクションはまさに個々の努力の結晶と呼べるでしょう。今年は海外の美術館の改修工事の影響か、印象派の作品が数多く日本での展覧会に出品されていますが、どこも連日大盛況で混み合っていました。ジャコメッティといいナビ派の作品といい、時間をかけてじっくり見てこそ立ち現われてくる何かが存在するような作品が多かったような印象を受けます。是非時間に余裕を持って見て頂きたい展覧会です。

*本展への招待チケットプレゼントについてはこちら。

 

 

放課後美術館、ちょっと寄り道 -8-
ランチ充実のカフェ『居桂詩(こけし)』

世田谷美術館行きのバスが発着する小田急線千歳船橋駅を降りて1、2分ほど歩いたところにある2階建て日本家屋のカフェ『居桂詩(こけし)』。ラタテゥイユセットやキーマカレーセット、サンドセットとランチもなかなか充実しています。セットについてくる玄米パンは軽くトーストされ外はカリっと、中はふうわりもちもちした食感で一度味わう価値ありです。もちろんコーヒー、紅茶、ケーキも揃います。壁にたたずむこけしも可愛らしく、味わいのある雰囲気でとても居心地がいいです。美術館鑑賞後にふらりと足休めにきたいカフェです。

居桂詩(こけし)
営業時間: 11:30~22:00
住所:〒156-0054 東京都世田谷区桜丘2-26-16 2号
TEL: 03-5477-4533

 

 

ザ・コレクション・ヴィンタートゥール

会期:2010年8月7日(土)~10月11日(月・祝)
休館日:月曜日[ただし、9/20と10月11日は開館、9/21は休館]
開館時間:午前10時~午後6時(入場は閉館の30分前まで)
会場:世田谷美術館 1階展示室
観覧料:一般1,300(1,000)円、65歳以上/大高生1,100(800)円、中小生600(400)円 
( )内は20名以上の団体料金
※ 8月中に限り、中小学生は無料
チケット販売所:当館ミュージアムショップ、電子チケットぴあ、ローソンチケット、イープラスほか、主要プレイガイド。

障害者の方は、当館受付にて手帳ご提示で以下の観覧料となります。障害者(一般、65歳以上)当日600円(前売り500/団体400)円、障害者(小・中・高・大学生)無料、介助の方 (障害のある方1名につき1名無料)

主催:世田谷美術館(財団法人せたがや文化財団)、読売新聞社、テレビ朝日、美術館連絡協議会
後援:スイス大使館、ニッポン放送、世田谷区、世田谷区教育委員会
協賛:JT、ライオン、清水建設、大日本印刷、トップアート
特別協力:ぴあ
協力:日本航空、Lufthansa Cargo AG、スイス インターナショナル エアラインズ
http://www.collection-winter.jp/