ピップ & ポップ -タニヤ・シュルツ-
作品作りの根底に “アザー・ワールド”

(2012.11.15)

10/30〜11/4まで横浜都心臨海部を会場に開催されたイルミネーション・イベント『スマートイルミネーション横浜 2012』。LEDや人力発電のイルミネーションなどの環境にやさしい光で包まれた横浜の街をひと目見ようと多くの見物客で賑わいました。中でも砂糖や顔料、ミニチュアを組み合わせた独自の世界をLED照明やブラックライトで浮かび上がらせる展示で異彩を放ったのがPip & Pop(ピップ アンド ポップ)。そのPip & Pop、タニヤ・シュルツさんにクリエーションの源泉についてお話をうかがいました。

■ピップ アンド ポップ – タニヤ・シュルツ –  
プロフィール 

Pip & Pop – Tanya Schultz –  オーストラリア西部の都市、パースを拠点に活動するアーティスト。カラーリングした砂糖、顔料、ミニチュア、粘土、グリッター、ビーズなどを組み合わせて、独特のファンタジックな風景を作り出す。2010年あいちトリエンナーレ、2011年イギリス ベリーセントエドモンズ スミス・ロウ・ギャラリー、ドイツ ドルトムンド美術館、ルドウィグブルグ・アートセンターなどで展示を行う。2012年は7月にスパイラルガーデン『うたかた、たゆたう the blinking of an eye』(山口藍との二人展)、8〜10月にはメゾンエルメスのショーウィンドウディスプレイ『If you find me in a dream』、10〜11月に『スマートイルミネーション横浜 2012』の展示と、次々と作品を発表、注目されている。
作品集に『I Love that You Love what I Love』がある。(フォイル刊 税込・1470円)
http://www.pipandpop.com.au/


©2012 by Peter Brune

横浜・日本大通りで花開いた Pip & Popのファンタジー
“moon flower dream”
ー『スマートイルミネーション横浜 2012』旧関東財務局においての展示『moon flower dream(ムーンフラワー・ドリーム)』のイメージの源泉はどのようなものなのでしょうか?

Pip & Pop 夜に咲く花、サイケデリックなイメージから作っています。もともと私の作品作りの根底にあるのは自分の頭の中にある別の世界「アザーワールド=Other World」。その空想の世界から来るイマジネーションを作品に取り入れています。

ーこのところ立て続けに展示を行われています。7月はスパイラルガーデンで山口藍さんとの二人展『うたかたたゆたう』で『Love grows a flower』を発表、8月〜10月はメゾンエルメスでのウィンドウ・ディスプレイ『If you find me in a dream』。そしてこの横浜では『moon flower dream』を展示。並べてみると作品名に「夢=dream」や「花=flower」が登場することが多いようです。

Pip & Pop 作品はそれぞれの展示場所でひとつひとつ作っていっているので、作品イメージもその時や場所によります。もしタイトルに「夢」という言葉が多発しているのだとしたら、それは自分の根底にあるものなのでしょう。「夢」というのは、寝てみる夢だけじゃなくて起きてみる夢、空想もあります。空想という意味ではサクセション、つながりになっているかもしれません。



上・『スマートイルミネーション横浜 2012』の会場のひとつ、旧関東財務局においての展示『moon flower dream』より。エントランスから展示を覗き込む。
左・ブラックライトにベビーピンク、水色、グリーンとカラフルな蛍光色、キャンディのPip & Popワールド。
右・砂糖菓子のような、遊園地のような甘さと楽しさを湛える風景。
“moon flower dream”, Pip & Pop,
Smart Illumination Yokohama 2012, Former Kanto Local Finance Bureau, Yokohama, Japan 

ラフやドローイングの計画通りにやるよりも、
空間との対話を大切にする。
ーカラーリングした砂糖、顔料、ミニチュアの人形などを組み合わせて、お伽話さながらのファンタジックなランドスケープを作り出すのが Pip & Popの作風ですが、今回の作品は約5m四方の空間を、独特のガーリーな色彩とちょっと毒のあるイメージで埋め尽くしています。制作の前には作品のラフやドローイングを描いたりするのでしょうか?

Pip & Pop まず具体的なアイディア、ストーリー、コンセプトありきです、実際に手を動かして作っていきながらどんどんイメージを増幅させていきます。ドローイングもしますが、作品を設置する空間に自分を置いて、その空間との対話によってできてくるものを重要視しています。

制作に使用するマテリアルやパーツの大まかなものをオーストラリアで準備して展覧会開催地に持込み、現地では、その土地ならではの資材を調達しながら、パーツを作り、組み立てていきます。

今回は、砂糖、顔料、ミニチュアの人形のほか紙粘土や折り紙、特に造花を多く使いました。イルミネーションを使うことがテーマなので、ブラックライト、蛍光塗料も多く使っています。



上・『スマートイルミネーション2012』の展示作品『moon flower dream』の準備中。©2012 by Peter Brune
左・作品作りに使用する素材。Moores Studios, Fremantle Arts Centre, Australia
右・素材で絵のような立体のような不思議な世界を構築していく。”moon flower dream”より。©2012 by Peter Brune

子供の頃から手芸、クラフト好き。

ーそれはそうと、アーティスト名のPip&Pop(ピップ アンド ポップ)は一度聞いたら忘れられないネーミングですね。どのような意味の言葉なのでしょうか?

Pip & Pop 紫のカワウソのキャラクター『Pip&Pop』からです。動物園で『Pip&Pop』のマペットショーを見て、そこからネーミングしました。『Pip&Pop』の結成当初は2人組でしたので、私がPipでもうひとりがPop、ニックネームで呼び合うようなものでした。

ー名前だけでなく作風もたいへんオリジナリティの高いものですが、このスタイルが確立したのは?

Pip & Pop 活動をはじめたのは2005、6年。学生時代はパースのエディス・コーワン大学で美術、絵画の勉強をしていました。とても自由なところでペインティングだけじゃなく何を作ってもよかったところです。アーティストになる前は、レトロ・ファッションを扱う古着屋を経営していました。2007年にPip&Popを結成。当時の作品は見た目は現在のものと変わらないかもしれませんが、素材の使い方が違っていました。今のように小さな部品を組み合わせるということはやってなかった。簡単にプラスティックと砂糖を使って作っていて、現在のようなシュガー・コーティングもやっていませんでした。

ーそもそもアーティストになる決心したのは?

Pip & Pop 子供の頃から祖母に「あなたは大きくなったらアーティストになるべき。」と言われていたのです。絵を描くというより、手芸やクラフトが好きで、いつも何か手を動かしているのが好きでしたからね。新聞の懸賞によく応募していました。絵やコラージュ、毎回、お題が違うのですが作品を投稿して入選するとおもちゃがもらえるというもので、何度か入選したこともありました。



上・”Happy sky dream.” , Pip & Pop, Aichi triennale, Japan, 2010.
左・右とも ”I can hold the sun. ” Pip & Pop, Dortmund Kunstlerhaus, Germany, 2011.

お店のディスプレイのカラーを取り入れる。

ーPip&Popの作品の、キャンディカラー、ガーリーな独特の色彩感覚はどこから来ているのでしょうか? ベビーピンクに水色、ひよこを思わせる黄色にゼリーのようなグリーン……。

Pip & Pop 色彩感覚についていうならば、街のお店に行って買い物する時にインスピレーションを受けることが多いです。私は日本が大好きで、日本に来るとよく東急ハンズやダイソーに買い物に行きます。そこにはモノがたくさんあって、色が溢れていて刺激されます。また、そこにあるものを「欲しい!」と思って手に入れるというのも感覚的な幸せのひとつでしょう。この「欲しい!」という感覚もイマジネーションの要素のひとつになっています。消費社会と密接に結びついた感覚かもしれません。でも、そういう刺激はオーストラリアよりも日本にたくさんあって、日本に住みたいくらいです。

ー馬のたてがみを梳かしたり、セットしたりするトイシリーズ『マイ・リトル・ポニー』の色彩感覚にも通じるものがあるのでは?

Pip & Pop ああ、『マイ・リトル・ポニー』は大好きでした! 子供の時に親しんだおもちゃの色彩というのは影響が大きいかもしれませんね。



“we miss you magic land!”, Pip & Pop,
Children’s Art Centre, Gallery of Modern Art, Brisbane , Australia, January, 2012.
photo / Mark Sherwood
©Queensland Art Gallery

砂糖はキラキラ光を放つ
美しい素材。

ー砂糖を素材として使っていることも珍しいと思うのですが、素材としての砂糖の魅力はどのようなところでしょうか?

Pip & Pop 実際に展示の時に砂糖から甘さが感じられるわけではないのですが、「砂糖」といった時に、観ている人にスイートなイメージを与えることができます、また、使う砂糖は種類を限定しているのですが、砂糖それ自体がキラキラ光を放ってきれいです。今回はグラニュー糖を使っています。前回はもっと粒子の細かいキャスターシュガーを使いましたが、今回は作品をちょっと遠目から見ることになるので、キメの細かいものよりある程度ラフな感じの素材が欲しかったのです。展示のたびに何百キロという量の砂糖を使うので、現地調達です。

ーあなたの作品の世界を表すキーワードは「ファンタジー=Fantasy」のように思います。そのほか意識しているキーワードはありますか?

Pip & Pop もちろん「ファンタジー」もですが、「サイファイ=Science Fiction(科学的な空想に基づいたフィクション)」とか「パラダイス=Paradise(楽園)」でしょうか。日本で「パラダイス」というと「天国」というような死後の世界を考える人が多いようですが、私にとって「パラダイス」は「ユートピア=Utopia(理想郷)」に近いと思います。「パラダイス」というのは人によって定義が違います。戦争がない社会というようなことを考える人もいるだろうし、もっとちがう感覚で捉える人もいると思います。私にとっては、美学的に美しい、という意味のパラダイスです。


“Utakata Tayatau – The blinking of an eye” , Pip & Pop,
Spiral, Aoyama , Tokyo ,Japan, 2012, July.
photo / GABOMI

各国の民話や神話、
わらべうたからイマジネーションをもらう。

ーこれだけ立て続けに作品発表が続くと、作品のテーマが尽きてしまうということはないのでしょうか? イマジネーションを強化するために日々心がけていることはありますか?

Pip & Pop 私はたくさん本を読みます。本から得るイマジネーションは大きいです。それだけでなく、各国での展示準備中に、お手伝いに来てくれる学生さんなどにその国の昔話や神話を聞いたりします。日本では、日本神話の国作りの話にとても興味があってイザナミ、イザナギの話をテーマに作品を作ったこともあります。この前まで關渡ビエンナーレの展示で台湾にいましたが、手伝いに来てくれた方に子供の頃好きだったお話や、子供の頃歌っていた歌を教えてもらったりしました。わらべうたやお伽話の世界からイマジネーションをもらうこともあります。

その他、映画やアニメーションから影響を受けることもありますね。日本の作品でいうと宮崎駿さんの世界など。何かを見たり聞いたり読んだりのほかは、異質なものを組み合わせるとどうなるか、実際に手を動かしてやってみたりします。

ーなるほど。活動の場が広がるほどイマジネーションの源である物語に触れる機会も増えるというわけですね。今後の活動の予定は?

Pip & Pop  来年はオーストラリアのアデレードとメルボルンのアート・プロジェクトに参加します。



“If you find me in a dream”, Pip & Pop,
Hermès Ginza, Tokyo, Japan , 2012,August-October.
photo / Satoshi Asakawa / courtesy of Hermès Japon